第20話『汽車の停車と終わりの始まり』

 仕事と仕事の間の休憩時間。リクが自室で休んでいると、扉を乱暴に叩かれた。

「おい! リク! 出てこい! 」

 アダムの声だ。

「汽車が停まりそうだぜ! 」

「え⁉ 」

 アダムの言葉に、リクは飛び起きた。

 眼鏡を掛けると、いそいで扉を開けた。

 と、笑みを浮かべたアダムと目が合った。

「おい、リク」

 怖いくらいの笑顔のまま、アダムは口を開いた。

「どうしたの? 」

 恐る恐る尋ねると、アダムは上がった口角を さらに高く持ち上げた。

「今度の停車の場所だがなあ。どこだと思う? 」

「次の停車場? 」

 うーんと、リクは腕を組み、窓の外を見た。きのうまでは海を渡っていた汽車だが、今はカラフルな建物が立ち並ぶ街の、美しい川の上を走っていた。

「オスロを出て──きのうは観測できてないから、そこから南下してるのか北上してるのか、それとも東か西か分からないなあ」

 リクが眉を寄せて言うと、アダムが「勘でいい。いま走ってる ここは どこだと思う」と尋ねてきた。

「建物から見るに、ヨーロッパかな? 」

「そうだ! 」

 アダムが勢いよくうなずく。

「そのどこだ? 」

「どこって言われても」

 リクは困ってしまった。

「どこ? 」

 素直に尋ねると、アダムは「まあ、しゃあねえなあ」と胸を張った。

「ポーランドだ」

「ポーランド? 」ポーランドって確か。「アダムの生まれ故郷! 」

 それでだ、とアダムが前のめりになった。

「停車地がワルシャワになる可能性が高いんだ」

「ワルシャワって、ポーランドの首都だよね? 」

「ああ。よく知ってるな」

 アダムは また笑顔を見せる。

「ワルシャワは俺の生まれ育った街なんだ」

「へえ! 」

 リクは両目を おおきく開いた。

 アダム自身から進んで過去の話を聞くのは はじめてだ。

「もうすぐ停まるんでしょう? 」

 嬉しさが込み上げてきて、リクは ワクワク と両手を握り締めた。

「じゃあ、いますぐ運転室に行こうよ! 」

「ああ! そうだな! 」

 リクたちは運転室に走った。


 「汽車停車、汽車停車」

 アダムが車内アナウンスのマイクに言う。

 汽車が停車したのは、リクたちが運転室に着いて2時間ほど経ったあとだった。


「いい景色だろ? 」

 走る景色を見つめて、うっとりとアダムは言った。

「いい景色いい景色ー! あっははは! 」

「怖い怖い いい景色! ひひひ、ひひひ! 」

 ふたりの後ろで石炭を かく ふたつの人形も気分がいいみたいだ。

「たしかに」

 リクは ふふっ と笑って頷いた。

「帰って来たんだ──」

 ぼそり、とアダムが呟いた。

「もう何年振りだ? 」

「嬉しい? 」

 リクが尋ねると、アダムは「はっ」と声を出して笑った。

「嬉しいなんて簡単な言葉なんかじゃ表せねえよ」

 リクは景色に目を戻した。

 行き交う人々が まぶしそうに川を見ている。きっと川を走る汽車のことは見えていない。こんなにも大勢と目が合っているのに──不思議な感覚だ。

「そろそろだ」

 アダムが腰を上げた。

「そろそろ、停車するぞ」


 「ポーランド、ワルシャワ。ポーランド、ワルシャワ」

 アダムは、怪訝けげんそうな顔でマイクを戻した。

 リクも同じ気持ちだ。

「現在地の算出に狂いはないはずだ」

 たしかに ここは、ポーランドの首都、アダムの生まれ故郷、ワルシャワのはずだ。なのに──

「ここは、どこだ──? 」

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