第17話『みんなと夕飯』
サロン室に集まった面々を見て、リクは目を輝かせた。
炭鉱夫のアダムとニック、ウェイトレスのレアとゾーイ、料理長のソジュン、スチュワートのコリンとミハイル、指揮官のアントワーヌ、それに、普段は部屋から外に出ようとしない面々までが、サロン室に顔を出していた。
まず、オーナーのシンイチ。シンイチはアントワーヌの隣で、細い目を さらに細めて ぶつくさ 文句を言っている。
「まったく、無理矢理すぎるよ。俺は俺のタイミングで外に出たいんだ。それを何だよ、俺の用事を、俺を抜きにして勝手に了承しちゃってさ」
「しかしシンイチ様。シンイチ様は ご健康のためにも もうすこし、外に出られた方が よろしいかと思いますよ」
と、シンイチの左隣で言うのは、シンイチの世話係のチェンシーという老婆だ。普段からシンイチに べったり過保護な老婆も、シンイチが部屋から出ない限り、なかなか お目にかかれない人物である。
そう言えば、リクはチェンシーが食事や
チェンシーの左隣にはコリン、ミハイルの順で着席しており、その隣に座っているのが、これまた外で見るのが珍しい従業員、メル⁼ファブリである。
ロバの頭に小人の身体を持つメル⁼ファブリは、レプラホーンという老妖精だ。
ものづくりの妖精、レプラホーンというだけあって、汽車で衣装係を務めるカレは、主に従業員たちの着るものを作ってくれている。リクが着ているワイシャツも、オーバーオールも、それに雨雪に強い頑丈な革靴さえも、メル⁼ファブリ特性の物だ。
老妖精は周りの
「メルは寝てるの、死んじゃってるの? あっははは! 」
「メルは いつも ぶっきらぼう! ひひひ、ひひひ! 」
その横に座るのは、機関助士の人形、マリアとマルコだ。本来なら汽車が停まっている間にも石炭をくべ続けているカノジョらだが、今回は特別に食事に招いた。ただ、人形なだけあって食べられないのだが。
「みんな、今回は集まってくれてありがとう! 」
リクは目を輝かせたまま、従業員たちを見回した。
従業員たちも、それぞれの表情でもってリクを見返している。
「いい食事会にしましょう! 乾杯! 」
その言葉を合図に従業員たちは各自のコップを打ち鳴らし、夕食の時間が始まった。
「このビール美味しいな」
ニックがグラスに注がれたビールを ごくごく と飲み干し言った。
「フルーティだな」
アダムが隣で頷く。
「このお肉美味しい! 」
「鹿肉よ」
皿に取った肉野菜炒めを美味しそうに食べるコリンに、レアが優しく答えた。
「こっちのサーモンも美味しい」
ゾーイが ほっぺたが落ちそうだとばかりに頬を押さえている。
「おいミハイル、いい加減にしろ! 」
アントワーヌの怒声に向くと、ミハイルが目の前にある皿という皿を片っ端から平らげていた。
「ほら見てよチェンシー! また彼だよ! あんなに食べて。腹壊さないのかな」
一方でシンイチは楽しんでいるようだ。
「このビスケットも美味じゃのう」
「ロバ爺さん口から ボロボロ こぼれてるよ! あっははは! 」
「ロバの口だから仕方ないね! ひひひ、ひひひ! 」
席の端では平和な会が催されているようだ。
リクは その光景を目一杯に眺めていた。
「おい」
と、隣りから声を掛けられた。
「大丈夫か? 」
アダムが心配そうな顔をしてリクを覗き込んでいた。
「大丈夫だよ、どうしたの? 」
答えると、アダムは「そうかあ? 」と疑う目で言い、それから「ほい」と皿をリクの目の前に置いた。先程ゾーイが美味しいと言って食べていた、サーモンの刺身だ。
「これ、チーズと合って美味かったから食えよ」
早く食わねえと、全部ミカに食われちまうぞ。
「そうだね」
「にしても」
と、アダム。
アダムは わいわい テーブルを囲う従業員たちを見回した。
「いつも騒がしいな、ここは」
ビールのせいか、少し赤らんだ顔をしたアダムは そう言うと、やわらかく笑った。
「アダムって、騒がしいの好きなの? 」
リクが問うと、アダムは「まあな」と、珍しく素直に答えた。
「ここの奴らって、遠慮を知らねえだろ? 」
ミハイルが5皿目に取り掛かるのを、コリンとソジュンが必死に阻止してるのを見て、アダムは また笑った。「ダメ! もうダメだよミカ! 」「ミカ君、僕の食べて良いから、それは食べちゃダメです! 」リクも釣られて笑った。
「屋敷にいる時、みんな良い子ちゃんを演じてたからな。家族なのに お互い遠慮し合って、こんな風に楽に言い合ったり、そういったことなんてなかった。だから今が楽しいんだよ」
「そうなんだ」
実は私も。と、リクが続けた。
「私ね、元の世界にいた時、友達いなかったんだ」
「リクが⁉ 」
アダムは心底 驚いたという表情を見せたが、日頃のリクの
「一人っ子だったし、お父さんと お母さんは私の話を よく聞いてくれてたけど、友達じゃないし。友達って言ったら、よく通ってた本屋さんの おじちゃんくらいだった……けど、年の近い友達じゃないでしょ? だから、ずっと、憧れてたんだ。ここでは年の近い友達が──家族が、たくさんできて、嬉しいんだ! 」
「そうか」
アダムが笑顔で頷いた。
食卓がある程度まで片付くと、コリンたちはアダムにピアノの おねだりを はじめた。
「ちょっとだけでいいから、弾いてよ! 」
「アダム、ピアノ弾く! あっははは! 」
「チョっとだけ、ちょっとだけ。ひひひ、ひひひ! 」
「ほんとは、もっと弾いて欲しい」
コリンもミハイルも酒に酔っているようだ。
「分かった! 分かったから離れろ! 」
ふたりと同じく酒に酔った様子のアダムは ヘロヘロ とした口調で コリンたちを押しのけると、ふらふら とピアノへ向かった。
「なに弾いて欲しいんだあ? 」
ピアノの椅子に ドカッ と座ったアダムは、鍵盤蓋を開きながら ちいさな観客たちに質問した。
「たのしい曲! 」
と、コリンが。
「うきうき! あっははは! 」
「わくわく! ひひひ、ひひひ! 」
と、マリアとマルコが。
「面白いの」
と、ミハイルが ぼんやりと言った。
「楽しくて、うきうきして? わくわくして、面白い曲だな。ちょっと待てよ」
アダムは腕を組んで宙を向くと、「うーん、そうだなあ」と首を捻った。
しばらく考えると、「わかったぜ! 」と笑顔を向けた。
ゆっくり鍵盤に指を下ろすと、メロディを奏で始めた。
「あ、この曲」
聞き覚えのある曲にリクが言うと、レアと目が合った。
「有名な曲ね」
「“子犬のワルツ”! 」
愉快なワルツに合わせ、コリンたちが思い思いにステップを踏んでいる。いつも ぼんやりなミハイルも、表情こそ無いが、リズムに合わせて体を左右に揺すっていて楽しそうだ。
「本当、奏でる音だけは綺麗よね、アディ」
リクの隣の席に座ると、レアが言った。
「いつもはガサツなくせに」
「そうでもないよ」
リクは首を振って否定した。
「仕事中とか、案外こまかいよ」
「変なところ凝り性よね、たしかに」
何かを思い出したのだろう。レアは頷くと、溜息を吐いた。
しばらくしないうちに、演奏が止んだ。
「こんなところか? 」
アダムが言うと、コリンと人形たちは「もっともっと! 」と ねだった。
「今度は もっと長い曲弾いてよ! 」
「面白いの」
「ミハイルは それしか言わねえな」
アダムは笑って、「そうだなあ」と視線を宙に泳がせた。と、「ねえ」という声が奥から聞こえた。シンイチである。
「質問なんだけどさ」
部屋の奥から大声でアダムに話しかけている。普段のシンイチなら絶対にしない行為だ。目の前には空になりかけのワインボトルが置いてあり、だいぶ酔っているみたいだ。
「なんだ? 」
アダムも負け時と大きな声で聞き返す。
「既存の曲もいいんだけどさ、ピアニスト君。オリジナルの曲ってのはないのかい? 」
「オリジナル? 」
一瞬、アダムの顔に影が差したように見えた。が、すぐに さっきまでの酒で
「あるぜ」
「あるんだ」
リクは「意外! 」と声を出した。
「弾いてみてよ」
シンイチが促す。
「あー」
アダムは気まずそうな表情になった。
「あるんだけどなあ。完成してないんだ──また今度にしてくれるか? 」
「ふうん。わかったよ」
アダムの答えに、シンイチは つまらなそうな顔をして頷いた。
「できてるところまででも駄目なの? 」
聞くコリンに、アダムは、「俺は完璧主義者だからな」と腕を組んだ。
「ざんねん! あっははは! 」
「ざんねーん! ひひひ、ひひひ! 」
人形ふたつは そう言って笑いながらピアノの周りを駆け回った。
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