第4話ー④「ヒーローごっこ」

4


 「妃夜、服交換しなきゃ。びっしょびしょじゃん」


 クールダウン中、あたしは彼女に尤もらしい言葉を掛けた。


 「いや、早く帰れば」


 「早く帰りたい・・・」 

 妃夜と茜は同じ気持ちだったようだ。


 「アタシも帰りたい・・・。早く寝たい・・・」


 「そうだ!皆、うちに帰ろう!ご飯食べようぜ!」 

 あたしはハイになり、勢いで言いたいことをぶちまけていた。


 「はぁ~?茜、聴いてないんだけど?」


 「そりゃそうだよ。今決めたから」


 「あ~か~つ~きぃぃぃぃぃ」 

 茜の反応はまともだった。 あのこともあったので、過剰な反応だったが、正論なので仕方ない。


 「皆、汗かいたからね。早く帰って、美味しい物食べて、鍛え上げないとね」


 「誰の所為で、4キロも走ったと思ってんだよ」


 「バスケはもう少し体絞れ」


 「うっせぇ。茜だって、頑張るし!」


 朝は俯いていた。無理もない。昨日も結構、走ってたからな。


 「さぁ、にーちゃんに連絡するから、みんなであたしんち集合!おー!」


 「なんで、暁だけ、こんなにハイテンションなの?」


 「考えちゃだめだよ、羽月さん。コイツ、陸上バカだから」


 あたしたちは自転車に乗り、暁家に向かった。 

 その道中、茜はぐちぐちぼやいていたが、聞き取れなかった。 

 まだ、にーちゃんのこと、根に持ってるのかな?


 そうこうしているうちに、あたしの家に到着した。


 「たっだいまぁぁぁ!」


 「お邪魔します」 

 あたしは靴を脱ぎ、それに続くように皆も靴を脱ぎ始め、ちゃんと並べて、上に上がろうとしていた。


 「2度と晴那は殴らん、何なんだ、あの腹筋」


 「今日は随分、大所帯だな。ご飯出来てるよ」 

 その声は紛れもなく、ジャージ姿のにーちゃんだった。


 「ありがとー、食べよ食べよ」


 「あっ、茜帰る!かえら・・・」


 あたしは茜の腕を握っていた。


 「今日は何も無かったよね?」 

 あたしは茜を引き留めた。


 「あ、は、はははい」 

 茜もすぐに堪忍したようで、あたしはすぐに手を放した。


 「よぉし、その前に妃夜はあたしの部屋に集合!着替え着替え!」


 「アタシはシャワー借りるぞ」


 「好きにして」


 「シャワーって、服は?」


 妃夜の素直な疑問に、あたしは答えることにした。


 「あいつ、いつも泊ってるから、服も置いてあんの。変だよねぇ」


 朝は相当、堪えている様子だったので、それ以上、言葉を漏らすことは無かった。


 「茜も、シャワー浴びる?」


 「朝とだけは、絶対イヤ!部屋で待ってるし」


 「じゃあ、妃夜はその後・・・」


 妃夜は即座に、あたしの部屋に向かっていた。


 「もぉ~、冗談だってばぁ~」


 あたしは部屋の扉を開け、閉じこもろうとしたが、あたしの部屋には鍵が無いことを彼女は知らなかった。


 「入るよぉ」


 「あんたの部屋でしょ」


 「えっへへへ」


 ガチャンと扉を閉め、あたしと妃夜は二人っきりになっていた。


 「久しぶりだね」


 「服脱いでいい?ベタベタで、困る」


 「あたし、後ろ向いてようか?」


 「助かる」


 妃夜は独り、服を脱ぎ始めた。 すぐさま、あたしは棚から、体操服を取り出した。


 「ごめん、無理。あたしの体操服で我慢して。ちょっと臭いかもだけど」


 あたしは一度振り向き、棚から取り出した体操服を、私に投げつけて来た。 

 妃夜は体操服を取り出し、その隙にあたしは彼女の体を凝視した。


 「ありがとう。って、普通に凝視しないでよ」


 「今考えたら、全裸じゃないじゃんって、考えてさ。オンナ同士なんだから、いいじゃんってわけ!」


 「そうだけど、何か、エロオヤジみたいで嫌」


 「えぇ~、まだ13なのに・・・ぐすん」 

 妃夜は時折、酷いことを言う。ちょっと、傷ついた。


 「とりあえず、これで」


 彼女が食堂に向かおうと部屋を出ようとした時、あたしはドアノブを遮った。


 「何するの?洗濯してくれるんじゃ・・・」


 「久しぶりなのに、何でそんなに素っ気ないの?」


 妃夜の顔はとても嫌そうに見えた。


 「走ったら、解散だったと思うんだけど」


 「いいじゃん、みんなでご飯食べたいじゃん!」


 「部屋から出して」


 「出すよ、ただ」


 この言葉だけは、絶対に言わなくてはと思った。


 「朝って、言えたじゃん。良かったね」


 彼女の頭がカーッと熱くなる所はとても愛おしく思えた。


 「それだけの為に、こんな茶番を?」


 「そうだけど?」


 「うっざ」 

 久々のうっざは力なく聞こえたのは、それが本心ではないと言うことだろうか。


 「楽しかったでしょ?」


 「走るなんて、当面は嫌よ。あんたらと一緒にしないで」


 「えぇ~、でも、当面なんだね」


 「かっ」 

 揚げ足を取られ、妃夜は言葉に詰まっていた。


 「いやぁ、めでたしめでたしだね」


 「全然、めでたくない。いいでしょ、もう、部屋出ても」


 「待って」


 「次は何?」


 今日のあたしは必要以上にハイテンションで情緒も不安定だった。


 「聴きたくないこと聴いて、ごめんね」 

 本当に言いたかった言葉はこれしかなかった。


 「暁の言う通りだった。今も脚は重いし、脇腹は痛いけど、たまには悪くないね。走るのも」


 妃夜の素直な感想にあたしはドアノブから、手を放した。


 「だから、ありがとう。すっきりした。だから、泣かないで」 

 妃夜がドアノブに手を触れようとした時、あたしは思わぬ言葉を口にしようとしていた。


 「妃夜、あたし、実はキミに言ってないことが・・・」


 「やめて」


 「妃夜?」


 「気を遣わないって、言ったでしょ。もしも、そんなに気を遣うなら、私、あんたと友達やめるから」 

 あたしは本気だった。こうでもしないとキミと対等になれない。 しかし、キミはそれを受け入れることは無かった。


 「そうだけど、そうかもしれないけど」


 「朝さんに言われたの。もう少し、楽に生きなよって。それはあなたもでしょ?言いたくないことは言わなくていいよ。それに」 

 あいつ、何であたしにはそれを言ってくれないんだよ。


 「それに?」 

 あたしは神妙な面持ちでキミミを見つめていた。


 「私は今、お腹が空いているの。今はベーコンエッグが食べたいの」


 「なんだそれ」 

 あたしは自身を誤魔化し、いつもの暁晴那を取り戻した。


 「それでいいよ。暁は笑ってるのが、一番」


 「晴那、羽月さん、飯出来てるぞ、早く来い」


 「はぁーい、今行きます」


 にーちゃんの声を聴き、妃夜はすぐに食堂に歩を進めた。 

 あたしも追いかけるように、キミの後を追った。


 「そういえば、私のこと、キミって・・・」


 「何でもない!忘れて!」


 隠れていうつもりだったキミがバレて、あたしの顔は紅潮していた。


 「あたしがベーコンエッグ作るからさ!ひ み つ!」 

 妃夜と微笑みながら、あたしと一緒に食堂へと向かった。

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