第27話『忍びの朝と廃墟の街』

 はじめて、アントワーヌに逆らう。

 結局、リクは一睡もできないまま朝を迎えた。それはアダムも同じだったようで。

「ふわあ、はよ、リク」

 午前7時。電源車に現れたアダムは、大欠伸おおあくびでリクに挨拶をした。

「おはよう、アダム」

 リクもアダムに挨拶を返し、目の前の若い炭鉱夫の格好をまじまじ見た。

 いつもの白いワイシャツにオーバーオール姿ではなく、生成色きなりいろのシャツに草色の緩いズボンという服装だった。

「メルに頼んで正解だったな。すぐに用意してくれた」

 視線に気づき、アダムは微笑んだ。

「そうだね」

 リクもうなずく。

 リクの服も、汽車の衣装係、〈服飾の精レプラホーン〉のメル⁼ファブリに頼み込み、大急ぎで作ってもらったものだ。

 生成色のワンピース。頭には同じ色のスカーフが巻かれている。

 と、電源車の扉が開いた。

 アントワーヌか? リクとアダムは身構えた。が。

「遅れてしまったわね! 」

 現れたのは、リクと全く お揃いの衣装を身につけた、レアだった。

 リクとアダムは ほっと息を吐く。

「朝食だけは作って おきたくて」

 ごめんなさいね、と、レアは笑みを見せた。

「その お詫びに。はい。リク、アディ」

 レアはリクとアダムにアルミホイルに包まれた、温かいものを手渡してきた。

「なにこれ」

 リクが首を傾げると、レアは可愛らしく笑い、「開けてみて」と言った。

 アルミホイルを開けると。

「おい、レア! 」

 アダムの目が輝いた。

「ピエロギよ。見よう見まねで作って見たの。手で食べやすいように、ちょっと おおきくしたけれど」

「餃子? 」

 リクの問いに、アダムは「ピエロギだ」と返した。

「いただきます」

 リクは口いっぱい、ピエロギを頬張った。

「ん、チーズだ! お野菜も いっぱい」

「ほんとだ──って、おいレア、もしかしてだけどよ、冷蔵庫の在庫整理のためにピエロギ作ったんじゃねよな? 」

 アダムに言われて、レアは「えっと」と視線を宙に浮かせた。

「バレた? 」

「おい! 」

 気を遣ってくれたと思ったのによ! アダムは ムスッとした表情で言った。


 3人が汽車を抜け出したのは、7時半を回ってからだった。

 リーレルから、準備完了の報を受けると、3人は こっそり電源車の扉から外に降り立った。

「見張りによると、しばらく空襲はないそうよ」

 リーレルがリクたちに囁いた。

「さ、早く行きましょっ」

 3人は歩き出した。

「それにしても、暑いね。この前まで冬だったのに、急に夏になっちゃった」

 外に出てみると、自分たちのいる場所が明確に分かる。

 どうやら汽車は公園の中に停車していたらしい。

「劇場は ここを抜けて少し歩いたところにあるの」

 先導するリーレルが言った。

 公園を抜け、街に出る。半壊や全壊している建物もあれば、幸運にも空襲を逃れた建物もあった。微かに人の気配もする。

 空襲への恐れか、それとも、こんな街を、恐れも知らず歩いているリクたちを警戒してか、息を潜めて観察されているといった雰囲気だ。

「不気味な静けさね」

 レアがささやくように言った。

 道には ところどころに瓦礫が積もっており、足元を見ながら歩かなくてはならない。

「わあ」

 ふと顔を上げ、リクは声を漏らした。

 かつては美しい風景だったのだろう、建物は空襲に破壊され、見るも無残な姿になっていた。隣のアダムを見ると、唖然とした表情で街を見上げていた。

「足元、気をつけてね、リク」

 瓦礫の道を30分ほど歩いて、「ほら! ここよ! 」リーレルの言っていた、劇場が見えた。空襲の被害を受けず、ちいさいながらも堂々と建つ劇場は、おおきく扉を開いて お客を待っていた。

「本当に開いてるぜ」

 アダムが静かな声で言った。

「入ってみる? 」

 リクがアダムとレアに聞く。

「え、どうしようかしら」

 レアが戸惑いの表情を見せた。と、頭上に浮かぶリーレルたちが唇を震わせた。

「何言ってるのよ! 劇場を見に来たんでしょ? 」

 いざ劇場を目の前に縮こまる3人を叱り飛ばすと、キョウダイたちを連れて さっさと中へ入って行ってしまった。

「ちょっと、待ってよ! 」

 リクが呼び止めたが、もうピクシーたちの姿は見えなくなっていた。

「どうしようかしら? 」

 レアがリクとアダムを振り返って尋ねた。

「行くだろ」

 アダムが答えた。

「でも」

 と、レア。

「危険じゃないかしら? アディは ともかく、私とリクは外国人な訳だし──」

「そのためのスカーフだ! 」

 と、アダム。覚悟を決めたように、門を くぐった。

「アダム! 」

 リクが呼ぶも、炭鉱夫は「行くぞ」と、ひとり、中へ入って行ってしまった。

「どうしよう」

 レアがリクの腕を握る。

 リクは、劇場の扉を見つめ、さあ、と息を吸った。

「行こう、レア」

 劇場内に入って すぐ右手側に受付があり、アダムとリーレルの姿があった。

「本当に観て行かれるんですか? 」

 受付に座る若い夫人は、眼鏡を持ち上げると、キョトン とした風に言った。

「ええ、ぜひ観たいのですが。よろしいでしょうか」

 アダムが言う。今までに あまり聞いたことのない丁寧な言葉遣いだ。

 アダムの言葉を聞いて、受付の女性は椅子から飛び上がらんばかりに立ち上がった。

「ええ、ええ! ぜひ! 観て行ってください! こんな大変な中、お越しくださってありがとうございます、はい」

「いえ、こちらこそ」

 アダムが頭を下げる。こんなに低姿勢なアダム、はじめて見る。

「あ」

 受付の女性はアダムの後ろに立つリクとレアに気がついたみたいだ。

「そちらの方々も ご一緒ですか? 」

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