金蛹・銀蛹
「天空に劣らぬ高い山」とは…僕は考えを巡らせた。朱冥国が渤海の辺りにあったとすれば、ヒマラヤ山脈だろうか。
「ヒマラヤへ逃げたの?」と尋ねると、
「ヒマラヤへ行ったのは銀の船、金の船は日本へ来たの」とタテハ。
選ばれた朱冥国人を精霊化して閉じ込めた
「つまり、金蛹を乗せていたのが金の船、銀蛹を乗せていたのが銀の船か」そう言ってタテハを見ると、無言でうなずいた。
「それにしても、なんで、別々の場所へ運ばれたんだろう」と首を傾げる僕に、
「天空の海で嵐に遭ったのよ、きっと」と自分なりの見解を述べる。
女の子らしいロマンチックなストーリーだ。
静さんとタテハの話を聞いてこの伝説には興味を持ったものの、僕の中ではまだ唯の物語でしかなかった。とは言え、何か惹かれる部分があるのは確かだ…などとつらつら考えていると、
「ねぇ、天空の船って想像できる?」タテハが問いかけてきた。
僕は梢の先の夏の青空を仰いで、タテハの話に出てきた若き王のように夢想した。
「時空を航海する船じゃないかな」とSF小説で読んだようなことを言ってタテハをちらりと見ると、目を輝かせて僕を見つめてきた。
かなり興味があるようなので、さらに続けた。
「多分、無窮蝶姫が呼び寄せたどこかの星の精霊たちが造り上げたんだと思う」タテハの瞳はさらに輝く。
「僕たちが存在するこの時空を発ち、宇宙のゆらぎによって分岐した並行時空を行く船なんだよ」
そんな作り話をしながら、僕の夢想は世界線を超えてどこかへ迷い込みそうな錯覚を覚えた。そんな僕を現実に引き戻したのはタテハの熱いため息だった。
「ねぇ、探しに行こう?」とタテハが立ち上がる。
「私が子どもの頃に見つけた金の
「探してるのは赤い鳥居じゃないの?」
「赤い鳥居の近くにあった…ような気がするの」
子どもの頃の記憶というのは、夢で見た話だったりすることが多いかもしれない。けれども、朱冥国の話を聞きながら、彼女が森に迷い込んだときに見たという金色の物体は、僕の記憶の奥の方でずっとチカチカと光っていた。
朱冥国の伝説がこの集落と関係するならば、その金色の物体が大きな役割を果たしているはずだ。そして、それが夢だったのか現実だったのかは、探してみなければわからない。
タテハの興奮が伝染したのか、僕は少しワクワクとしてきた。
「一緒に探しに行こう、でも」
「でも?」
「今日は、静さんの家の蔵の掃除があるから、明日の朝からっていうのはどう?」
初めて主導権をにぎっての提案だった。
「いいわよ」とタテハは即答し、膝に置いたオレンジ色のリュックをゴソゴソと探り出した。
「私が作ったお弁当も食べてみる?」チェックのハンカチに包んだ小さな弁当箱を掲げて見せた。
「食べてみる」と僕も即答した。
「蔵の掃除、手伝おうか?」弁当を分け合って食べ終えると、タテハが言った。
「何かあるかもしれないから」
「何か?」と僕。
「静さんの秘密って言うか、この集落の秘密」と言って笑う。
「そんなものがあるなら、僕も見てみたいな」と返しながら、そういえば、この集落もかなり謎っぽいな、と今更ながら気づいたのだった。
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