第39話『約束の地』

 豪奢ごうしゃなジャケットにシャベルという変わった出で立ちの男は、崩壊した街を歩いていた。鼻歌を鳴らし、まるで、近所の散策をしているような感じだ。

「と、出てきたはいいものの、街は ボロボロ。どこへ向かうべきか──」

 男がつぶやいた、その時、袖が白く輝いた。と、思ったら、5つの光る玉が、袖から出てきた。

「わっ」

 突然の強い光に、男は思わず手をかざした。

 だんだん目が慣れて来ると、「なんだ」5つの玉の正体が分かった。

「リーレルたちか。ここまで着いてきて どうした? 」

「アダムが道に迷ってるんじゃないかって、心配で来てみたのよ。そしたら、あら! 案の定 迷子みたいじゃない! 」

 リーレルたちと呼ばれた光の玉は、男の前で宙返りすると、「ほら」と促した。

「連れてってあげる。こっちよ」

 先導するように飛ぶ光に、男は「さんきゅうな」と言いながらついていく。

 30分ほど歩くと、「ここよ」光の玉は瓦礫の真ん中で止まった。

 薄っすらと明るくなる空に照らされた“そこ”を見回して、男は「おお」と声を上げる。

「ずいぶんと都会になったなあ」

「ま、ボロボロ だけどね」

 光の玉は言う。

「じゃ、アタシたちは この辺で おさらばするわ。そろそろ汽車に戻らないと」

「そうか」

 男は光の玉に笑い掛ける。

「いろいろ さんきゅうな。助かったぜ」

「いいのよ! じゃ、また」

「またな」

 男が言うのが早いか、光の玉は また、男の袖の中に帰って行った。と、男は自分の耳に触れた。

「翻訳機、持ってなかったな……そうか──」

 天を見上げる。

「リーレルって、ロシア語しゃべるんだな──」

 男は地面にシャベルを突き立てる。

 早朝の空の下、男は黙々と穴を掘り進める。男の額には汗が滲んでいる。

 日が昇るにつれ、穴は深くなってゆく。

 空に くっきりとした青が差した時、男は ようやく、穴掘りを止めた。

 穴は、男のすねの深さまである。

「ふう、こんなことなら、作業着でくるべきだったか? 」

 男はジャケットで額を拭うと、胸元から銀でできた煙草ケースを取り出した。

 残りの1本を取り出し、くわえる。火を点け、ふう、と煙を吐き出す。

「来たぜ、ヤンさん。だいぶ変わっちまったが、正真正銘、俺だ」

 男は宙に向かって語り掛ける。

「家出計画、ひょんな形でだが、無事成功したぜ。まあきっと、ヤンさんとこにも手紙やら届いたと思うが、とても興味深い2年間だった。聞いて驚け。この俺が肉体労働してたんだぜ? 信じられねえだろ──でも、心の底から楽しい2年間だった」

 何かを思い出したように、男は ふふふ と笑い声を漏らした。

「それでよ」

 男は胸元から紙の束を取り出すと、宙に向けて見せた。

「俺よ、ヤンさんに当てて、曲作ったんだ。変な曲じゃねえぜ? 俺がいたところで好評だった曲だ。自分で言うが、いい曲なんだぜ。ぜひ、聴いてくれ。タイトルは、『出会いの曲』だ。俺とヤンさんとの、“出会い”を描いた曲だ」

 男は そこまで言うと、紙の束を穴に放り込んだ。

 男は今度、掘った穴を埋め はじめた。

 穴がふさがりきったところで、男は空を見上げた。煙草は既に切れている。

 青空が、広がっていた。と。

 空襲のサイレンが鳴った。

「来た──」

 男はジャケットを脱ぐと、腰に隠した拳銃を取った。

 頭上を飛ぶ爆撃機に向かって、男はトリガーを引いた。

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