第26話『悪戯妖精と夜の会合』

 リーレルたちから作戦を聞いたのは、夜、寝る前のことだった。


 リクたち炭鉱夫の3人は、木の双子マリアとマルコに休憩を取らせるため、運転室で石炭を くべていた。

「また空襲だ」

 サイレンが鳴り響き、爆撃機が街を蹂躙じゅうりんする。

 3人は火の粉の あがる街の様子を、しばらく じっと見つめると、ふたたび作業に戻った。石炭庫から火室へ石炭を入れる。火室から石炭庫へ また振り向く。

 黙々と作業をする3人の頭上から──……

「あんたたち、しょげた顔しちゃって! 」

 と、声が降りてきた。

 リーレルたちだ。

「何しに来たの? 」

 リクが問うと、リーレルたちはリクたちの頭の上で円を描いた。

「ふふ、知りたい? 知りたいでしょ! 」

 興奮気味に言うリーレルに、アダムが「おお」と目を おおきくした。

「もしかして あのことか? 」

「そうよ! ようやく準備が整ったの」

 胸を張るリーレルに、リクは「準備? 」と問い返した。

 リーレルたちはアダムの顔の前に降り立つと、大袈裟おおげさに周囲を キョロキョロ 見回す仕草を見せた。

 そして、「あのね」と、ちいさな声で喋り出した。

 リクたち3人は、無意識の内にリーレルを囲い、身を寄せた。

「あんたたち、汽車、降りられるわよ」

「は? 」

 突然の言葉に、リクたちは顔を見合わせた。

 リーレルの回りくどい話を まとめると、こうだ。

 アダムを生まれ故郷に帰してあげたい、リーレルは そう思ったらしい。アダムも劇場を見れば元気が出るのではないか。

 しかし、アダムたちの行動を制御しているアントワーヌがいる。アダムたちが街へ降り立つには、アントワーヌから許可をとるか、彼にバレずに抜け出すかだけである。

「最初は夜中に抜け出しちゃえばいいと思ったんだけど、夜中じゃ劇場やってないじゃない! 」

「たしかにね」

 だから日中に動く必要がある。だが、日中はアダムたちも仕事がある上、アントワーヌの監視の目もある。

「どうしようもないよね」

 リクが言うと、リーレルが、「それが、どうしようもなくないのよ! 」と羽を震わせた。

 リーレルたちが考えた、“作戦”とは。

「アダムを もうひとり作ればいいのよ! 」

「アダムを? 」

「もうひとり? 」

 リクとニックから注目を集めたリーレルは、得意気に一回転した。

「プーカを使うのよ」

「プーカ? プーカって、プーカか? 」

 ニックが尋ねる。

 リーレルは、「そうよ」と返事をした。

「プーカかあ」

 プーカ、とは、妖精の名前である。変身妖精と言われていて、その通り名の通り、何にでも姿を変えることができる。人は もちろん大型の動物から部屋の角に積もる埃にまで、自由自在だ。

「そのプーカがアダムに協力してくれるってこと? 」

 リクが問うと、リーレルは きゃはは と笑って「そうよ! その通り! 」と返事した。

「アタシたちに協力してくれるプーカが3匹 集まったの! アダム、ニック、リク。あんたたちに化けるプーカよ! 」

「私たちも? 」

リクが問うと、「当たり前じゃない! 」とリーレルが答えた。

「おお、ついに! 」

 アダムの目が輝く。

「プーカの変身はピカイチだからね! 」

 リクの顔にも笑みが浮かぶ。が、ひとりだけ、暗い表情を表した人物がいた。

 ニックだ。

 ニックは、「ああ」と苦笑いを浮かべると、「俺は行かない」と はっきり告げた。

「どうして? 」

 リクが尋ねると、ニックは顔を引きらせたまま、「俺はドイツ人だ」と答えた。

「市民も敵兵の顔はよく知ってるだろう。ドイツ人の俺が行って、ショックを受けさせるかもしれない」

「そんなことないと思うけど。ねえ、アダム? 」

 言って、アダムを見ると、アダムも考え込む顔になっていた。アダムはニックの顔を見つめたまま、ゆっくりうなずくと、「そうだな」と口を開いた。

「確かに、ニックの言う通りだ。市民がニックに驚くことも確かだが、いちばんにニックが危険だ」

「危険? どうして? 」

 リクが首を傾げる。アダムは、今度はリクに向いて、「もし、敵国の人間が武器も何も持たねえ、生身の状態でやってきたら、リクは どうする? 」と質問してきた。

「うーん」

 リクは眉を寄せ、考えると、「そうだなあ」とアダムを向いた。

「戦争を止めさせてくれるように頼むかな? 」

 リクの返答に、アダムは「はあ」と おおきな溜息を吐いた。

「リクに聞いたのが間違いだったな」

「なに⁉ 間違いって! だってそうでしょ? せっかく来てくれたんだから──」

 リクの反論を「違えんだよ」と、アダムが遮った。

「それはリクの頭ん中が お花畑だから言えることだ。普通ならな、やられた分やり返すんだよ。親や兄弟、友人に怪我を負わされた、もしかしたら、殺されたりもしてるんだ。憎しみがあって当然なんだ」

「そんな人たちにとって、俺は恰好かっこう復讐ふくしゅうの的だろうな」

 ニックが静かな声で言う。

 そうか。リクは ふたりを見比べ、重たい気持ちになった。

 リクが慣れ始めてしまっている空襲。サイレンが鳴り、爆撃機が爆弾を落として通り過ぎる。それだけじゃないんだ。

 空から無数に降って来る爆弾。それは、街に住む人間の上に降って来ている。爆弾があたれば当たり前のように命を落とす。いや、当たらなくても、近くにいるだけで無事では済まないだろう。しかもあの量の爆弾だ。毎日、誰かが犠牲になっている。

 それは、いつも遊んでる友達だったかも しれない。隣に住んでる おじいちゃんだったかも。または家族だったかも しれない。

 それらを、爆弾が奪い去ってしまう。が落とした爆弾が。

 許せるだろうか? リクは考える。

 復讐は また新たな復讐しか生まない。亡くなった人は、やり返すことを望んでいない、なんて言われるけども、リクは じっとしていられるだろうか?

「そうだね、たしかに、ニックが行くのは危険かも」

 リクの言葉に「えーっ! 」と言ったのはリーレルだ。

「3人で行くと思ったから、プーカ3匹で呼んじゃったわよ! 残り1匹どうすればいいのよ」

「お留守番してもらって──」

 リクが言い切る前に。

「私が行くわ」

 連絡通路のほうから、声がした。

 暗い通路に目を向ける。見慣れた白いパンプスに、重たいフリルのワンピースドレス。丁寧に巻き上げられた金色の髪の毛。

「レア! どうして ここに?」

 リクから名を呼ばれたレアは口角を ちいさくあげると、問いに答えた。

「ミカから聞いたの。妖精たちが変な動きをしているとね。それも、リーレルたちが発端だって。それで、探しに来たのよ」

 そしたら、こんな計画を話し合っているから。と、レアは目を細めた。

「まったく、故郷行きを阻まれて凹んでいると思ったら、こんなとんでもない計画を繰り広げていただなんて……トニにバレたら どうするつもりかしら? 」

「それは──」

 と言い淀むアダムを余所に、リクは「絶対ぱれないよ! 」と豪語ごうごした。

「だってプーカの変身は完璧だもん! 」

「もう! リクったら! 」

 いつも甘やかしているリクには強く出れないレアだ。可愛らしく頬を膨らませると、右足で地面を踏んだ。

 こほん、と咳ばらいをすると、「いーい? 」と炭鉱夫たちを見回した。

「計画は で穴だらけ。でもね、いいわ。ニックの代わりに、その計画に乗ってあげる」

 けれど、約束して。

「危険な真似はしないこと! 例えば、必要以上に街の人たちと関わるとかね。汽車から あまり離れないこと! いつ空襲が来るか分からないし、すぐに逃げられるようにしないと」

「それなら任せて! 」

 レアの言葉を遮って、リーレルが言った。

「見張りを立ててるの。空襲が いつ来るか分かるわっ」

「そうなの⁉ 」

 凄い! とリクは目を輝かせた。

「その力があれば、街の人たちを救えるかもしれない! 」

 と、言ったところでレアが「ちょっとリク! 」と口を挟んだ。

「いま言ったばかりでしょう? 街の人たちには必要以上に関わらないこと」

「でも──」

「救いたい気持ちは分かるわ。でも考えてみて。他所の国の女の子が突然やって来て、“いまから空襲が来るから みんな逃げて”って言ってみなさい。みんな困惑するでしょうし、なにより不安ばかりをあおることになるわ。あまりいいことだと思えない。もし信じてくれたとしても、今度は空襲を予知できる女の子として汽車に帰してくれなくなるかもしれない。どちらにしても危ないわ」

「たしかに」

 リクは眉を弧の字にした。

「みんなを助けたいだけなのに……」

「リクの気持ちは素敵だけれど、今回はダメ。私たちは劇場を見て帰る。それだけよ」

「街の みんなにパンを配るってのは──? 」

「ダメ! 」

 アダムの言葉に、レアは力強く返した。

「確かに戦争下、街は食糧不足でしょうよ。でも、少量のパンを配ったところで何になるって言うの? パンの奪い合いが起きるだけだわ。私たちは旅に十分なパンは持っているわ。けれど、街の みんなの お腹を満たす程のパンは持っていない」

「それはそうなんだけどよお……」

 アダムは がっくり と肩を落とした。いつもなら食い下がるアダムだが、今回はレアの言うことが圧倒的に正しい。下手に施しをすることで、無駄な争いは産みたくない。ただでさえ市民は疲弊ひへいしきっているのだ。

「それなら決まりね。さあ、いつ出発する? 」

 レアがリーレルたちに向くと、ピクシーたちは得意気に くるり と宙を回った。

「それなら決まってるわ! みんなが寝静まった深夜に体を交換して、明朝 出発よ」

「それでいいわ。私、ゾーイとジェイに計画を話してくるわ。あの ふたりにも協力してもらわないと」

「こっちは俺に任せてくれ」

 ニックがリクとアダムに言った。

「うまく誤魔化す」

「頼んだ」

 アダムがニックの胸に拳を当てた。

「それじゃあ、決まりだね! じゃあ、明日の朝、電源車で会おう! 」

「オーケー」

「いいわ」

 4人は目配せし合い、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。

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