第31話『悪夢と音』

 「もうさ、妖精たちには毎回 冷や冷やさせられるよねえ。プーカたちを使って汽車の脱走を図るだなんてさあ」

「でも お前は黙って見てた」

 部屋に現れた閻魔えんまに、アントワーヌは イライラ しながら返した。

「リーレルちゃんに限って無茶させないって分かってたからねえ。オレはリーレルちゃん、信じてるよお」

 それにしてもさ、と閻魔。

「アントワーヌ君も人情深いよねえ、危険を顧みず、あの子たちを探しに出るなんてさあ。オレが止めてなかったら、君が空襲の被害に遭ってたかもしれないよお? 」

「お前も律義だ。アダムたちではなく、俺を助けに来るなんて」

「アントワーヌ君に死なれちゃ困るからねえ」

 閻魔は言って、足を組みなおした。アントワーヌのベッドを、まるで自分の所有物のように扱っている。

「ねえ」

 ニヤニヤ と閻魔がアントワーヌを呼んだ。

「何だ? 」

「アダム君、これで懲りると思う? 」

「どういう意味だ? 」

 アントワーヌは眉間にシワを寄せる。

 間接照明に映し出された、不気味なほど美しい閻魔は、面白い見世物でも見ているかのように、満面の笑みを浮かべていた。ククククと押し殺した笑い声を漏らしている。

「そのまんまの意味だよお。アダム君、彼、いま何 考えてるんだろうねえ。自分の無力を思い知らされちゃってさあ」

 まったく、人間なんだから仕方ないのにねえ。

 と、空襲のサイレンが鳴り響いた。

 閻魔は闇に沈む街に視線を動かした。一瞬前まで楽しそうに笑っていた閻魔だったが、その目は氷のように冷たい。

「まったく、みにくいね」

 美少年は冷めた声で言う。

「醜い──」


 火の手の あがる夜の街を、リクは必死に走っていた。上空には数えきれないほど爆撃機が飛んでいる。

「早く防空壕ぼうくうごうに隠れなきゃ! 」

 リクは振り返って言う。

 リクの背後には、アダムが立っていた。

「アダム! 早く行かなきゃ! 」

 アダム! だが、若い炭鉱夫は動こうとしない。

 爆撃機 舞う空を見上げたまま、地面に足をい付けられたかのように立ち尽くしている。

「アダム! 行くよ! 」

 リクはアダムの袖を引っ張る。

「リク……」

やっとアダムがリクに気がついた。

「ほらアダム! 走って」

 リクが言うと、アダムが優しく微笑んだ。

「リク、走って逃げろ。俺は いいんだ。俺は捨てたくない」

「でも」

「ほら」

 アダムはリクの腕を引き剥がし、リクの体を押した。

「逃げろ」

 アダムが そう言うのが先か、上空から爆弾が落ちてきた。

「アダム! 」

 爆弾はアダムの上で爆発し、彼の姿を跡形もなく消し去った。


 「アダム! ──え? 」

 気がつくと、暗闇の中に焦げ茶色の天井が見えた。上体を起こす。

「汽車だ──じゃあ」

 いまのは、夢か。

 リクは呆然と状況を理解した。

 嫌な夢を見た。体中、冷や汗で びっしょり になっている。心臓も ズキズキ と痛い。

「もう眠れそうにないや」

 リクはベッドの下から靴を引き出すと、寝巻のまま、廊下へ出た。シャワー室へ行って、気持ちの悪い汗を流してしまいたかったのだ。

 リクの寝泊まりしている寝台車の隣に、シャワー室がある。

「こういう時に便利っ」

 シャワー室の扉を開く。熱々のシャワーでも浴びて、悪夢なんて忘れ去ろう。

 タオル置き場からタオルを取った、その時だった。

 微かにだが、ピアノの音がする気がする。ピアノは、シャワー室の奥の扉を抜け、倉庫室を抜けた先のサロン室にあるため、聞こえるはずがないのだが、聴こえた気がしたのだ。

 導かれるように、リクは扉を開いていた。

 倉庫室の扉を開いて、「やっぱり」ピアノの音が おおきくなった。

 リクは暗い倉庫室を一気に駆け抜けると、サロン室に続く扉を開いた。

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