第18話『不思議な汽車と朝喧嘩』

 リクが目を覚ますと、すでに汽車は動き出していた。

 枕元の窓の外を見ると、森の中を汽車は長閑のどかに走っていた。どんな窪みでもなんなく超える奇妙な汽車は、森の木など無かったかのように走行を続ける。木を通り抜ける、不思議な感覚だ。

「なんど見ても不思議」

 リクは しばらく窓の外の様子を眺めると、「いまどの辺りなんだろう」と呟いて、ベッドを降りた。

 いつもの格好に着替え、いつもの革靴に足を通す。さて、きょうも一日仕事だ。

 きのうの夕飯会は夜遅くまで開かれた。リクがベッドに着く頃には、深夜1時を さしていた。が、「眠い! 」ひさしぶりに みんなと食卓を囲めたという興奮が冷めやらず、布団に潜ってもなかなか寝付けずにいた。おかげで目の下に クッキリ と をつくっている。

 食堂車に続く貫通扉を開くと、もう食堂の面々は働き始めていた。レアにゾーイにソジュン。3号車に来ると いつもいる3人だが、彼らは いったい いつ寝ているのだろうか?

「おはよう、リク」

 きょうもフリルのワンピースに身を包んだレアが、リクに美しく笑い掛けた。

「おはよう」

 一方で ボロボロ のリクは、眠気眼で返し、欠伸をした。

「きのうは楽しかったね」

 リクが椅子に座るのと同時に、朝食の皿を持ったゾーイが調理室から出てきた。

 きょうはコーンスープに、カリカリ のフランスパンだ。

「寝不足の体に やさしい味」

 リクは あたたかいコーンスープを ひと口飲んで、レアに言った。

「きのうは遅かったものね」

 レアはリクの前に腰を下ろすとうなずいた。きょうも きょうとて美しく化粧された その顔には、寝不足の「ね」の字も うかがえない。いったいレアの元気は どこから湧いてくるのだろうか? リクとは どこが違うのだろうか。

 リクはコーンスープを また ひと口ふくむと、ちいさく溜め息を吐いた。

「ところで」と、リク。

「アダムとニックは? 」

「アディたち? 」

 レアは頬杖をついたままリクに視線を向けた。

「朝食は もう食べてるの? 」

 リクが尋ねると、レアは「ええ」と頷いた。

「もう とっくに来たわよ。1時間前くらいかしら? 」

「1時間も前⁉ 」

 また起こしに来てくれなかった。リクは ぷう と頬を膨らませた。

「リクも そろそろ、ひとりで早起きできるようにならなきゃね」

 というレアに、リクは「んー」と眉を寄せた。

「早く起きようとは思ってるんだけど、なかなかね。アラームもないし。レアはどうやって早く起きてるの? 」

「どうやってって聞かれても──自然に起きてしまうのよね。しっかり寝る。そうすれば、早起きできるんじゃないかしら」

「自然に、ねえ……」

 リクは首を傾げた。

 しっかり寝る、と言われたところで、リク自身、しっかり熟睡じゅくすいできてる自覚があるのだ。それなのに さらに寝ろと言われても困る。

 フランスパンをかじりながら思考に耽っていると、ガラリ。貫通扉かんつうとびらが開いた。

「あ! いた! 」

 という大声に、扉の方を向くと、アダムとニックが立っていた。

「いっつも いっつも寝坊じゃねえか」

 ずかずか と食堂車に踏み入りながら、アダムはリクを怒った。

 すると、机を叩いて立ち上がるのが、レアだ。

「いっつも いっつもってね、そんなに文句があるなら起こしてあげればいいじゃないのよ! 」

「起こしてやるってなあ。自分で起きる努力をさせるべきだろう」

「リクだって努力してるわよ! ねえ、リク。さっきだってね、どうやって早く起きればいいか私に聞いてきたのよ! それでも努力してないって言うのかしら! 」

「あのう……」

「ただ聞いただけだ! それを努力と呼ぶなら、なんだって努力になんだろ! パン食ってるだけでも努力! スープ飲んでるだけでも努力だ! 」

「えっと……」

「ああ言えばこう言う! そういうところが気に入らないのよ! 逆に あんたは何か努力されてる訳? いっつも いっつも文句ばっかりじゃない! 」

「おふたりとも……? 」

「努力! 毎日だってしてるさ! 少なくとも俺は、朝早く起きてる! 」

「はあ」

 止まりそうにない言い合いに、リクは深い溜息を吐いた。荒れるアダムの隣にいるニックも、諦めたように首を振っている。

「ふたりのことは放っておいて、ゆっくり朝食を食べるといい」

 リクに顔を近付け、ニックは言った。

「そうすることにするよ」

 頷くと、リクは騒音の中、またフランスパンを口に頬張った。


 朝食を食べ終わる頃には、アダムとレアの喧嘩も ほどほどに納まっていた。いまは ふたりにらみ合って、ゾーイが出してくれたホットコーヒーをすすっている。

「アダムとレアって、毎日 毎日 喧嘩してるけど、仲が良いのか悪いのか分からないね」

 リクが こっそりニックに言うと、ニックは困ったように笑った。

「似たもの同士、気に障ることがあるのかもな」

「でも、喧嘩するほど仲が良いって言うし」

「そうだな」

 リクがコーンスープの最後の一滴を飲み終えた瞬間、まるでリクのコップの中を監視していたかのようにアダムが立ち上がった。

「飯は終わったか? 仕事に行くぞ」

「うん! お待たせ」

「ったく」

 アダムは不機嫌そうに息を吐くと、「行くぞ」と、歩き出した。

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