第14話『帰宅と準備』

 カレルと分かれた一行は、本来の目的であるスーパーマーケットに寄り、ふたたびレアの荒い運転に揺られ、汽車に戻った。

「随分遅かったじゃないか」

 食堂車に荷物を置きに行くと、不機嫌なアントワーヌに出迎えられた。現在の時刻は午後の8時。恐らく、お客様の夕食の配膳を手伝わされたのだろう。柄にもない仕事をさせられて、相当むくれているようだ。

「観光してたんだよ」

 リクが言うと、アントワーヌは「観光だと」と眉間にシワを寄せた。

吞気のんきなものだな。こちらが必死で働いていたというのに」

「いつも楽しているんだから、たまにはいいじゃない」

「なんだと! 」

 レアに言われ、アントワーヌは机を叩いた。が、すぐに咳ばらいをし、汚れてもいないスーツの胸元を払った。

「観光に勤しんでいる お前らと違って、俺は いつでも忙しいんだ。戻って来たのなら仕事に戻れ。俺たちの夕飯がまだだ」

「作って置いてくれなかったの? 」

 レアが言うと、アントワーヌは、「だから忙しかったといっているだろ」と一行を睨み付けた。

「用意が出来たら呼べ」

 そう言って、食堂車を後にした。

 食堂車に残された一行は、はあと溜息を吐いた。

「すっかり ご機嫌斜めだね」

 リクが言うと、ゾーイが、「どうせ すぐ治るよ」と笑った。

「さ、夕飯の準備に取り掛かろう。たくさん買ったし、きょうは久しぶりのパーティといこうよ」

 レア、ゾーイ、そして留守を任されていたソジュンが夕飯の調理を担い、リク、アダム、ニックは、夕飯の席の準備を任された。

 ゾーイの提案で、従業員たちを集めて みんなで夕飯を食べようということになったのだ。従業員たち全員で食事を摂るのは、リクが炭鉱婦として勤め始めて以来だ。

「みんなで飯食うっつーのは良いが、イチやメルが来ると思うか? 」

 イチ、というのは、汽車のオーナーであるシンイチの、そしてメルというのは、レプラホーンという妖精でありながら、汽車で衣装係を務める“メル⁼ファブリ”の愛称である。

 双方とも、普段は自室にこもりっきりで、部屋の外にいるのを あまり見たことがない。

「どうだろうな。おっと、後ろ、椅子があるぞ」

 夕食パーティの会場は7号車のサロン室で行うこととなった。

 リクは椅子を並べる係。一方でアダムとニックは大机を室内に運び込んでいる。

 黙々と準備に取り掛かっていると、出入り口に ふたつの影が見えた。

「みんなで夕ご飯を食べるんだって? 僕たちもなにか手伝える? 」

「手伝うの、コリンだけ。ボク、部屋でのんびりしたい」

 スチュワートのコリンとミハイルだ。

 コリンは手伝う気満々だが、ミハイルは違うようだ。

 そんな凸凹な ふたりを見て、リクは思わず笑ってしまった。

「ふたりとも! 来てくれたの? 手伝って欲しいな」

 リクが言うと、ちいさなコリンは「任せて」と、ちいさな胸を張った。

「ありがとうな、コリン。良ければミカも手伝って貰いたいんだが」

「うーん」

 ニックからの誘いに、ミハイルは ぼんやり宙を眺めた。

「ミカがいれば百人力なんだがなあ」

「うん、ボク、手伝う」

 炭鉱夫たちからの歓迎に、ミハイルも やっと やる気になってくれたようだ。

 ミハイルが手伝いに来てから、準備は倍速で進んだ。アダムとニックが ふたり掛かりでないと運べなかった机を、ミハイルが ひとりで運んでしまうからだ。

「ひええ、流石はミカだなあ」

 俺たち、やることなくなっちまった。と、アダムが苦笑いした。

「椅子も並べ終えたよ! 」

 コリンの方も仕事が終わったようだ。

「ありがとう、ふたりとも。思ったよりも早く準備が出来たよ」

 リクからの お礼に、スチュワートたちは笑みを見せた。

「飯ができるまで暇だな」

 と、アダムは椅子で だらけ始めた。

「あのさ」

 同じく手持無沙汰になったリクは、アダムの向かいに座った。

「アダムの家の話、聞きたいんだけど」

「家の話? 急になんだ」

 アダムが眉を上げて言った。

「だって気になるんだもん! ショパンを家に招待したり、あんな上等なスーツ買えるくらい お金持ちだったり! 」

「あのなあ」

 アダムは溜息を吐いた。

「僕も聞きたい! 」

 コリンが前のめりにアダムに言った。

「アダム、家、聞いたことない」

 ミハイルも ぼんやりしながら、興味津々のようだ。

「まったく」

 アダムは もう一度 溜息を吐くと、「面白え話とかは特にねえぞ」と、語り始めた。

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