第2話 目覚ましボイスは突然に
…………なんだろう。全身がとんでもないフワフワに包まれている。
そうだ、私、母さんの激ヤバドライブの巻き添えになって死んだんだった。だとすればここは天国? それならこれは雲のお布団といったところだな。んふふ、死んじゃったのはムカつくけどこんな良待遇なら許してあげてもいいかも、なーんて……
「んお目覚めなさぁ〜い!!!」
鼓膜にクるオネエボイスが脳に達した瞬間、高圧電流を流されたような衝撃が体を貫いた。
「いったぁ!!!!」
全身をビリビリとした感覚に布団を跳ね除け飛び起きる。眉をしかめながら重い瞼を開くと、開け放たれた窓から注ぐ眩しい朝の光に目が眩んだ。
「眩し……」
「んあら〜、やぁっと成功したわ。おはよう、そっくりちゃん」
最高の目覚めを邪魔しておきながら、この声の主はなんなんだ。それに、そっくりちゃん?
明るさに慣れてきた眼をこすりながら私は辺りを見回した。
自分が寝かされていた天蓋付きの巨大なベッドの周りには戸棚がいくつか置かれ、中には色とりどりの瓶やツボが並べられている。白いカーテンのたなびく窓辺には鈴蘭に似た小ぶりな花が飾られていた。
そしてベッドの前に立つ、一人の男性。……男性と言っていいのだろうか。
声的には絶対男性なんだけど、纏う衣服は西洋のフリフリドレスにエプロン、右肩に流している豊かな三つ編みブロンドはハリウッド女優を思わせる優雅さを演出している。ふっくらとした唇は桃色に色づいており、なんだか男性というより年上のお姉さんを思わせる容姿だ。
「……天国にしてはキャラ濃くない?」
「天国? やぁだ、お寝ぼけちゃんね。それともアタシの美貌に平伏しちゃった感じ? いいのよ恥ずかしがらなくっても」
話が一向に噛み合わない。しかしこのリアルな感じ、もしかすると私、まだ死んでないんじゃないか? なら、ここは病院だったりするのだろうか。
いや、ということは目の前にいるこの男は医者かナースということになるんだけど……日本にブロンドドレスが許される病院なんてあるのだろうか。
さっきの目覚めもそうだ。寝ている患者に電気ショックを使う医者などいていいものか。
……今考えてもしょうがない。多様性ということにしておこう。
「失礼しました、ここは……どこの病院でしょうか。私何も覚えていなくて」
ブロンドの男は長い睫毛をパシパシさせてこちらを見つめた。
「あらぁ、記憶喪失ってやつかしら。」
「いえ、私、近くの峠道で崖から落ちて……」
「峠道? あなた、やっぱり頭でも打ったのね。ここはモンテリエ城の医務室。お城の名前くらいは知っているでしょう? あんたはお城の庭園に瀕死の容態でぶっ倒れてたってわけ」
頭が混乱してきた。モンテリエ城? 聞いたことがない。
……もしかしてあの男、危ない人なのでは……見れば見るほどそう思えてきた。通報……いや、スマホがない。近くにあるものといえば……
私は窓辺に飾られた花瓶を見た。……いざとなったらこれで。
そのとき、ふと窓の外に目をやった私はその風景に息を飲んだ。
眼下に広がるのは色とりどりの花々が咲き乱れる迷路のような庭園。そして遠くに目をやると、見えてくるのはメルヘンチックな家の屋根たちに、小高い丘、広がる青い空。
なんて美しい場所なんだろう。ただ……確かになったのはのは、ここが日本じゃないってことだ。
ふと『異世界転生』という言葉が頭にちらつく。いや、馬鹿馬鹿しい、そんなの現実に嫌気がさした小説家の作り話だ。
でも、それなら私は一体どうしてこんな場所で目覚めたのだろう。
「ここ、どこ……?」
「だからモンテリエ……いや、分からないのね。いいわ、地図でも見て説明しましょうか」
そう言うなりブロンドの男は戸棚から少し大きめサイズの絵本を取り出し、こちらに渡してきた。
表紙の文字は……フランス語だろうか? いや、見たこともない文字だ。
「この国の子供が最初に読む絵本よ。さ、ページを開いて」
言われるがままにページをめくると、見開きのページいっぱいに島国のイラストが載っている。 子供向けなだけあって、山々や街はポップに描かれ、右下では可愛らしいキャラクターがこちらに手を振っている。……なんだか子供扱いされてるみたい。
「この国、モンテリエの地図よ」
モンテリエ、そんな国は聞いたことがない。
ブロンドの男は白い手袋をはめた手でイラストの中心を指さした。
「そしてここがモンテリエの首都、モルダナ。このお城があるのもここよ」
よく見ると島の中心には白い城が描かれている。その上に書かれた言葉は……読むことができない。でも、表紙に書かれたものと同じ文字だから、もしかしてこの単語が「モンテリエ」なのだろうか。
考え込む私をよそに、男は絵本をパタンと閉じた。
「じゃあ、まだ混乱してるみたいだし、しばらく寝ていなさい。この本は貸しておくから、好きな時に読むのよ」
「え、でも、文字が読めません」
立ち去りかけた男はピタリと立ち止まり、困惑の表情でこちらを見た。
「文字が読めないですって? モンテリエの共通言語が?」
「は、はい……」
そんなに驚かれると自分の無知が恥ずかしくなってくる。でも、言葉は通じるのに文字が違うなんて、そんなことあるだろか。
「私、モンテリエなんて国知りませんし、何もかも変です! 庭園で倒れてたって言いますけど、何も覚えてないんです。あなたみたいな奇抜な人も初めてだし……どうなってるんですか」
「あらぁ……あたし大混乱。単純な記憶喪失って訳でもなさそうね」
大混乱はこっちのセリフだ。こうしちゃいられない。状況を理解しなくては。
私はふらつく脚でベッドを下り、正面の扉へ無理やり進んで行った。
しかし、おぼつかない脚が正常に動くわけもなく、案の定数歩歩いたところで足をつっかえた。
やばい、結構派手に転ぶ。身を庇う暇もなく、小さな叫び声を上げてつんのめる。
「危ない!」
ブロンドの男がこちらに手を向けた、次の瞬間、温かな水に包まれたような感覚が全身を覆った。
顔面すれすれだった床がゆっくりと離れていく。……自分に起きていることが理解できない。
不思議な力に包まれて私の体は天井近くまで浮かび上がってゆき、私はパンクした頭のまま遠のく床を見つめていた。
「まったく、寝てなさいって言ったそばから……」
「こ、これ、何で? 私、浮いて……?」
「間に合ってよかったわ、ホント。魔法は初めて? ああ、自己紹介をしてなかったわね」
ブロンドの男は私を元いたベッドへゆっくりと下ろすと、胸に手を当ててこう言った。
「あたしはジュエリィ、王家直属の上級魔法医師よ。簡単に言えば、魔法使いのお医者さんってとこね」
魔法使い……目の前にいるのは、魔法使い?? ?
……もう、常識で考えない方がいいのだろう。
異世界転生、さっきの思いつきは正しかったのかもしれない。
何も分からないけれど、ここは、私の知る世界じゃない。それだけがはっきりと理解できた。
そのとき、扉の向こうから激しい足音が聞こえてきた。
「あらぁ……うるさいのが来るわ」
また変なのが増える、私は直感的にそう感じた。
影武者プリンセス〜異世界転生したはいいけど姫の影武者やめてもいいですか?〜 空井 ソラ @yuri_theater
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