第16話『暗闇と王様』

 料理をサロン室へ運び終わったリクたちは、まだ集まっていない従業員たちに声を掛けに行くことになった。

「オーナーにはリクが声を掛けてくれる? 」

 ソジュンに言われ、リクは「うん」と言うのと同時に、首を傾げた。

「いいんだけど、どうして私? 」

 すると小心者の料理長は「いやあ」と、困ったような顔をした。

「リクは気に入られてるみたいだからね。僕たちじゃ たぶん、部屋にさえ入れてくれないもの」

「そんなことないと思うけど」

 リクはまた首を傾げ、「ま、いいや。行ってくるね」とソジュンに言った。


 汽車のオーナー、“シンイチ”の部屋は、1号車。ロイヤルスイートという、汽車の いちばん広く豪華な部屋に住んでいる。

 部屋の前に着くと、リクは扉をノックした。

「イチ、いる? 」

 すると、すぐに扉が開いた。

「なんだ? 」

 顔を見せたのは、シンイチではなく、指揮官アントワーヌだった。

「あ、トニ! ちょうどよかった、トニも呼びに行こうと思ってたんだよね」

「俺を“トニ”と呼ぶな」

 アントワーヌは ギリギリ と歯ぎしりしながら言うと、「なんのようだ? 」とリクを見下ろした。

「きょう買い出しに行ったでしょ? たくさん食材かったから、みんなで食べたいねって話になって」

 よかったら どう? と誘うリクに、アントワーヌは一瞬 顔を暗い室内に向けた。また一瞬 考える素振りを見せ、「ああ、わかった」と いつもの仏頂面のままうなずいた。

「わかった。参加しよう」

「本当! ありがとう」

 リクは仏頂面に笑顔を見せた。

「じゃ、サロン室でね! 」

と言い残すと、「やった、やった」とサロン室に向かって走り出した。

 アントワーヌはリクが貫通扉かんつうとびらを抜けるまで、その能天気な後ろ姿を見送っていた。が、自分の背中に向けられている視線に気づき、そちらを向いた。

 ソファテーブルに置かれた小さなスタンドライト以外明かりのついていない暗い部屋。

 視線の主は、ソファで毛布に包まって、アントワーヌを じっ と見つめていた。

「リク? 」

 黒い短髪、細く釣り上がった目、不健康に青白い肌。この青年こそ、汽車のオーナー、シンイチである。

 質問を受けたアントワーヌは扉を閉めると、「ああ」と答え、シンイチのいるソファと対に置かれた箱馬に腰を下ろした。

「リクなら部屋に入れてくれてよかったのに」

 シンイチは唇を尖らせた。

「で、なんの用だって? 」

「ひさしぶりに従業員全員で夕食を食べようというらしい」

「ええ……」

 シンイチは げんなりした顔を見せた。

「俺、行かないよ」

「いや、行くと返事した」

「え! 」

 シンイチは、今度は驚いた表情で上半身を後ろに引いた。

「行かないって! なんで俺に了承なしに返事しちゃうの」

「お前に言ったら、行かないって言うに決まってるからな」

 アントワーヌは言って、溜息を吐いた。

「そろそろ俺やリク以外にも心を開いたらどうだ? 悪い奴らじゃないぞ」

 100パーセントいい人間とも言えないが、と、付け足したアントワーヌに、シンイチは細い目を さらに細くさせた。

「心を開いてない訳じゃない。ただ他人と極力関りたくないだけさ」

「でも行くぞ。決定したことだからな」

 そう言ってジャケットを正すアントワーヌに、シンイチは「あんまりにも強引だ! 」と文句を言ったが、次の瞬間にはシャツの襟首を つかまれていた。

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