第十六話 気づき

カラオケの余韻が残る翌日、ケンジは学校で少しそわそわしていた。アキラがナオにアプローチしている姿が頭から離れず、どうすればいいのか分からなかった。彼は自分がナオに対してただのクラスメート以上の存在になりたいと思っていたが、アキラの存在がそれを一層難しくしていた。


休み時間、ケンジは一人で校舎の屋上にいた。風が少し冷たく感じられる季節の変わり目で、彼は空を見上げながら深呼吸をした。その時、マナが屋上のドアから顔を出した。「ケンジ、ここにいたんだ」


「マナ…どうしたの?」ケンジは少し驚いたが、同時に彼女の存在が少しだけ心を軽くすることに気づいた。


「なんか、ケンジがここにいるんじゃないかなって思ったから…ちょっと話したくて」とマナは少し照れたように微笑んだ。彼女はいつも明るく振る舞っていたが、その笑顔には何かしらの寂しさが隠されているようだった。


「昨日のカラオケ、楽しかったね」とケンジは言った。「でも、アキラがナオにアプローチしてるのを見て、なんかもやもやしてるんだよな…」


マナは少し黙った後、ゆっくりと話し始めた。「ケンジって、ナオのこと本当に好きなんだね」


「うん…なんて言うか、彼女のことを考えると、どうしても胸が苦しくなるんだ。もっと彼女のことを知りたいし、近づきたいと思うんだ」とケンジは正直に答えた。


その言葉を聞いたマナは、ふと目をそらしながら微笑んだ。「そっか…ケンジのそういうところ、本当に真っ直ぐで素敵だと思うよ。でも、無理しないでね。自分の気持ちも大切にして」


ケンジはマナの言葉に少しだけ救われたような気がした。「ありがとう、マナ。お前がいてくれるから、俺も少しは頑張れるよ」


その言葉にマナの心は少しだけ痛んだ。彼女はケンジのことを好きだったが、彼が自分に対してその気持ちを向けてくれることはないと分かっていた。それでも彼のそばにいることを選び、彼の笑顔を守りたいと願っていた。


放課後、ケンジはミカと一緒に帰ることになった。ミカはいつも通りの明るい笑顔でケンジを見つめていた。「ねえ、ケンジ。最近ナオと仲良くなってるみたいだけど、どうなの?」


「うーん、仲良くなりたいと思ってるんだけど、アキラのことが気になって…」とケンジは少し困った表情で答えた。


ミカはふと真剣な表情になり、ケンジに向き直った。「ケンジ、ナオに気持ちを伝えたいなら、ちゃんと自分の言葉で伝えなきゃダメだよ。アキラがどうとかじゃなくて、ケンジ自身の気持ちを」


その言葉にケンジはハッとした。彼は今まで自分の気持ちを素直に表現することができていなかったことに気づいた。ナオに対する想いを、ちゃんと自分の言葉で伝えるべきだと感じ始めたのだ。


家に帰ったケンジは、自分の部屋で考えた。ナオにどうやって気持ちを伝えようか、何度も頭の中でシミュレーションを繰り返した。しかし、実際に彼女の前に立ったら緊張してしまう自分が容易に想像できた。


その夜、ケンジは姉のカナミに相談することにした。カナミは自分の部屋で音楽を聴きながらリラックスしていたが、ケンジの顔を見ると少し驚いた表情を見せた。「どうしたの、ケンジ? こんな時間に」


「姉ちゃん、俺、ナオに気持ちを伝えたいんだけど、どうすればいいと思う?」とケンジは真剣な顔で尋ねた。


カナミは少し笑いながら答えた。「ケンジ、あんたはいつも不器用なんだから、素直に伝えればいいのよ。何か特別な言葉を考える必要なんてない。ただ、あんたの気持ちをそのまま伝えればいいの」


「素直に…か。うん、分かった。ありがとう、姉ちゃん」とケンジは少しほっとした表情で頷いた。


夜が更ける中で、ケンジは自分の心の中で決意を固めた。ナオに自分の想いを、素直に、真っ直ぐに伝えようと。その想いがどんな結果をもたらすのかは分からないけれど、後悔だけはしたくなかった。


そして、彼の心には、新たな一歩を踏み出す勇気が芽生え始めていた。それがどれほどの試練となろうとも、彼は自分の気持ちを信じて進む決意をしていたのだった。

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