第22話『警報と早起き』

 早朝、またしても けたたましい警報音で目を覚ました。

 昨晩も遅く、空襲があった。起こされるのは2度目だ。休む間がない。一日中 街は爆撃機に襲われている。市民は、こんな緊張感の中 街で暮らしている。もしも自分なら、正気では いられないだろう。リクは思った。

 もう眠れそうになかったリクは、着替えを済ませると部屋を出た。

 窓の外では悲惨な空襲が行われている。いくら街を破壊すれば気が済むのだろうか。

「酷いね」

 扉の開く音と共に、リクに話しかける声が聞こえた。リクの隣の部屋に住むソジュンだ。

「ジェイも起きちゃったんだ」

 リクが言うと、ソジュンは眠たそうに欠伸をし、うなずいた。

「起きたっていうより、眠れなかったよ。色々 考えちゃってね」

 扉が開く音がしたから、誰かいるのかと思って出てきたんだ、とソジュンは言った。

「これからも眠れそうにないし、仕事でもしに行こうかな」

「私も、そうしようかな」

 食堂車に向かうソジュンの後ろを、リクは追いかけた。

 ひとりでいるのが不安なのだ。

 ソジュンが食堂車の扉を開くのと同時に、向かい側の扉も開いた。

「あら」

 レアだった。

「おはよう」

 リクは なるべく気丈に見えるように挨拶した。

「レアも起きちゃったの? 」

 聞かれると、レアは「ええ」と肩を すくめた。

「とてもじゃないけれど、眠れないわ」

「アダムは? 」

 尋ねると、レアは「さあ? 」と首を傾げた。

「見てないわ。部屋に いるんじゃないかしら? 心配ね」

 レアが眉をひそめて言う。

「ご飯くらいは食べに来て欲しいけれど」

「もし食べに来なかったら」

 と、リク。

「私が無理矢理 食べさせるから大丈夫! 」

「お願いね」

 リクの意気込みに、レアは この日はじめての笑顔を見せた。

 9時、仕事の時間になってもアダムは姿を見せなかった。

 アダムどころではない、ニックも食堂に顔を見せない。

「ふたりとも どうしちゃったんだろう」

 あつあつのスープをすすりながら、リクは目の前に座るレアに言った。

「さあね」

 レアは頬杖をついたままリクの問いに返した。

「こんな状況なんですもの。ふつうでいるほうが無理よ」

「確かにね」

 パンを千切り、口に頬張る。

 たしかに、ふつうではいられない。ふつうでいることを務めているリクも、内心、心臓が破裂しそうなほど痛い。すこしでも気を抜けば、泣き出してしまうだろう。

「街の人たちは、ちゃんと食べれてるのかな」

 リクが聞くと、レアは深刻な表情を見せた。深い溜息を吐くと、頬杖をついたままで おおきく頭を振り、暗い瞳でリクを見つめた。

「私たちは恵まれているのよ。だから、感謝して食べなくてはね」

 恵まれている──リクは当たり前のように与えられたパンを静かに千切ると、「そうだね」と、口に放った。


 「アダムとニックに。しっかり食べなくてはダメよって伝えて頂戴ね」

 レアに そう言って渡された、パンとスープのポットが入ったバケットを受け取ったリクは、ふたりの寝室のある2号車に向かった。

 従業員が宿泊する部屋割は、汽車に来た順番で割り当てられている。

 2号車だと201が衣装係のメル⁼ファブリ、202がコリン、203がレア、204が木の人形マリアとマルコ、205号室がニック、そして、末端206号室がアダムだ。

 リクは206号室の前に立つと、アダムが いつもリクにするように、乱暴に扉を叩いた。

「アダムー、いるー? 」

 返事はない。

 人のいる気配も感じられない。

「アダム? 」

 念のため もう一度 呼び掛けてみたが、やはり、アダムがいる感じがしない。

 扉には鍵がついていないから、開けて見ることもできるが、プライベート空間だ。気が引けた。

 アダムは後程 探すとして、リクはニックの部屋の扉を、今度は慎重に叩いた。

「ニック? 」

 しかし、またもや返答はない。

「もう! ふたりとも どこ行っちゃったんだろう」

 リクは地面を ひと踏み すると、回れ右をした。窓の外を見る。

 空襲は終わり、瓦礫の街の中を路面電車が走り始めている。だが誰もいない。

 リクは ソワソワ と手を擦り合わせた。いつまた空襲が始まるか分からない。ひとりでいるのが怖かった。

「どこ行っちゃったんだろう」

 もう一度 呟いて、「あ」思い出した。

 以前、アダムは悩んでいた際、ひとりを求め運転室で煙草を吹かしていたのだった。もしかしたら、今回も いるかもしれない。

「よし」

 リクは早歩きに廊下を抜けた。

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