第25話『天使と対決』

 妖精たちが不穏な動きを見せている。

 闇夜に潜む閻魔は目を細めた。

「何を はじめようと言うのか……」

 閻魔は羽根を広げると、炎の街に飛び立った。


 翌朝、リクはアダムとリーレルが こそこそ 話し合っているのを見た。朝食の際のことだ。

「どうしたの? 」

 リクが話しかけても、アダムは「いや、何でもねえ」と不自然な笑みを浮かべるだけだ。

「なに話してると思う? 」

 皿に残ったハンバーグソースにパンを擦りつけながら、ニックに尋ねると、大男は「さあな」と首を傾げた。

「いい話では なさそうだ」

「そうだよね」

 パンを口に放り込み、リクはうなずいた。

 空襲警報が鳴る。爆撃機が街を襲う。リクたちは安全な汽車の中で、普段と変わらず仕事をする。3日目を迎え、それが日常となってきた。

「空襲に慣れるなんて」

 リクはモップを抱え、呟く。

「なんか嫌だな。戦争を肯定してるみたいで……」

 お客様の宿泊する車両に着く。ここ連日の通り、客はアダムの顔を見るやいなや、コソコソ 話し始めた。

 きのうまでは眉をひそめていたアダムだったが、いい加減なれたのか無表情のまま、いちばん奥の扉を開けた。

「失礼しまーす」

 アダムの気だるげな挨拶を合図に、作業を はじめる。

 まずは吊るしてあるペンダントライトの掃除。部屋に宿泊していたであろうホブゴブリンが くしゃみをした。

 次に床の掃除。ベッドの下まで念入りにみがき上げる。ホブゴブリンは とうとう部屋の外へ逃げ出した。

 他の部屋も同様に掃除していく。掃除が終わる頃には、廊下が宿泊客で溢れ返っていた。

 フゴフゴ、ガフガフ、フゴフゴ、ガフガフ。

「くそ」

 アダムが舌打ちをした。

「日に日に多くなってきやがる。そんなに人が死ぬとこが見たいかねえ」

「嫌な趣味」

 リクも眉を寄せた。

「みんな対決の結末が見たいのよ」

 という声と共に、ぶかぶか のアダムの袖が白く光った。

 白く輝く5つの玉が袖から飛び出す。

「リーレルたち! 」

「まったく、あんたたちも こんな時にまで仕事なんて! 物好きねえ」

 リーレルはリクたちの顔の周りを飛び回りながら言うと、3人の前に降り立った。

「客がいなけりゃ仕事なんてしねえよ、くそ」

 と、ぶつくさ言うアダムをさえぎって、リクが「ねえ」と体を前のめりにさせた。

「対決って何? きのうも言ってたよね? 」

「たしかに」

 ニックもリーレルを見る。

 みんなから注目され、リーレルたちは得意気に胸を張った。

「対決っていうのはねえ──」

 話し始めた、その時だった。

「フゴフゴフゴフゴ! 」

「ガー! ガー! 」

「フガッフガッフガッフガッ! 」

 妖精たちが一斉に鳴きだした。

「なに? 」

「どうしたんだ? 」

「あー! 」

 妖精たちの鳴き声を聞き、リーレルたちは ブルルっ と羽を震わせた。

「言っちゃいけないみたい! 」

「言っちゃいけない? なんで? 」

 リクが尋ねると、リーレルは「さあね」と宙返りした。

「そっちの方が楽しいからじゃないかしら? 」

「そんなあ」

 リクは肩を落とす。そんなリクを見て、リーレルは嬉し気に一回転した。

「もう! しょうがないわねえヒントくらいはあげるわっ」

「ヒント? 」

 アダムが首を傾げる。

 リーレルたちは3人の頭の上まで浮上すると、早口に こう告げた。

「天使様と妖精の対決なのよっ。どっちが勝つかミンナ楽しみにしてるのっ」

「天使と妖精の対決? 何それ」

 リクが尋ねると、リーレルは「それは言えないわ」と羽を振った。

「でも、あんまり いい話じゃ無いことは確かよ。アタシは関わらないつもり」

 白い光が だんだん弱くなってくる。

「じゃあ、アタシたちは やることがあるから! 」

「やること? 」

「じゃあね! 」

 リーレルはリクの質問には答えず、消えてしまった。

 リーレルたちが消え、廊下は ふたたび コソコソ ささやき合う鳴き声で溢れた。

「何だってんだ」

 アダムが ぼんやりした調子で呟く。

「天使と妖精と、何を対決してるんだろう」

「さあ」

 ニックは言い、「だが」と続けた。

「話の流れを読むに、アダムのことで間違いなさそうだな」

 ニックの言葉を聞き、アダムは はっ と枯れた笑い声を漏らした。

「見学の次は対決か。俺は いよいよ妖精たちの玩具おもちゃだな」

 アダムは背後を振り返る。妖精たちがアダムを見て ケケケ と笑う。

「ちっ」

 舌打ちする。

 一部 妖精を除いて、ほとんどの妖精たちには人間の情緒など関係ない。面白いと思ったものを面白がり、楽しそうと思ったものを楽しむのだ。アントワーヌの時も同じだったように。

 それを知っていても、リクは「嫌だなあ」下唇を噛み締めるのだ。

「行こ、アダム」

 リクはアダムの袖を握った。

「ああ、そうだな」

 アダムも静かに言い、3人は車両を出た。

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