第34話『不思議な態度と寂しい質問』

 汽車に集まった妖精たちは、困ったように顔を見合わせた。

「だから、本当に知らないのよ」

 すぐ足元にいるホブゴブリンが言う。

「アタイらと違って、リーレルたちは人間に深く関わってるし、アタイら妖精と慣れあわずに5匹 単独で動く。今回は まったくの単独行動よ。だから、リーレルたちを捕まえて聞くしかないわ」

「それにしてもよ」

 奥にいるノッカーが ガラガラ 声をあげた。

「人間のことなのに介入しすぎだぜ。アンタらしくない。いつもは泣き女バンシーが出ても仕事を全うするだけだったじゃないか。いくらパックからの お願いだと言ってもな」

「死なないように見張ったり、人間に助けを求めたり。変だわ」

 ピクシーのキョウダイたちが声を揃えて言う。

「まったく変だわ、閻魔様」

 言われて、閻魔は はっとした表情を見せた。

 不安そうな妖精たちの顔を見比べた閻魔は、破顔はがんし、クックック と声を立てた。怒らせたの? 妖精たちは一層 不安な顔を見合わせた。

「まったく、その通りだねえ」

 笑いを堪え切れぬまま、閻魔は言った。

「キミたちの言う通りだよお。まったく、オレってば、人間に関与しすぎだよお」

 閻魔は上体を ほぼ折り曲げた状態で、クツクツ と笑い続けている。

「閻魔様? 大丈夫? 」

 ドワーフの少女が聞く。閻魔は少女に「うん、大丈夫だよお」と答えると、ふう、と息を吐いた。上体を起こすと、細めた目で、妖精たちを見回した。

「何でだろうねえ。確かに、パック君からの依頼でオレは動いてたんだよねえ。でも、たしかに、手を掛け過ぎてるかも知れないねえ。たった ひとりの人間のために──」

 正直、そこまで思い入れのある人間ではない。特別なことと言えば、汽車の従業員だということくらいだ。死んで困ることなどない。その時が来たら出向いて、死神に魂を刈り取られる前にケアをするだけだ。いつもと変わらない。

 なのに何故、ここまで関与したいと思うのだろうか──……

 ジブンでジブンが分からない。

 こんなこと、生まれてこの方、体験したことがなかった。

 いつも冷静に、ジブンを俯瞰ふかんし、興味を示さず、かと言って寄り添いを忘れない。後悔のない、清らかな魂を作り、丁寧に輪廻りんねに戻すだけ。それだけだったのに。

「どうしてオレってば、ここまで死んで欲しくないのかなあ? 」

「それは」

 閻魔の問いに手をあげたのは、ドワーフの少女だった。

「アタシたちとの勝負に負けたくないからじゃない? アタシたちは あの人間が死ぬ方に賭けてる。閻魔様は人間が死なないように動いてる。アタシたちとの勝負に負けたくないのよ」

「勝負かあ」

 閻魔は ふむふむ と顎を摘まんだ。

「それも一理あるかも知れないねえ」

 そうだ、きっと そうだ。妖精たちは閻魔様に笑い掛けた。閻魔様の悩みを解決してあげて、妖精たちは得意気だ。

「ところでキミたち」

 閻魔は明るい笑顔で妖精たちを見渡す。

「リーレル君たちは どこにいるか、わかるかい? 」


 リクとアダムは火室に石炭をくべていた。

「折角の休み時間なのに、いいのか? 」

 アダムがリクに聞く。

「うん! 何も することないより いい」

「確かにな」

 アダムは石炭を火室に くべると、背後に浮くリーレルに意味ありげな視線を送った。

 リーレルは「あら」と一瞬 跳ねると、「わかったわ」と宙返りした。

「じゃ、また後でね」

 言うと、リーレルたちはアダムの袖に消えた。

 リクは その やりとりに、少し違和感を覚えた。

「何の話してたの? 」

「うん? 」

「リーレルたちと話してたんでしょ? 私、邪魔しちゃったかな? 」

 リクが聞くと、アダムは「いや、いや」と首を横に振った。

「くだらねえ会話だよ。リクが来てくれて、むしろ よかった。ひとりで石炭やる羽目になってたからな」

 気い遣うなんざリクらしくねえな、とアダムはリクの背中を軽く叩いた。

「私だって普段から気遣ってるよ! 」

 リクがアダムの背中を思い切り叩く。

「痛っ! あのなあ……」

 まあ、いいか、とアダムは石炭をすくう。

「リクはよお、もう一度 会いたい人とかいるか? 」

「なに突然」

 石炭を放りこんで、リクが眉を寄せる。

 リクの乗り気じゃ無さそうな表情に、アダムはねたように、「雑談だろ、雑談」と言った。

「いねえのか? 会いてえなあって人間! 」

「そりゃいるよ」

 リクは言って、石炭を掬った。

「お母さんでしょ、お父さん……あと、本屋の おじちゃん! 」

「そうか」

 アダムも石炭庫にショベルを突っ込む。

「アダムは? いるんでしょ? こんな質問してくるくらいなんだから」

「あ? ああ……」

 リクから質問を返され、アダムは困ったような顔を見せた。

「まあ、な」

「何その答え方」

 アダムの曖昧あいまいな回答に、リクは眉を上げた。

 一方でアダムは、「いいんだよ、それは! 」と語気を強めた。

「その人によ、もう二度と会えねえって分かってるけどよ、もし、もしもだぞ? その人が いた場所に行けるとしてよ、リクは行きてえと思うか? 」

「難しい質問だね。まるで その人が もう生きてないみたいな言い方」

 リクの言葉に、アダムは視線を落とした。

「まあ、リクの言う通りだな。その人が もう生きてねえんだ。もう生きてねえ世界に着いたとして、リクはよ、汽車を降りてえと思うか? 」

「うーん」

 リクは石炭を掻く手を止め、宙に視線を浮かせた。

 しばらく考え、リクはアダムに向いた。

「私は行かない」

「行かない? 」

「うん」

 リクは おおきく首を振り下ろした。

「だって、この汽車は“無番汽車”でしょ? どの時代にも行けるんだから、もう会えないなんてことないもん! 結果を急がなくたって、待ってれば、いずれまた会えるよ」

 でしょ?

 リクは言って、アダムに笑い掛けた。が、アダムは悲しい目でリクを見つめた。

「リクは いいな。どんなことにも、希望を持ってて」

 アダムからの言葉に、リクの表情も曇る。

「アダム──どうしたの? 」

「どうもしねえよ」

 アダムは笑って見せるが、目は悲しそうな、寂しそうな目のままだ。

「アダムは、汽車を降りたいって思ってるの? 」

 リクが聞くと、アダムは静かに首を横に振った。

「いや、俺は降りねえ。リクの言う通り、その人が生きてる時代に行き着くまで、待つことにする」

「本当? 」

 問いに、アダムは「ああ」と、頷いた。相変わらず、いまにも泣き出しそうな笑顔だ。

「本当だ。変な質問して すまんな」

 そろそろ昼、食いに行くか。

「マリーとマークにも、いつまでも休憩さす訳にはいかねえからな」

 アダムはショベルを床に置くと、「行くぞ」とリクに振り向いた。

 表情は、いつもの、どこか意地悪そうなものに戻っている。リクの顔にも自然と笑顔が戻っていた。

「ちょっと待ってよ! 」

 リクは言うと、アダムの背中を追いかけた。

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