第十四話 まだ誰にも

その後、ケンジの高校生活はさらに忙しくなっていった。アキラとのライバル関係が明確になったことで、二人は勉強や部活、さらには日常の会話に至るまで、あらゆる場面で張り合うようになった。アキラはナオへのアプローチを強化し、ケンジも負けじと努力を重ねていく。


そんな中、ケンジの姉、カナミが久しぶりに実家に帰ってきた。カナミは大学生で、地元を離れて一人暮らしをしているため、家に戻ってくるのは珍しいことだった。


「おかえり、カナミ姉ちゃん」とケンジは少し照れながら挨拶をする。


「ただいま、ケンジ。なんだか顔つきが少し大人びたわね」とカナミは優しく微笑んだ。「もしかして、恋でもしてるのかしら?」


その一言にケンジは驚いて、一瞬言葉を失ったが、すぐに誤魔化すように笑った。「あ、いや、別にそんなことないよ! ちょっと色々あってね…」


カナミはそんなケンジを見つめて、少し微笑んでから肩を軽く叩いた。「ふふ、そういうところが可愛いわね。でもね、ケンジ、恋は焦らずゆっくり進めることも大事だよ。相手の気持ちを大切にしなきゃね」


カナミの言葉は、ケンジにとってどこか心に響くものだった。彼女の優しさと落ち着いた態度が、ケンジを少しだけ冷静にさせた。


夜、ケンジは自分の部屋でナオへの想いとアキラとのライバル関係について考えていた。ナオに告白して以来、少しずつだが自分の心が変わり始めていることを感じていた。自分だけの成長や恋愛を超えた、何かもっと大きなものに気づき始めていた。


その翌日、ケンジが学校に向かうと、クラスメイトのミカがいつものように元気に挨拶をしてきた。「ケンジ、おはよう!昨日は姉ちゃんが帰ってきたんだって?」


「なんで知ってるんだよ!」とケンジは驚いて問い返したが、ミカは得意げな顔をして言った。「ふふ、何でもお見通しさ! それに、ケンジがカナミ姉ちゃんのことになるとすぐわかる顔するんだもん」


そんなミカの明るさにケンジはつい笑ってしまった。「まったく、ミカには敵わないな」


ミカの存在は、ケンジにとって特別な安らぎのようなものだった。どんなに辛いことがあっても、彼女の笑顔を見ると少しだけ気持ちが軽くなる。しかし、そのミカが自分に恋心を抱いていることを、ケンジはまだ知らなかった。


一方で、ナオとアキラはさらに親しくなっている様子で、ケンジはそれを遠くから見るしかなかった。ナオの笑顔がアキラに向けられるたびに、胸が締めつけられるような痛みを感じていた。それでもケンジは諦めるわけにはいかなかった。


その日の放課後、ナオが校舎の裏で一人でいるのを見つけたケンジは、思い切って声をかけることにした。「ナオ先輩、少しだけ時間もらえますか?」


ナオは驚いたように顔を上げたが、すぐに微笑んで「もちろん、いいよ」と答えた。


「俺、先輩のこと、やっぱり諦められないんです」とケンジは真剣な目でナオを見つめた。「先輩がまだ俺のことをどう思ってるかわからなくても、俺は先輩が好きです。だから、もう少しだけ俺のことを見ていてくれませんか?」


ナオはその言葉を聞いて少し戸惑った表情を見せたが、やがて優しくうなずいた。「ケンジ君、本当に真っ直ぐな人だね。わかったよ、少しずつでもいいから、君のことを知っていきたいって思ってる」


ケンジの胸に希望の光が差し込んだ瞬間だった。しかし、その光はすぐにかき消される運命にあった。なぜなら、その場面を偶然目撃していた人物がいたからだ。それは、ケンジに密かに恋心を抱いているマナだった。


マナは涙をこらえながら、二人の会話を黙って見つめていた。彼女の中で何かが崩れ落ちる音が聞こえた気がしたが、それでもその場から動くことができなかった。


彼女の想いは、まだ誰にも伝えられていないままだった。

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