第23話『寝不足なふたりと奇妙な提案』

 「おう、リク」

「おはよう」

 運転室でアダムとニックを見つけたリクは、思わず脱力した。

「いた……よかった」

 リクは運転室の床に へたり込みながら、ふたりに「おはよう」と挨拶した。

「仲直りしたの? 」

 リクが聞くと、ふたりは不思議そうな顔を見せた。

「仲直り? 」

「俺たち喧嘩してたか? 」

「だって昨日──」

 と言い掛けて、リクはアダムとニックが煙草を吸っているのに気がついた。

「あ、煙草! 」

 指差すと、アダムは「ああ? 」と煙を横に吹いた。

「またかよ、リク」

「また? 」

 ニックがアダムに尋ねる。

「煙草は体にわりいっつうんだよ」

「ああ、レアも言ってたな」

 ニックは言って苦笑した。

「悪いのは本当だよ! 」

 リクは ふたりに言って、「じゃなくて」と付け加えた。

「ニックも吸うんだ」

「ああ、たまにだがな。俺もレアから、体に悪いぞと脅されて、それから控えるようにしてるんだ」

「きょうは吸ってるんだ? 」

 リクが聞くと、アダムが「はあ」と溜息を吐いた。

「こんな状況、吸ってねえと やってられねえよ」

「ところで」

 リクは ようやく立ち上がると、キョロキョロ 運転室内を見渡した。

「マリアとマルコは? 」

 いつもなら ほとんど一日中石炭を かいている木の双子が見当たらない。

「休ませてるんだ」

 と、ニック。

「空襲警報に ふたりとも興奮しちまってな。仕事どころじゃねえんだ」

 アダムは付け足して、煙草を深く吸い込んだ。

「アダムたちは? 眠れた? 」

 リクが聞くと、アダムは おおきく首を横に振った。

「いいや、まったく」

「実は きのうの晩から ここにいるんだ」

 ニックは言って、灰皿に煙草を押し付けた。

 なるほど、煙草の吸殻が山のように積み上がっている。

 リクは、自分の手元を見て、「そうだ」とバスケットを持ち上げた。

「お腹は空いてる? 空いてなくても、朝ご飯、食べない? 」


 「ひでえ有様だな」

 スープをすすりながら、アダムは呟いた。

「徹底的にやる、そんな感じだ」

「みんなは大丈夫なのかな? 」

 リクが聞くと、ニックは「どうだろうな」とパンにかじりついた。

 誰もいない街の中を、路面電車が寂しく走っている。

「ねえ、アダム? 」

「なんだ? 」

 アダムは真っ直ぐ街を見つめながらリクに反応した。

「アダムのいたワルシャワって、どんな街だったの? 」

「俺のいたワルシャワ──」

 アダムは視線を宙に向けた。

「俺のいたワルシャワかあ」

 そう繰り返したアダムは、昔のことを思い出しているのだろうか、どこか朗らかな表情を浮かべた。

「俺は窓から眺めていることが多かったんだが、なんだろう、活気があったな。街は人々で溢れ、歌や音楽が聞こえ、劇場は込み合っていたし、笑い声が絶えなかった」

 でも、とアダムは、ふたたび険しい表情に戻った。

「それも、国が無くなる前までの話だ。あの頃も、そうだな、爆撃こそはなかったが、街は同じように静まり返っていた」

「やっぱり、戦争は憎い? 」

「憎い? 」

 アダムはリクへ視線を移した。エメラルドグリーンの瞳が、微かに震えている。

「憎いどころじゃねえ。憎いって言葉じゃ、納まりきらねえよ」

「俺も同意見だ」

 パンをスープで流し込んで、ニックが言った。

「戦争は悪だ。いいことなんてない」

 戦争に行ってた俺が言えたことじゃないがな、と、ニックは肩を落とした。

「ニックは軍人だったんだよね? 」

 リクが聞くと、ニックは ふっと吹き出した。

「いや」

 ニックは頭を振る。

「俺は徴兵されただけの老いぼれ兵だ。元々は銀行員だった」

 以前、リクはニックから戦争の話を聞かされたことがあった。

「戦争へ行く前は、目の前の お客様の笑顔を見ることを生業なりわいとしていたが、いつの間にか、目の前の敵兵を撃ち倒すようになっていた」

 ニックは言いながらうつむくと、深い溜息を吐いた。

「確かに俺はワルシャワの空襲には参加していない。だがな、やっていたことは、これと同じなんだ。国が勝つために、自分が生き残るために、家族を守るために、何の罪もない人間を倒していたんだからな」

「仕方ねえさ」

 アダムは言って、静かにスープを飲んだ。

「もし俺がニックの立場だったら、同じことをしていたと思う」

 何もない街を、路面電車が通り過ぎる。

「街を爆撃してる奴らだって同じなんだ。生き残るためにやってるんだ。たぶんな」

 よし、とアダムは立ち上がる。

「仕事すっか」

「仕事⁉ 」

 リクは驚いて その場で飛び上がった。

「仕事するの? 」

「あたりめえだろ」

「こんな状況で⁉ 」

 尋ねるリクに、アダムは「こんな状況でも仕事は仕事だろ」と返した。

「マリアとマルコも休ませてるんだ。一睡もしていないし、きょうは休んだらどうだ? 」

 ニックはリクと同意見のようだ。

 だが、アダムは頑なだ。

「いや」

 と首を振ると、背後に放ったシャベルを持ち上げた。

「俺ばっかりが甘えちゃいられねえよ」

 やるぞ、とニックに声を掛ける。ニックは、はあ、と溜息を吐くと、「わかった」と もうひとつのシャベルをアダムから受け取った。


 警報音が鳴り響く。今日で3度目だ。

「また空襲だ」

 リクたちは外を見た。

 残酷なもので、何度も同じ光景を見ていると、慣れ始めてしまうものだ。リクも相変わらず不安は感じつつも、今朝ほどではなくなっていた。

 それはアダムも同じ様子で、きのうの晩のように取り乱すことは無くなっていた。

「いったい何発の爆弾を落とせば気が済むんだろうな」

 アダムは呟くように言った。

「教会も劇場も、民家も、めちゃくちゃだ。あの街の政治は どうなってる。統制はとれてるのか……」

「もう みんな逃げ出してるだろう」

 ニックが体温無く言う。

「あそこに残されてるのは、非力な市民だけだ」


 夕飯時、こんな危険な状況下、汽車に乗車する の数は停車時より増えているように見えた。

「みんな、俺が本当に死ぬのか見学に来たって感じだな」

 食堂車内の調理室のシンクに皿を置きながら、アダムが皮肉な笑みを浮かべ言った。

 そんなアダムに、レアは心配な顔を向けた。

「きのう一睡もできなかったって聞いたけれど、体調は大丈夫なの? 」

「ああ、大丈夫だ。きょうは しっかり寝ることにする」

「そうして頂戴」

 レアは悲し気な笑みをアダムに向けると、ふたたび視線を まな板に戻した。

「でもさ」

 と、皿を洗うリク。

「妖精たちは、どうしてアダムのことが気になるんだろう。世界中では、1日に何人もの人が亡くなってるよね? 泣き女バンシーなんて、そこら中に出てると思うんだけど」

「ここが汽車の中だからじゃねえかな」

 と、アダムが答えた。すると。

「違うわ、みんな対決の結末を見に来てるのよ」

 と、宙から声が降ってきた。

「リーレルたち! 」

 針葉樹のような体に蝉の羽。ピクシーのキョウダイのリーレルたちが、浮いていた。

「久しく見てなかったけど、どこにいたの? 」

 ゾーイが尋ねると、リーレルたちは羽を ブルル と震わせた。

「街を見て来ていたのよ」

「街? あの街を⁉ 」

「そうよ」

 リーレルたちは誇らし気に胸を張った。

「まったく、酷い有様だったわ。街中めちゃくちゃ! 」

 でもね、とリーレルは続ける。

「アダムに朗報よ! 」

「朗報? 」

 こんな時に朗報だと? アダムは眉をひそめながら尋ね返した。

「朗報よ! 本当なのよ! 」

 リーレルは おおきく円を描いて飛ぶと、アダムの目の前に降り立った。キョウダイたちも、リーレルに続き、調理台の上へ降り立った。

「劇場が運営してたのよ! 」

「劇場が⁉ 」

 アダムも、他の従業員たちも目を見開いた。

「劇場が運営してるの? 本当? 」

 リクが聞くと、リーレルは、「本当よ! 疑ってるの! 失礼ね! 」と、不機嫌に唇をブルルっ と震わせた。

「でも変なの、お客さんが誰もいないのよ! 」

「まあ、こんな状況ですから、仕方ないですよねえ」

 洗った皿を拭きながら、ソジュンが言った。

「でも、それじゃあ劇場の人が可哀想じゃない? 」

 と、リーレル。

「アダムも劇場経営してたでしょ? お客が来ないなんて、悲しいんじゃない? 」

「確かに そうだけどよお」

アダムが困った表情を見せると、リーレルは、「ねーえ、アダム」とアダムを上目遣いに見上げた。

「劇場、行きたくない? 」

「は? 」

「街に降りてみようよ! 」

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