第24話『懇願と却下』

 駄目だ! 駄目に決まってるだろう!

「こんな危険な状況なのに何を言ってるんだ」

 そう言って、アントワーヌは食堂車を後にした。

「そうだよなあ、普通」

 アダムは口を への字に曲げて、リクを見下ろした。


 街に降りてみようよ! というリーレルからの突拍子のない提案に、はじめ従業員たちは度肝を抜かされた。

 1日中 空襲が続く街に降り立つなど、自殺行為だ。いつ空襲がくるか分からない。防空壕ぼうくうごうの場所も分からない。場所が分かったとしても、リクたちのような部外者を歓迎してくれるかさえ謎だ。いや、下手すれば敵と みなされて滅多打ちに遭う可能性だってある。

「危険すぎるよ」

 リクが言うと、リーレルたちは首を傾げた。

「危険? 何が危険なのよ」

「空襲が」

 答えても、リーレルたちは理解ができないらしい。

「ああ、あの火の玉が たくさん落ちて来る時間のこと? 大丈夫よ、それ以外の時に出掛ければいいんだわ」

「それ以外の時間って──」

 それが いつだか分かっているのなら、苦労も無いのだ。リクは爆撃機の過ぎ去った街を見る。相変わらず、酷い。

「アダムだって、行きたいでしょう? だって、ワルシャワはアダムの故郷なんだもの! 」

 リーレルから言われて、アダムは「うーん」とうなり声を あげた。

「正直言うと、俺だって こんなところで指くわえて見てるだけなのは懲り懲りなんだが──」

 でもなあ、と腕を組む。

「街に行ったところで、俺に何ができる。爆撃から逃げ回って終わりだ」

「でもでもお! 」

 リーレルは引き下がらない。

「それでアダムは いいの? 電車が動き出すまでの間、アダムは遠くから街を眺めてるだけなのね! 」

「なんだと! 」

 リーレルにあおられ、アダムは調理台を こぶしで打ちつけた。

「アディ、落ち着いて」

 レアがなだめる。

「ちょっと、リーレルたち! アディだって街に行きたい気持ちはあるの! 」

「それじゃあ、行けばいいじゃないの」

「行けないのよ、街は危険な状況なのよ! 」

「危険じゃないわ。火の玉が落ちてくる時以外に行けばいいんだもの」

「それが分からないから行けないんじゃないの! 」

「分かるわよ! 」

「分からないわよ! 私たちはね、あなたたち妖精とは違うのよ! あなたたちみたいに永遠の命もないし、あの火の玉が当たったら死ぬの! 」

 レアの言葉に、リーレルは羽をしぼめた。

「アタシたちだって、よかれと思って提案したのよ。そんなに怒らなくてもいいじゃない」

「リーレル──」

 アダムを元気づけたかったのは、リーレルたちも同じだったようだ。

「ああ、リーレル、何て言ったらいいか──」

 レアが言い掛けた、その時。

「行くぞ」

 アダムが呟いた。

「え? 」

「行くぞ、街」

「ちょっと、アディ」

 自分の言ってること分かってる? ゾーイが尋ねた。

「ああ、分かってるよ」

 アダムはうつむいたままうなずく。

「俺は、いっかい国を捨てた。国政が怪しくなったのを見て、国を捨てて逃げたんだ──もう見捨てたくねえよ」

 言うアダムに、レアは「でも」と反論する。

「街に行って どうするって言うのよ、私たちにできることなんてないわ! 」

「食いもんを配ることぐらいはできる」

「でも」

 と、今度はゾーイが。

「汽車に乗ってる食糧だって無限じゃない。配れる量なんて知れたことだよ」

「でも やらねえよりはマシだ」

「ちょっと──」

 従業員たちは顔を見合わせた。アダムは本気で言っているようだ。

「空襲は? 私たち、どこに逃げたらいいのかなんて分からないよ」

 リクが言うと、レアは「そうよ」と頷いた。

「もし防空壕を見つけられたとして、部外者の私たちを入れてくれるかどうか──」

「ポーランドの市民は そこまで薄情じゃねえよ。それに、敵は分かってるはずだ。俺たちは敵じゃねえ。分かってくれるさ」

「──分かったわ」

 アダムの瞳を見つめて、レアが口を開いた。

「トニに提案してみましょう。ただし、トニから了承を得られなければやらない。いいわね」


 それで、今しがた夕飯を取りに食堂車に来たアントワーヌに話をしたのだ。

 案の定、完敗に終わった。

「でもよお、トニだって何かしてえだろう? 血の通ってねえわけじゃねえんだしよお」

「俺たちに何ができる。空襲が起きたら防空壕に案内してくれるだと? こんな状況下で、誰が他所から来た俺たちに気を遣ってくれると言うんだ。夢物語も大概にしろ」

 乱暴に閉められた扉を見つめながら、アダムは深い溜息を吐いた。

「あれは絶対に揺らがないね。トニちょっと不機嫌だったもん」

 リクが言うと、レアも「そうね」と首を上下に振った。

「諦めるのよ、アディ」

 その言葉に、そんなあと言ったのは、アダムではなくリーレルだった。

「トニの分からず屋! 」

 もう見えないアントワーヌの背中に向かって、リーレルは叫ぶと、「ふんっ! 」と鼻を鳴らした。

「いいわ! こっちにも考えがあるから! 」

 と、白い光が宙で弾けた。

「わっ! あれ? 」

 気がつくと、リーレルたちは食堂車から消えていた。

「考えがあるって──」

「何だか、嫌な予感がするわ」

 レアは腕を組んで顔をしかめた。

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