天空の船

 七段目の祠の前で静さんが作ってくれたおにぎりを手渡すと

 「話したの?」とタテハが僕を睨んだ。けれどもすぐに表情を緩めて

 「だろうと思ってた。ウソをつけなさそうだから」


 僕は人からたまにバカ正直だと呆れられることがある。誉められているわけではないと分かっているから、そう言われると何となくスッキリしない。多分、タテハに対してもそんな表情をしていたのだろう。

 「でも、そういうところがいいのよ」

 あぁ、年下の女の子にいたわられている…そんな僕の心中はおかまいなしにタテハは言う。

「伝説の話とか聞いた?」



 昨日見つけた倒木に二人で腰かけて、静さんから聞いた赤音の伝説のあらましをタテハに話して聞かせた。天から降ってくるような蝉しぐれがBGMとなり、語りながら伝説の地へワープしそうな錯覚に陥りながら…


 「朱冥しゅめい国のことも聞いたんだ」タテハどこまで知っているのだろう。

 「朱冥国とこの集落のつながりまではまだ話してくれなかった」そこが一番聞きたかったことなのに。

 「知りたい?」タテハがいたずらっぽく微笑む。

 「知ってるの?」と僕。

 タテハは梢の先の青空を見上げた。僕も一緒に見上げた。黒い鳥影が輪を描いて飛び去った。



<朱冥国について赤月タテハが語ったこと>


 7世紀前半に、花開くように栄えてすぐに散ってしまった朱冥国。赤くてくらいと言う名の通り、満開の赤い花が乱舞して散華するように闇に消えた国だ。の国は銀色の聖蝶を守り神とし、蝶の谷と呼ばれる聖地には一年中色とりどりの花が咲き乱れていた。


 蝶は、神秘象徴学では目に見えない状態の人間を表す象形文字だ。太古の太陽では、物質としての肉体に閉じ込められることなく、自由に飛び回っていたとされる。つまり、「蝶の谷」とは、「魂の谷」でもあった。


 そんな聖地には精霊も多く、王家直属の男性呪術師、ナワン・パノが神霊と交わるための神儀を行うことがあった。聖地の奥、大樹の森に建立された赤い宮殿へは18段の白い石段を上る。上りきると空気は一変し神気が漂う。


 高い青空に東の山から3本の細長い雲が立ち上がった秋の日、いつものようにナワンは、赤い法衣の裾を引きずりながら宮殿の中へと進み入った。

 赤い祭壇に祀られた無窮蝶姫むきゅうちょうきの像の前に、従者に運ばせた7つの水杯、穀物の杯、灯明を供えてひれ伏し、その後、真言を唱えた。

 そして、ご神託が降りた。


 「この国は100年を経る前に終焉する。船をしつらえて金蛹きんようを守護し、天空に逃げよ」


 まだ20歳を越えたばかりの王、ダワトヤー(月光王)は、お告げを聞いた瞬間は驚愕したものの、すぐに冷静になり、「天空に逃げるとは?」と問うた。

 「天空に劣らぬ高い山がございます」うやうやしくナワンが答えた。

 「天空を行く船とは?」再び問うた。

 「目に見えぬ天の海を行く船でございます」


月光王は、青磁色の空を見上げて天を行く船をひととき夢想した。


https://kakuyomu.jp/users/rubylince/news/16818093088210405561

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