無窮の森
夏の木漏れ日があちこちで降っているせいか、森の中は思いのほか明るかった。
「この山の頂上には何があるんですか」前を行くタテハに尋ねた。
「まだ
小学生のころに、一度迷い込んだことがあるらしい。
「そのとき、不思議なものをみつけたのよ。金色に光る丸い何か」
と言いながら、両腕を広げて大きさと形を示した。
それは丸いというより、紡錘形のように見えた。
「子どものころだから、実際よりも大きく見えたのかもしれないけれど」
見つけた後、怖くなってすぐにその場を離れたらしい。
そして道に迷った。
「
「占い師なの?あの人」
「むかし巫女をやってたから、少し神がかってるかも。見つからなかったら、
それからは、「無窮の森」への立ち入りを禁止され、今日のこの日までその忠告を守ってきたのだという。
ということは、静さんの忠告を破ったタテハの共犯者になっているわけだ、僕は今。
しかし、静さんがこの森への立ち入りを禁止したのには何か理由があったのかのかもしれない。
「なんで禁止したんだろう。熊でも出るのかな」
タテハが立ち止まった。
「もっと違うものが出るような気がする」
からかわれているのだろうか。
僕が黙っていると
「あそこの木陰でちょっと休みましょうか」
腰かけるのにちょうどいい高さの倒木を指さした。
「何て呼べばいいのかしら。まだ名前を聞いてないし」倒木に並んで座るとタテハが言った。
そういえば、タテハが自己紹介した後、ただ頭を下げただけだったのを思い出した。
「赤尾涼平…」と言いかけると、
「じゃ、リョウでいい?私はタテハでいいから」
完全に主導権を握られている。けれどもなぜか嫌な感じはしない。
山道を少し登ったせいか、木々のすき間からは谷を見下ろすことができた。
「ここは不思議なところだなぁ」独り言のようにつぶやくと
「それはずっと感じてた」とタテハがうなずいた。
意外な気がして、水筒から水を飲んでいるタテハの白い横顔を眺めた。
タテハはここで生まれたわけではなかった。幼いころに両親を事故で亡くし、遠い親戚である六段の赤月家の養女になった。小学校の低学年のころだ。
赤月家はまた、赤沼静の親戚でもあった。
「ということは、静さんは君の…」
「伯母さん?」とタテハ。
義理の父親の姉ということだろうか。
「静さんは他所から嫁いできたから、義理のお姉さん」
「義理の父親の義理のお姉さんか、ややこしいなぁ」
「ここではみんなややこしく繋がっているの」タテハが僕を見て笑った。
それにしても、年が離れすぎていやしないかと考えていると、
「義理の父とはいってもおじいちゃんくらいの年齢で、今は老人施設に入ってる。だから、わたしは六段の赤い家で自由な独り暮らし」
ということで、今は静さんがタテハの保護者のような役割をしているらしい。
就職するか進学するかはまだ決めておらず、しばらくここで絵を描いて過ごす予定らしい。その後、できれば、芸術系の大学に進学したいのだという。
「子どものころ見つけたあの金のオブジェみたいなものも探してみたいし」
「でも、静さんに行くなと言われてるんじゃないの」僕も少しだけため口になってきた。
「もう山に入ってるし。それに一人じゃないから。なんかあったら助けてくれるしょ?」
女の子に頼られるっていうのはなんか気分がいいもんだな、とにんまりすると
「身長があるから、頼りになりそうに見えるんだけど、どうなの?」
「どうなの、とは」
「私より体力はあるとして、危険にさらされたときには知力と勇気がいるわ」
どうだろう…そんなことは今まで考えたことがなかった。
「大丈夫よ。見た目である程度わかるから」と言うタテハはまるで年上の女の風格だ。
褒められているのか?とタテハを見ると、年下女子らしく、キャッキャッと声に出して笑った。僕は戸惑うばかりだった。口下手な僕は咄嗟に気の利いた言葉を返すことができないのだ。
「なんか守ってあげたくなっちゃう」
僕は生意気な妹にからかわれているような気がしてきた。実際に妹がいるわけではないけれど。
少し一緒にいただけなのに、タテハの頭の回転の速さには驚くばかりだった。その軽やかさが羨ましく、微笑ましかった。
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