存在しない国
「子どものころは、いつもここで一緒にご飯を食べていたの」
炊きあがったご飯をそれぞれの茶碗につぎながら、タテハが静さんを見やる。
「寿一さんの奥さんが亡くなった後、ここによく来るようになったんですよ」と静さん。
赤月寿一はタテハの養父である。静さんの夫であった赤沼義一郎とは遠縁にあたる人物だ。寿一は現在、老人施設に入所している。
「ねぇ、このナスの糠漬け絶品でしょ?」
僕は大きくうなづいて同意する。ナスの色合いと適度な酸っぱさが食欲を誘い、すでにご飯を2杯平らげた。
「若い人の健啖ぶりは見ていて気持ちがいいものだね」とにこやかに二人を眺める静さんに
「私たち、どう?いい感じ?」タテハが意味ありげに問いかける。
何を言ってるんだろう…僕は上目遣いにタテハを見た後、野菜の煮物に箸を移して食べ続けた。
「この人が運命の人なの?」念を押すようにタテハが静さんに問うたとき、僕は飲みかけていた味噌汁を吹き出しそうになり、慌てて飲み込んでむせてしまった。
「ほらほら、言い方に気をつけなさいよ、タテハ」と言いながら、咳き込んでいる僕を見て静さんが笑った。
「静さんの占いによると、今年、運命の人が現れるってことだったから…この二日間つき合ってみて、この人だったら、まぁいいかって思ったわ」
「つき合ってる!?」自分を置き去りにして進んでいる状況に戸惑い、咳き込むのを忘れて少しばかり大げさに聞き返した。
「変な意味じゃないから、ただ一緒に過ごしたという意味だから」とタテハ少しむきになって説明する。
更に言い返す言葉もなく、僕は静さんに目で助けを求めた。
「ごめんなさいね。悪気はないんだけど、言い控えるほどまだ大人じゃないんですよ」と静さんが言う。タテハは悪びれる風もなく笑っている。
そして、僕はあらためて「どういうことでしょうか」と質問した。
静さんの言う運命の人とは、つまりタテハの運命を良い方向に導いてくれる人のことらしい。そんな人物が今年の夏に現れると予知していたところ、ちょうどこの僕が集落に迷い込んできたというわけだ。
「僕が彼女を導くんですか?」困惑しながら再び質問すると、
「守護天使のように…」と少し芝居がかった調子でタテハが口をはさみ、
「天使には見えないけどね」と付け加える。
僕は箸を止めたまま考えを巡らすが、思考回路は空回りするばかりで納得する答えはみつからない。そんな僕を見かねてタテハが言う。
「つまり、私たちはステキなコンビなのよ」
「だからなんのコンビ?」
「コンビ」と聞けば、僕にはお笑いのユニットしか思い浮かばない。
「赤音の伝説を一緒に解明するの」様子を窺うかのようにタテハは静さんを見るが、静さんは静かに笑うばかりだ。
「
「それくらい冷静に考える人の方がいいんですよ」黙って二人のやりとりを聞いていた静さんが会話に入ってきた。
僕はこの集落では、部外者だ。そういう意味では冷静に判断できるというのは事実かもしれない。
「しかし、なんで今さら僕たちが解明するんですか」
「ずっと待っていたんです。こういう時がやってくることを」と静さん。
誰が待っていたのだろう。集落の人たちだろうか。
「そういえば、集落の人をあまり見かけませんね」
静さんとタテハが顔を見合わせた。
「そのうちどういうことかわかるわ」とタテハ。
何だか訳が分からなくなってきた、ここは謎だらけじゃないか…
僕はため息をついた。
「それより、ほら、蔵で見つけた箱の中身のこと聞いてみましょうよ」
タテハはどこまでも明るくポジティブだ、慎重派の僕は見習うべき点もある、そういう意味ではいいコンビなのかもしれない。
夕食の片づけを手伝った後、静さんの指示で僕たちはあの長櫃を赤い祭壇のある和室に運び入れた。この長櫃は、静さんがここへ嫁いで来る前から蔵に保管されていたものだという。したがって、内容物はすべて彼女が初めて目にするものだった。
色褪せた赤い布に包まれたお
薄紙を巻いたお札には記号か絵のような文字が書かれていた。災厄を集落に入れないようにする結界の役割をしていたものではないかと静さんは推測した。
そして、冊子類は「朱冥国」に関するものらしかった。
「
「“
「この世に存在しない朱い国」
僕は声に出さずにつぶやいた。
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