第4話ー⑤「ヒーローごっこ」
それから、朝食を食べた後、妃夜は気まずそうに帰っていった。
夏祭りの話もしないまま、彼女はあたしの体操服と共に家を去った。
あたしは茜と風呂に入り、その後は2人、いっしょにベッドでぐっすり寝ていた気がする。
気付くと昼過ぎだった。
PM15:39
「晴那、晴那、ゴリラ、起きろ」
「ん?なに?」
目の前には、仏頂面の朝があたしのベッドで仁王立ちしていた。
「なに、なに?」
「バスケも起きろ」
「あぁっ、いいじゃん、寝させてよ」
茜はあたしの首筋に抱き着いていた。
「何の用?朝?」
「ひよの体操服が乾燥したから」
朝は妃夜の体操服をあたしに投げつけて来た。
香って来た柔軟剤の香りにあたしは一気に眼が冴えて来た。
「何なんだよぉ!人がゆっくり寝てるのに、こんな、しかも、何で呼び捨て?お前、何なん?マジで!」
「晴那、うっさい」
「名前なんて、どうでもいいだろ」
朝の表情は読みづらい。珍しく、あたし以外の同級生をちゃんと名前で呼ぶのも、珍しい彼女が、名前を呼ぶ位だ。
「妃夜とは仲良くなれた?」
「別に。あいつもお前も難儀だなと思っただけ」
「それ、どういう意味?」
「洗濯物畳んでくる。後は風呂掃除と飯位は作ってやるよ」
「何で、人んち、謳歌してんだよ」
「届けに行けよ、体操着」
朝はあたしの部屋から、姿を消した。
「何なん、あいつ」
あたしは茜を起こし、部屋に降りて、妃夜の家に行くことにした。
玄関先で靴に履き替えようとした時だった。
「あたし、妃夜の家知らない」
「オイッ!それどうすんだよ!」
「どうしよう、そうだ。加納さんに連絡しよう!」
「いや、羽月さんに聴けよ」
「それもそうだけど、それは最終手段。それに驚かせたいし」
「いや、引くだろ、それ」
「それなら、俺知ってるけど」
玄関先から現れたのは、他でもないにーちゃんだった。
「気持ち悪。あたしも知らないのに」
「あの子のお姉さんと同級生なの。一度、プリント届けたんだよ」
にーちゃんからの衝撃発言にあたしは凍り付いた。
「えっ、何その話?聴いてないんだけど・・・」
「聴かれてないからね」
淡々としていて、冷静さを欠くことなく、話し続けるにーちゃんはとても、高校一年生とは思えない貫禄だった。
「どういう関係なんですか、お兄さんと・・・」
それまで、黙っていた茜がいきなり、話し始めた。 照れることもなく、にーちゃんは話を続けた。
「勘違いしないで聴いて欲しい。そういう関係じゃないけど、色々あるからさ。分かってくれるか、晴那」
「それでも、何で言ってくれなかったんだよ」
「確証が持てなかっただけだよ。それにお前には関係ない話だ」
にーちゃんは最後まで冷静だった。
その後に、にーちゃんは住所と行き方を教えて貰い、自転車で妃夜の家に向かうことにした。
6
妃夜の家は予想以上に遠いわけでは無かった。
一応、メッセージアプリに連絡はしといたが、既読はつかなかった。
その道中、あたしと茜は自転車での移動中、妃夜について、話していた。
「やっぱり、羽月さんち、虐待されてんのかな」
「それは無いと思うよ」
「そんなに分かんないじゃん。お兄さんだって、その羽月さんのお姉さんのこと、心配してたみたいだし。こういうのって、家庭で何かあったとしか」
「それでも、あたしが見た妃夜のお母さんはそんな人じゃなかった。それに、いつも、あたしのわがままをちゃんと聞いてくれるし、もしも、虐待されてるなら、体に傷があるし、そういうの無かったし」
「いや、最近はそういうのバレないようにするために、体を傷つけない方法もあるし、そう言って、隠しているみたいなのもあるし。家のことなんて、立ち入る方がヤバいって、話でさ」
茜の言いたいことが、分からないわけでは無い。
だけど、あたしは自分で見た物を信じたかった。
「もう、ヒーローごっこはやめなよ、晴那。本当にそういうことがしたいなら、あたし達には限界があるって」
ヒーローごっこ。
彼女の言葉は正しい。あたしのやっていることは何処まで行っても、偽善だ。これ以上、羽月家の闇に踏み込むことが、危険と茜自身、本能で分かっているのだろう。
「あたしはもう、後悔したくないだけ。自分勝手なわがままだから」
「もしかして、茜も知らない隠し事があるの?」
茜の本音を突いた言葉にあたしは
「今は言えない。あたし1人の一存では言えない」
「もしかして、あの・・・。ううん、もう聞かない」
その後、茜とあたしは少しばかりの沈黙が続いた。
皆を信じるとは言ったし、茜は妃夜と仲良くなりたいと心から思っている。
話してもいいと思うが、それを妃夜が受け入れるかどうか、何より、勝手に話を進めるのは、後味が悪いように思えた。
家に到着し、あたしたちはその家の広大さに背筋が凍った。 由緒正しい洋風建築の豪邸だった。
「この辺り、高級住宅街なのは分かってたけど、羽月さんちって、凄い家の娘さんだったんだ」
あたしはピンポンを押した。
少し間が空いたものの、凄い勢いで走り出して来た眼鏡を掛けてないパジャマの妃夜が現れた。
「お邪魔します」
「ど、どうも・・・」
さっきの話もあったし、他人の況してや豪邸で委縮しない訳もなく。 気まずそうなあたし達を背に妃夜は怪訝そうな声で話し始めた。
「なんで?」
「いや、体操服返しに」
「どんな家か、気になって」
「あっ、洗濯したままだった。ごめん、ずっと、寝てて」
どうやら、相当寝ぼけているようで、いつになく、会話にまとまりがない。
「いいって。こっちは好きで来たんだから」
あたしは妃夜の体操服を渡した。
「どうも」 短い言葉で受け取り、妃夜が扉を締めようとした時だった。
「何で、閉めようとすんのさ」
あたしのツッコミに、妃夜は扉を再び開けた。
「晴那、近所迷惑だろうが」
茜はあたしを静止した。
「ごめん、つい」
「それに、お邪魔しますじゃねぇだろ」
「そうだけど」
「ごめん、今日はありがとう。2人とも、わざわざ来てくれて」
妃夜の素っ気ない対応に、つい魔が差したあたしは腹を括って、あの話題に触れようと思った。
「夏祭り、2人で出かけない。やっぱり?」
妃夜は狼狽しながらも、あたしに話しかけて来た。
「それを言う為に?」
「言ったでしょ。あたしは直接じゃないと話し出来ないって」
「いや、それは・・・」
「返事待ってるから。じゃあね!」
あたしはこれ以上は迷惑と思い、走って、その場を後にした。
「おい、晴那」
どうにも、豪邸というのが、性に合わなかったのとあのにーちゃんの言葉が頭から離れなかった。
どうやら、茜と妃夜が何かを話し込んでいたが、あたしには聞き取れなかった。
戻って来た時の茜の表情は何処か、哀れみを帯びているように見えた。
「何話してたの?」
「ひみつ。じゃあ、ここで解散ね」
「いや、ウチで夕食でしょ?」
「もう、勘弁してよぉ。って言うか、詮索しないんだね。さっき、羽月さんと何してたかとか」
「聴いて欲しいの?」
あたしの言葉に茜は少し下を向いていた。
「言わない。じゃあね」 茜
は自転車を漕いで、一人自分の家に帰っていった。
「あたしも帰るか」
その時だった。 あたしのスマホに電話が掛かって来た。
その相手は紛れもない妃夜だった。
「もしもし・・・。どうしたん、妃夜?」
「暁、一緒に夏祭り行こう。2人だけで」
「ん?今何て?」
「二度は言わない。日付はまた教えて。じゃあね」
すぐに電話は切れた。
あたしの頬は緩んでいた。
一体、茜がどんな魔法をかけたか、あたしには分からない。
もっと、みんなを信じてもいいのかな?
今はただ、気楽にキミと一緒に居られるなら、それで良い。
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