不思議な絵
風呂に浸かりながら、僕は不思議なくらい寛いでいた。静さんの人柄もあるのかもしれないが、初めて訪れた場所なのに実家にいるような気分だった。
風呂から上がると、台所の土間の横の6畳の和室に夕食が用意されていた。
「なんにもありませんが…」と静さんは言った。
確かに品目は少ないが、見るからにおいしそうな色合いの夕膳だった。
醤油であめ色になった野菜と鶏肉の煮込み、豆腐の味噌汁、紫色のナスの漬物と赤い梅干、炊き立ての白いご飯…
「今日は
「まぉ、七段まで行かれましたか」味噌汁のお代わりを
あの祠は設置されて百年以上経つらしい。色褪せて見えたのも当然だなと思うと同時に、蝶の絵を思い出した。
「お堂の扉の上にある絵は新しそうに見えたのですが」
「タテハが描いた絵ですね」
タテハとは、六段に住む赤月家の娘の名前だった。
赤月タテハ子どものころから絵が得意で、高校の美術部でさらに磨きをかけ、県のコンクールに出して入賞したこともあるのだという。
「高校に通うため、18まで山の下の宿舎で一人暮らしをしていたのが、今年戻って来たんですよ、あの絵を持って。元々あった額が古くなっていたので、集落長の赤沢さんの一声であそこに飾ることになりました」
「あの山伏みたいな人?」
「半分、山伏かもしれませんね、あの人は」と静さん。
意味はわからないが、なんとなく感覚的にわかるような気がしたので、僕は同意するようにうなずいて静さんを見た。
ところで、なんで「蝶」なのだろう。
「あそこに
「むきゅうちょうき?」と僕はオウム返しで尋ねる。
「蝶々の姿をした守り神みたいなものでしょうかね」と静さん。
後に迷宮に迷い込む切っ掛けになるとは露知らず、民間伝承みたいなものだろうかと納得し、その時はそれ以上詳しいことは聞かなかった。
それよりも、風呂に浸かりながら考え巡らせていたことを思い出した。
「部屋代はどうすればいいでしょうか、いくらお支払いすれば…」
静さんはお代わりのご飯をよそいながら「宿屋ではないので、どうしましょうかね」とつぶやいた後、突然思いついたように言った。
「今日みたいに何か手伝ってもらえれば、それで十分ですよ。あんな狭い部屋でよければ」
それはお安い御用だ…と僕は思った。
「
「あと、明日からはシャワーでいいです。薪は寒くなるまで取っておいて下さい」
客人気分で湯に浸かるのは今日だけにしておこうと思ったのだった。
この時、僕はまだ想像すらしていなかった。
この集落に4、5日どころかもっと長く滞在せざるを得なくなるということを。
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