第十八話 喜

ケンジがナオに気持ちを伝え、友達としての関係を続けることを決めた翌日。教室に入ると、普段と変わらない様子でナオが友達と話している姿が目に入った。その光景を見たケンジの胸に、少しだけ切なさがこみ上げたが、すぐに気持ちを切り替えようと努めた。


授業が始まると、ケンジはいつも通りにノートを取り、先生の話を聞いていたが、どこか上の空だった。ナオとの会話が頭の中で何度もリピートされては、消えていく。その時、隣の席のミカが小声で話しかけてきた。


「ケンジ、昨日の放課後、ナオと何か話してたでしょ?」ミカは興味津々な表情を浮かべていた。


「うん、まぁちょっとね…」とケンジは曖昧に答えたが、その表情が隠せないほど複雑なものであることに気づかれたのか、ミカの顔つきが少し変わった。


「そっか、そうだったんだ…大丈夫だったの?」ミカは心配そうな声で尋ねた。


「うん、大丈夫だよ。思ったよりも、ちゃんと伝えられたし、これでよかったんだと思う」とケンジは少し笑みを浮かべながら答えた。しかし、その笑みの裏には、まだ完全には癒えていない傷が隠れていた。


ミカはケンジの肩に手を置いて、優しく励ました。「ケンジ、あんたがどんな結果でも、ちゃんと向き合ったことは本当に偉いと思うよ。自分の気持ちを言葉にするのって、すごく勇気がいることだから」


その言葉に、ケンジの心が少しだけ軽くなった。ミカの存在がどれだけ自分を支えてくれているかを再認識し、感謝の気持ちが溢れた。


昼休みになり、ケンジとミカは一緒に屋上へ向かった。風が心地よく吹く中、二人は並んで座り、少し黙って空を見上げていた。


「ねぇ、ケンジ」とミカが不意に口を開いた。「ナオのこと、まだ好きなんでしょ?」


ケンジは少しだけ驚いたが、正直に頷いた。「うん、そうだね。でも、今は友達でいるって決めたんだ。だから、無理に気持ちを抑えるつもりはないけど、少しずつ前に進もうと思ってる」


ミカは微笑んで、ケンジの顔をじっと見つめた。「そう思えるのなら、きっと大丈夫だよ。ケンジにはたくさんの可能性があるし、周りには支えてくれる人がいるから」


その時、ケンジのスマホが鳴った。見ると、メッセージが届いていた。送り主はマナだった。「今日、放課後少しだけ時間あるかな?」というメッセージに、ケンジは少し戸惑ったが「うん、大丈夫」と返信した。


その日の放課後、マナと待ち合わせをしている場所に向かったケンジ。マナはいつもよりも少し緊張した面持ちで立っていた。ケンジが近づくと、彼女は意を決したように口を開いた。


「ケンジ…私、ずっと言いたいことがあったの」とマナの声は少し震えていた。「本当は、私…ずっとあなたのことが好きだったの」


その言葉を聞いた瞬間、ケンジは驚きで言葉を失った。まさか、自分のことを好いてくれる人がすぐそばにいたとは思ってもいなかったのだ。


「でも、私は知ってる。ケンジがナオのことを好きだってことも、ちゃんとわかってるの」とマナは微笑みながら続けた。「だから、これからもただの友達でいい。でも、私の気持ちを知ってほしかっただけ」


ケンジはどう応えていいのかわからず、ただマナを見つめていた。しかし、その瞬間、彼はマナがどれだけ強い心を持っているか、そして自分がどれだけ多くの人に支えられているかを感じたのだった。


「ありがとう、マナ」とケンジはようやく口を開いた。「君の気持ちを聞けて、本当に嬉しい。でも今は、まだナオのことが頭から離れないんだ。だから、これからも友達でいてくれるなら、それが一番嬉しい」


マナは少しだけ涙ぐみながらも、強く頷いた。「もちろんだよ、ケンジ。私はいつでも、あんたの味方だからね」


ケンジはその言葉に救われた気持ちになり、マナの存在がますます大切なものに思えてきた。ナオへの想いと向き合いながらも、新たな関係が彼を成長させていく。ケンジの青春は、まだまだ続いていくのだった。

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