影武者プリンセス〜異世界転生したはいいけど姫の影武者やめてもいいですか?〜

空井 ソラ

第1話 庭園に眠る侵入者

峠道の曲がり角。母はハンドルを切らなかった。

私と母の二人を載せた軽自動車は、ガードレールを突き抜け谷底へ落ちてゆく。


後部座席に座る私は胃が持ち上がるような感覚に吐き気を覚え、恐怖の悲鳴を上げた。

最後に見たミラー越しの母は目を閉じ、僅かに微笑んでいた。

私はすべてを悟った。この人は死ぬつもりだ、私を巻き添えにして。


瞬間。凄まじい衝撃が体を貫いた。何かに頭を強く打ち、壊れたテレビのように景色からぷつんと光が消える。

湧き出た恐怖と母への怒りは、私の16年間を共にした意識とともに、永遠に消え去った。いや、消え去るはずだった。


__________


「異常なし、ハァ……」


曇天の空の下、シュバルツはいつものように日課である庭園の見回りをしていた。

噴水広場、薔薇の庭園、木漏れ日の差す小道……見飽きた風景の中、愛馬を駆る。

どれだけ見回りをしても異常はない、当たり前のことだ。城の門には厳重に警備が敷かれているし、敷地を取り囲む城壁には侵入者を防ぐ守護魔法が張られているのだから。


正直この仕事にはうんざりだ。毎日同じことの繰り返し、過ぎてゆく月日だけが俺を虚しくさせた。

王家に支え始めたのは14の頃、それからもう10年がたった。

衣食住は保証されていても、何の刺激もない日々は苦痛だ。稽古に励んだ剣術も、この10年で鈍ってゆくのを感じていた。


(いっそのこと、侵入者でもいれば……いや、よそう)


ひねくれた思考を振り払い小さな林を抜けると、開けた草原に何か、大きなものが落ちているのが見えた。


「……獣の死体か?』


疑問の独り言がこぼれる。俺は見回りの小道を外れ、若草の生茂る草原を進んだ。

思えば、こうしていつもの道を外れるのはいつぶりだろうか。

城の美しい庭園も、同じ道で見慣れてしまえば感動は失われていく。馬を降り、草原を慎重に進むうちに、新鮮な感覚が蘇るような気分になった。


草原にポツンと落ちているそれを間近で見た時、俺はこの10年間で一番と言えるほど動揺した。


若い娘が死んでいる。

年は15、16といったところだろうか。この地方では珍しい黒髪だ。侵入者……ということになるのか?

俺はしゃがみ込み、眠るように穏やかな娘の顔を見た。


「これは……!」


この娘、我が国の姫に恐ろしく似ている……人というのはここまで似ることがあるのだろうか。

しかし、王族と瓜二つの娘が城の庭園で死んでいるとはなんて縁起の悪い。

俺はもう一度その高貴な顔に目を向けた。

そのとき、微かに娘の口元の草が揺れているのを見た。まさか。素早く娘の手首を取り、脈を確認する。


脈がある。この娘は確かに生きている。しかしその脈は今にも消え入りそうなほど弱々しかった。

このままでは死んでしまう。俺は少し迷ったのち、娘を肩に担ぎ上げた。侵入者に尋問をするにも死なれては困る。それにこの顔、運命的な何かを感じずにはいられない。この娘を城へ連れて行かなくては。


呼び戻した馬は、背に乗る人数が一人増えたところで文句一つ言わなかった。

そうして俺は見回りの道を引き返し、眼前にそびえる城へ馬を駆った。

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