第28話『妖精パックと森の奥』
「どうぞ、お入りください」
言って、受付の女性は扉を開いた。
「ありがとう」
アダムを先頭に、劇場内へ入る。
「うわあ! 」
見渡して、リクは思わず声をあげた。
「アダムの家の劇場に似てるわね」
リーレルが言った。
「アダムって本当に お坊ちゃまなのね」
レアが言う。
「はじめて劇場に来た! 」
リクは、劇場内を キョロキョロ 見回して言った。
「ここにしましょうか」
リクたちは全体から見て、ちょうど真ん中の席に座ることにした。
「演目は? 」
「さあな」
リクたちの着席を合図に、劇場内の電気が消えた。と、舞台の端にスポットライトが当たった。ひとりの女性が立っている。
短く、ボサボサ にヘアアレンジした焦げ茶色の髪の毛に、緑色の葉っぱでできた
わんぱく坊主のような装いだ。
「本日は、ブラーテク劇場に お越しくださり、誠に ありがとうございます」
女性はリクたちの顔を舞台上から見比べると、ハキハキ とした、中世的な声で話し始めた。
「本日 上演する作品は、ウィリアム・シェイクスピアの『夏の夜の夢』です。上演時間は120分を予定しております。なお、途中休憩はございませんので ご注意ください」
お辞儀する。と、次に顔を あげた時、お
「『夏の夜の夢』、開幕! 」
女性が舞台の下手から上手へ はけ、同時に幕が上がる。王宮の中らしい。豪奢なドレスを着た人々が見合っていた。
「うわあ」
リクは感嘆の声をあげた。
ここには戦争なんてない。みんな
「ん? 」
しかし、なんだか
「私は心からライサンダーを愛しているのです」
舞台上の役者の中でも、いちばん小柄な女性が言う。
「なのでディミトリアスとは結婚できません」
「なんだと! ハーミア! 」
なるほど、この小柄な女性はハーミアというのか。それで、いま台詞を吐いたのが、ハーミアの父親という訳だ。
ハーミアは、隣りにいる金髪の美青年、ライサンダーのことが好きらしい。が、父親はというと、ハーミアを挟んでライサンダーと対の位置にたつ堀の深い黒髪の美男子、ディミトリアスと結婚させたいらしい。
「さあ、シーシアス大公様、父親に逆らう娘に裁きを! 」
シーシアス大公と呼ばれた大柄な男は困り果てたような表情を浮かべながらも、「ハーミア」と言葉を絞り出した。
「父親の命令に従わなければ、一生独身か、もしくは死刑だ。私とヒポリタとの結婚式までに答えを決めておきなさい」
「はい……」
ハーミアは悲し気に頷くと、ライサンダーと共に舞台の上手に移動した。
場面が変わったらしい。ステージライトはハーミアとライサンダーの ふたりのみを照らしている。
「ハーミア」
ライサンダーは甘い声でハーミアの名を呼ぶ。
「僕を心から愛し、信じてくれるのなら、僕と一緒に逃げよう。遠い国へ逃げて、そこで幸せに暮らすんだ」
「ああ! ライサンダー! 」
ということで、ふたりは駆け落ちの約束をする。
そこに、舞台下手から、女性が登場した。
物音に気がついたハーミアが、登場してきた女性に気がつく。
「あら、美しいヘレナ! こんなところで どうしたの? 」
ヘレナと呼ばれた、ハーミアと反比例して背丈の高い女性はハーミアの言葉に顔を
「美しい? 私が? 本当に美しいのは貴女よ。そんな貴女に言われると、気持ちが落ち込むわ」
ところで、とヘレナ。
「貴方たちこそ、どうして ここに? 」
ヘレナの問いに、ハーミアは よくぞ聞いてくれた! と体を前のめりにさせた。
「ヘレナ! ここだけの話よ。私は貴女を心から信頼しているわ。実は、私とライサンダーは、今夜、駆け落ちするのよ。こんな国を抜け出して、ふたりで幸せに暮らすの! 」
ハーミアはヘレナの手を取る。
「貴女と会えなくなるのは淋しいわ。けれど、ヘレナ。私は貴女の恋を応援してる! ディミトリアスと幸せになるのよ! 」
このヘレナは、ディミトリアスのことが好きらしい。
ハーミアがいなくなれば、ディミトリアスは美しいヘレナと結ばれるかもしれない、リクは そう思った。が、当のヘレナは そうは思わないらしい。
「ディミトリアスと私が! そんな、馬鹿言わないで、ハーミア。あの方は貴女のことが好きなのよ! 」
ありゃりゃ、これは とんでもない三角関係だ! いや、四角関係だろうか? とにかく、こんがらがった関係には違いない。
ハーミアたちはヘレナに挨拶をすると、ふたり仲良く舞台から はけた。と、ふたりと入れ違いにディミトリアスが入って来る。先程のこともあり、気が立っているようだ。
「ディミトリアス」
「ああ、ヘレナか」
ヘレナに呼び止められたディミトリアスは、少々ガッカリという風に肩を落とした。
「あ、あのね、ディミトリアス──」
ヘレナは、ディミトリアスにハーミアたちの駆け落ちを話してしまう。
「ああ、どうして! 」
リクは頭を ボリボリ 掻いた。
「いい情報を ありがとう、ヘレナ! 」
言って、ディミトリアスはハーミアたちの去った方へ走っていく。
ひとりになったヘレナは、右往左往、落ち着かない様子だ。
「ハーミアたちの駆け落ちを教えた私を、ディミトリアスは また見てくれるはず! 」
ヘレナは半ば狂気的に呟く。
「私も追って行こう! ディミトリアス! 」
そしてヘレナもディミトリアスを追って、照明が落ちる。
一瞬も経たない内、今度は舞台中央に照明が灯される。そこには、先程 舞台の案内をしてくれた、焦げ茶色の髪の毛に草の冠を被った、中世的な声を持った女性が、同じく草の冠を被った、体格の良い男の周りを愉快そうに駆け回っていた。一方で男の方は不機嫌そうだ。
「ねね、オーベロン様? そんなに イライラ なすってどうしたんです? 」
女性が、オーベロンと呼ばれた大男を突っつき まわしながら尋ねる。
「“パック”、お前も見ていただろう! 」
「パック! 」
リクは思わず声を零していた。
あれがパック! リクが知っているパックとは、だいぶ違う。リクが知っているパックは、
「くそ! あの分からず屋のタイターニアめ! 仕返ししてやる! 」
オーベロンが叫ぶ。
パックと呼ばれた少年は、嬉し気に周りを飛び跳ねた。
「で? で? どんな方法で? 」
オーベロンはパックに、「浮気草」なるものを採って来るように命じる。
「そいつを目に塗るとだな、目を覚ました時、最初に目に映ったものに恋をしてしまうという草なのだ」
「かしこまりました! 」
パックは敬礼をすると、おおきく旋回し、舞台 下手側に駆けて行った。
と、すれ違いにディミトリアスとヘレナが上手から登場する。オーベロンは その場で立ち尽くしたままだが、どうやら ふたりには見えていないらしい。
「ついてくるなと言っているだろうが! 」
「けれど、貴方が心配なのよ! 私でも何か役に立てると思うわ! 」
「役に立つことなど無い! もう ついてくるな! 」
追いかけっこの ふたりが退場する。
オーベロンが舞台 前方に歩いてくる。口を への字に曲げ、目を潤ませている。
「なんて可哀想な女性だ! 」
と、そこに浮気草を持ったパックが戻って来る。
「オーベロン様! 採って来ました! 」
「おお、パック。よいところに! 実はな、頼みたいことがあるのだ」
オーベロンは先程のヘレナとディミトリアスについてパックに説明する。
「という訳で、タイターニアとは別に若い男女を見つけたら、男の方に この草を使ってやって欲しい」
パックは約束通り、森にいる若い男に草を使うのだが、塗った相手はライサンダーであった。ライサンダーが目を覚ますと、目の前にはヘレナがいた。
「大丈夫? ライサンダー? 」
「ああ、美しいヘレナ! 」
ライサンダーがヘレナに恋してしまう。
その後、オーベロンから間違いを どやされたパックは、大急ぎでディミトリアスに草を塗り付ける。ディミトリアスは無事、ヘレナに恋に落ちた。
が、ここからが大変だ! ヘレナに恋する男が ふたり!
ふたりはヘレナを取り合って取っ組み合いを はじめてしまう。
それを見たハーミアは、自分の恋人をヘレナに取られたとヘレナを
パックの仕出かしによって、ライサンダーとディミトリアス、ヘレナとハーミアの大喧嘩が はじまってしまう。
「どうなっちゃうの? 」
途中、ハーミアがライサンダーに
「どうしちゃったの! 愛しの貴方! 私よ! ハーミアよ! 」
「触るんじゃない! この、汚らわしい女め! 」
ハーミアが舞台端に設置された池の中に突き落とされる。
ハーミアは全身びっしょりになりながらも、なお、恋人に縋りつく。
「ああ! もう見ていられん! 」
オーベロンが叫ぶ。
「パック! この呪いを解く草を採ってくるのだ! そして この迷える4人を導き、正しい関係にするのだ! 」
「わかりました! 」
パックは大急ぎで草を探す。
草を見つけ出したパックは、疲れた4人を導くと、ライサンダーの目に呪いを解く草を擦り付ける。目を覚ましたライサンダーは、また いつもの通り、ハーミアを愛する男になっていた。
これにて、ハーミア、ヘレナとも、素敵な恋人と結ばれることとなった。
「めでたし、めでたし」
幕が閉じ、旅の一行は拍手を劇団に送った。
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