第13話『素敵な冒険と最高の夜景』

 「じゃじゃーん! これが、ノルウェー王宮! 凄いでしょう? おおきいでしょう? 」

「確かに! 」

「この建物は1848年に完成して、いまでも国王が住んでるんだよ」

「へえっ! 」

 カレルの紹介に、リクは感動の視線を向けた。

練色の美しいシンメトリーの建物が、リクたちを見下ろしていた。

「立派ねえ」

 レアも目を キラキラ させている。

「アダムの家も こんな感じ? 」

 ゾーイが尋ねる。

「これは王様の住居だぜ? こんなデカくねえよ」

 アダムがゾーイに返した。

「へえ、お兄さん、お坊ちゃんなんだ」

 カレルがゾーイの言葉に反応する。

「そうだよ」

 ゾーイがうなずく。

「とんでもない お坊ちゃんなんだから」

「おいおい」

 アダムが眉を寄せた。

 カレルはゾーイの言葉を聞くと、「ちぇえ」と手を頭の後ろで組んだ。

「お坊ちゃんだったら、慈善活動じゃなくて お金とるんだったなあ! 」

 なんてね! カレルは目を細めて笑うと、「ほらこっち! 」とリクたちを手招いた。


 カレルに連れてこられたのは、フードコートだった。

「ノルウェーに来たなら是非、食も試してみて。ノルウェーの魚介は最高なんだから! もちろん、お肉も美味しいよお。じゃあ、ここの席で待ち合わせね。好きに回って! 」

 もし通訳が必要だったら呼んでよ。

 カレルは言って、リクたちに手を振った。

「席取りしててくれるのね。助かるわ」

「ひとりで大丈夫? 」

 と聞くゾーイに、カレルは「心外だなあ」と両手を あげた。

「ここいらはボクん家の庭みたいなもんだよ。まかせてよ」

「安心だね」

 ゾーイが笑って頷き、「じゃあ、頼んだよ」と、背を向けて歩き はじめた。

「え? 本当に大丈夫? って、みんな待ってよ! 」

 リクも みんなを追った。

 レアとゾーイは刺身を買いに行った。

「俺は肉を試してみようと思う」

 ニックは言って、ひとり、フードコートの奥へ消えていった。

 フードコートの人混みの中心に、リクとアダムだけが取り残された。

「どうしようか」

 尋ねるリクに、アダムは前方を向いたままで「ああ」と頷いた。

「アダム? 」

「ああ」

「どうしたの? 」

「ああ」

 前から歩いてきた男の人と肩が ぶつかり、アダムが よろける。

「大丈夫? 」

「ああ」

 アダムは固まったまま、リクに答えた。

 リクもアダムの見る方を見て、「もしかして」とアダムに向き直った。

「人混みに驚いてるの? 」

 そう言えば、フードコートに入ってから、アダムは静かだった。

「ああ」

 アダムは頷いた。

「生まれ故郷の街は人で溢れ、こんな感じで賑わってはいた。だが、俺は自由に外を出歩けなかったからな。外に出るんでも、馬車での移動が ほとんどで、こんな人混み、歩いたことも いたこともねえ」

 正直、戸惑ってる。アダムは硬直したままで言うと、ようやくリクを見た。

「どうしたらいい? 」

「そうだなあ」

 リクは腕を組む。

「道の真ん中に立ち尽くしてるのは邪魔だから、とにかく歩こうか」

「そうさせてくれ」

 リクはアダムの手を取ると、先導して歩き始めた。手が冷たい。まったく、どちらが年上だか分かったものじゃない。リクは口をすぼめた。

「アダムは食べたいものある? 」

 リクが尋ねると、アダムは緊張したままの口調で「そうだなあ」と口を開いた。

「カレルが言ってた、海鮮が気になるな」

「私も! 」

 リクも頷く。

「レアたちに ついて行けば良かったね」

「そうだな」

 アダムが素直に認めた。と、「おい」と、リクの手を引いた。

「これとか どうだ? 」

 アダムが指したのは、海鮮のスープだった。温かそうで、たしかに、この時期には ぴったりだ。

「いいんじゃない? ここにしようか」

 リクは「ソーリー、ソーリー」と言いながら人混みを掻き分け、店の前に入って行った。

「慣れたもんだな」

 見直した、とアダムが言った。

「人混みには慣れてんのか? 」

「全く! 地元は田舎だし」

 ほら、スープ買うよ。リクが促すと、アダムは「あ、ああ、そうだな」と店のメニューを見た。

「海鮮スープは1種類か。おい、ビールも飲めるぞ! 」

 人混みから抜け出して、ようやく元気が出てきたアダムは「よし、俺は海鮮スープとビールにする」とリクに宣言した。

「決まった? じゃ、お会計だね」

「ああ」

 頷いて、アダムは動かない。

「ん? アダム? お会計だよ? 」

「だから、会計だろ? 」

 言って、やはりアダムは動かない。

「アダム? もしかして──お店の人を待ってるの? 」

 リクから聞かれ、アダムは「そうだろ」と当たり前のように答えた。

「注文が決まったんだ。あとは店員が注文を取りに来る。それが店だろ」

「いや! 違うよ! 」

 リクは思わず おおきな声で突っ込んだ。

「たしかに そう言う お店もあるけど、それはレストランだけの話! こういう お店は、自分から注文をしに行って、商品を受け取るの! 」

「そうなのか⁉ 」

 カルチャーショックだ……アダムは呟いた。

 アダムと買い物をするのは大変だな、リクは深く溜め息を吐いた。

 スープを持って席に戻ると、レアたちは もう食べ はじめていた。

「あ! おかえり、お兄ちゃんたち。ずいぶん時間かかったね」

 カレルがリクたちを見つけて言った。

「まったく、アダムってば大変だったんだから」

 リクが言うと、アダムは「おい! それは ふたりだけの内緒だ」と慌てて止めた。

「なあに? 気になるじゃない」

 レアが笑って言って、サーモンの刺身を口に入れた。

「んー、美味しい」

「ところで、お兄さんたちは、どこから来たの? 」

 カレルが前のめりにリクたちに尋ねた。

「どこから……か」

 レアたちは それぞれ、視線を宙に浮かせた。

「どこから、って言われても、困るわね」

 レアが言った。

「私は、日本から! 分かる? アイム、フロム、ジャパン! 」

 リクが手をあげて言う。

「ジャパン! 確かに、リクは日本語 話してるね! 」

 カレルが頷いた。

「そう言うことなら」

 今度はレアが手をあげた。

「私はフランスよ。パリっていうところから来たの」

「パリ! 行ったことあるよ! 素敵な街だよね」

「私はアメリカ」

 続いてゾーイが答えた。

「素敵だね! 」

 カレルが手を叩いた。

「それで? 」

 カレルがアダムとニックを見る。

「お兄さんたちは? 」

「俺もフランスだが、元々はポーランドだ」

 アダムが答えた。

「ポーランド! あれだよね、ショパンの出身地」

「よく知ってんな」

 アダムが指を鳴らした。

「あとはニックだぜ」

 促され、ニックは困ったような笑みを浮かべた。

「俺は、ドイツだ」

「じゃあ、お隣だ」

 カレルが言った。

「お隣? 」

 リクがゾーイを見ると、「ドイツとポーランドはお隣の国なんだよ」と教えてくれた。

「へえ! アダムとニックって、国でも お隣同士なんだ! 」

 目を輝かせるリクとは反対に、カレルは複雑な表情を見せた。

「いろいろ大変だろうけど、仲良くね」

「え? 」

 リクは首を傾げたが、誰も答えてくれなかった。


 フードコートを出たリクたちは、カレルに連れられるまま、オスロの街を歩いていた。

 もう日も暮れ、「次 行くところで、観光は最後だよ」と、カレルが言った。

「あそこ! 」

 カレルは指をさす。

「どこ? 」

 見ると、海を挟んで、白い、おおきな建物が見えてきた。

「オペラハウスね! 」

 レアがガイドブックを広げ、言った。

「そうだよ! 」

 カレルが頷く。

「あそこから見る夜景が最高なんだから! 」

 一緒に腹を満たし、あんなに警戒していたカレルも もう旅の一員である。

「なんだか、船みたいな見た目だね」

 リクが言う。

「ここのスロープから、上に のぼれるんだ」

 オペラハウスに到着すると、カレルは一行に言った。

「滑らないように気をつけてね」

 カレルが先導する。リクたちは、足元に気をつけながら、すいすい 上って行くカレルを追った。

「うわあ! 」

 景色を見回して、リクは感嘆の声を上げた。

「見て! レア! あのビル群! まるでお星様みたい」

「本当ね」

 レアが隣で微笑む。

「凄い素敵な風景! ありがとう、カレル! あ、ええっと、サンキュー」

「いえいえ! リクが喜んでくれてよかった」

 カレルは可愛い笑顔をリクに向けた。

「カレルと出会えて よかった! 」

 リクが言う。ゾーイが訳すと、カレルは目を おおきく見開いた。

「ああ、リク! 嬉しいことを言ってくれるね。ボクも、リクたちに会えてよかったよ」

 カレルは言うと、リクたちを見比べた。

「お兄さんたちも そうなんじゃない? 世界各国から、何が きっかけかは分からないけど、こうやって集まって旅してる。奇跡だよね」

 言われて、リクたちは顔を見合わせた。

「そうだね」

 ゾーイが おおきく首を上下に振った。

「いいなあ! 」

 カレルは旅の一行を見比べると、「うん」と優しく微笑んだ。

「みんな、いつまでも仲良くいてね。いい? いつまでも、だよ。ここだけじゃない。世界には まだまだ素敵なところがあって、見なくちゃいけないものが いっぱいあるんだから! 」

「うん」

 リクが、横に並ぶ従業員たちを見た。従業員たちも、リクを見ている。頷き合って、微笑み合う。

「ボクの案内は ここまで! どうだった? 」

 ふたたびカール・ヨハン通りに戻ると、カレルが振り向いて言った。

「面白かったわ」

 レアが答えた。

「本当に お金とらないの? 」

 リクからの質問に、カレルは「とらないよ! 」と笑った。

「ボクもリクたちと こうやって街を回れて楽しかったしね! ありがとう」

「こちらこそだよ! 」

 リクが言う。

「じゃあな! 」

 手を振り、リクたちは車に乗り込んだ。

「じゃあね! お兄さんたち! 」

 カレルは、車が見えなくなるまで、手を振っていた。


 完全に車が見えなくなると、カレルの顔から ふっ と笑顔が消えた。

 口笛を吹きながら、人気のない路地に入ると、「終わったけど? 」と、誰もいない宙に向かって声を掛けた。と。

「ありがとうねえ」

 どこからともなく、漆黒のスーツを着たオトコが現われた。閻魔えんまだ。

 暗闇に閻魔の姿を認めたカレルは、はあ、と首を横に振った。

「閻魔様ったら、突然ボクに こんなこと頼むんだもの。閻魔様からしたら、そこら辺にいる使い勝手のいい〈入れ替わりの精チェンジリング〉かもしれないけどねえ。前にも言ったでしょ? ボクは普通の人間の子供として人生を楽しんでるんだから、邪魔しないでって。たっぷり報酬ほうしゅうは貰うよ」

「勿論だよお」

 閻魔は目を細めて言う。

「助けて貰った お礼だしい? じゃ、何が欲しい? 」

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