第11話『荒い運転と本屋さん』
「リク、もっと詰めてくれ。乗れねえ」
「これ以上無理だよ! シートベルトの位置ここなんだから! 」
「どうしてニックが後部座席なんだ? レアじゃなくニックが運転すればいいじゃねえか」
「私、他の人の運転だと車酔いしちゃうのよ、狭いかもしれないけれど我慢して」
「みんな、シートベルトはいい? 」
ゾーイの台詞を合図に、レアはアクセルを踏み込んだ。
「それじゃあ、食料調達に行きましょうよ! 」
というレアの提案に、指揮官アントワーヌは「そうだな」と同意した。
「で、どうする? 」
と、リク。
「そうだねえ、とりあえず、ひとりは この時代を よく知ってる人が行くべきじゃないかな? 」
ゾーイが言う。
「それじゃあ、リクとジェイね」
レアがリクとソジュンを交互に見ながら言った。
「私、行きたい! 」
冒険好きのリクは やはり、手をあげた。
「リクが行くなら私も行くわ」
と、レア。
「ゾーイも行くべきだと思うわ。英語は海外旅行に役立つもの! 」
「そう? じゃあ、私も行こうかな」
ゾーイが照れくさそうに
「とりあえず、リク、ゾーイ、私の3人が決まったわね」
「そうだね」
ところで、と、リクはソジュンを向いた。
「ジェイは? 一緒に行く? 」
リクから聞かれたソジュンは、「僕は──」と
「レアさんとゾーイさんが行くなら、僕は残るよ。お客様の食事も用意しないとだしね」
ソジュンの言葉に、レアが「ええ! 」と声をあげた。
「それじゃあ、荷物持ちが いないじゃない! 」
「荷物持ちなら、最適なのがいるじゃないか、そこに」
と言って、ひとり部屋の隅に立つアントワーヌが顎を しゃくった。
アントワーヌが指し示した方を向くと、そこには ひっそり隠れていたアダムとニックがいた。
「やっぱり俺たちかよ! 」
アダムが叫んだ。
と、いう訳で、リク、アダム、ニック、ゾーイは、レアが運転するバンに乗っている。
「レア、道を曲がる時は ゆっくりだぞ? 」
「この車、どうして こんな左右に振られるんだ⁉ 」
「うう、気持ち悪い……」
自信満々に「私が運転するわ! 」と言うレアに、リクは すっかり忘れていた。レアの運転は世界一荒いということを。
リクたちは汽車の停車した位置から そのまま南下し、オスロ中心部を目指すことにした。
「本屋に寄りたいね。オスロの詳しい地図が欲しい」
レアの運転に慣れっこになってしまっているゾーイは、のんびり言った。
「本屋? どこにあるのかしら! あ、ここ右折ね! 」
レアがハンドルを切るのと同時に、後部座席から悲鳴が上がった。
「もう! 」
と、レア。
「そろそろ慣れなさいよ! 私の運転が そんなに ご不満かしら? 」
「不満どころじゃねえ! 」
アダムが怒鳴る。
「もっと丁寧に運転しろ! 」
「なんですって⁉ 」
あーあ、また始まったと、リクとニックは顔を見合わせた。しかし、いつもならリクはレアの意見に賛成することが多いのだが、今回ばかりはアダムの味方だ。レアの運転は いつ事故にあっても可笑しくない。
「やっぱり、ニックに運転してもらった方が いいんじゃない? 」
車酔いで いまにも吐きそうになりながらリクが言うと、レアは、「リクまでアディの肩を持つのね! 」とヘソを曲げてしまった。
リクたちが書店に着いたのは、午後2時を少し過ぎた頃だ。
「本屋さんって久し振り! 」
汽車に乗って以来はじめての書店に、興奮するリクに、「そう言えば、リクって本が大好きだったわよね」とレアが微笑みかけた。
「英語の地図かガイドブックってあるかしら? オスロ市内が詳しく書いてあるものがいいんだけど」
「地図か。どの辺りだろうな」
ゾーイとニックは キョロキョロ と店内を見回す。
「あら、リク。ここのお店、英語の本も多く揃えてあるわ。リクでも頑張ったら読めるんじゃないかしら? 」
提案するレアに、アダムが横から「だめだめ」と口を挟んできた。
「リクは英語、サッパリなんだからよ。読めるわけねえよ」
「あら! リクを侮辱するなんて許さないわよ! 」
いまにも喧嘩を おっぱじめそうな ふたりを、リクは「まあまあ」と静めた。
「それにしても、おおきな本屋さんだねえ。観光客も いっぱい」
「私とニックで地図を探しておくから、3人で好きに見てていいよ」
ゾーイからの提案に、リクたちは「お言葉に甘えて」と別行動に移った。
「本当に、おおきな本屋さん──」
リクは
「これは英語だけど、こっちはロシア語の本だ。世界中の本が置いてあるのかな」
リクの言う通り、本棚が無限に立ち並ぶ中で、ある区画は英語の本棚、ある区画はドイツ語の本棚、と分かれていた。リクは英語の本棚の前に立った。
レアの言う通り、英語なら、ゾーイやアダムに習ってなんとか読めるようになるかも知れない。久し振りに書店に来たのだ。せっかくなら、何か買って、手元に置いておきたい。日頃仕事に追われ忙しくしていたからか、すっかり忘れていたが、リクは自分が物語にも、本そのものにも
「私にも読めそうなのないかな? できれば児童文学──」
これは? “Alice’s Adventures in Wonderland”──『不思議の国のアリス』。”A Christmas Carol”──『クリスマス・キャロル』。うん、ここら辺なら、なんとかリクでも読めそうだ。
表紙を撫でるように、指を滑らせてゆく。
と。
「これは──」
リクは とある本の表紙で、手を止めた。
「“The Wonderful Wizard of Oz”──」
『オズの魔法使い』──。汽車の指揮官、アントワーヌよりも上の立場にいる、オーナー。
“シンイチ”という、リクと同じ日本人の青年が持っていた本だ。いつかシンイチは、リクに この本を読んでくれたことがあった。その時も、日本語訳ではなく、原文だったのだ。
リクは無意識に本を手に取っていた。
すると、突然、「おい」と、背中を叩かれた。
「うわっ──! むうっ」
リクが悲鳴を上げるのを、背中の人物は口を押えて止めた。
「おい、驚きすぎだぜ、まったく──」
背中の人物を見上げる。
「アダム! 」
「おう」
分厚いコートに左手を突っ込んだままのアダムは、そう言って右手を上げた。
「いきなり背後に立つんだもん、びっくりしちゃったよ」
それで、どうしたの? と聞くと、アダムは脇に挟んだ本をリクに手渡した。
「これ──」
「日本語の本、見つけてきた」
リクは、手元の本に視線を落とした。
「前にリク、教えてくれたろ? 日本語。売り場見つけたから、行こうぜ」
珍しく優しい態度のアダムに、リクは思わず笑顔が こぼれた。
「ありがとう、アダム」
でもね。
「これ、中国語」
「はあ⁉ 」
今度はアダムが おおきい声を出す番だった。
車に戻ったリクたちは、それぞれに戦利品を眺めていた。
「あら、リク! 日本語の本が見つかったのね! 」
「うん、アダムに場所教えて貰ったんだ」
リクが欲した日本語の本は、中国の本棚の隣に配置されていた。わずかであったが、なんとか購入することができた。
「あら、私、この本知っているかも。私の国でも発売されていたはずよ。有名でしょう? 」
「うん、全世界で大人気なんだよ」
やっぱりね、と、レアが頷いた。「で? 」
「アディは何 買ったの? 」
尋ねられたアダムは「へへん」と鼻の下をこすった。
「『ショパン全曲遍歴』だぜ」
レアは、はあ、と溜息を吐いた。
「本当、好きね」
「たりめえだ」
「はいはい」
レアは適当に相槌で返すと、隣りでガイドブックを熟読するゾーイに向いた。
「英語版のガイドブック、見つけたのね」
「え、あ、そうなんだよ」
本から目を上げて、ゾーイはレアに
「私にも見せて頂戴」
「俺にも見せろ」
「私も見たい! 」
ガイドブックを前に ワクワク する一行に、ゾーイは笑みを向けた。
「はいはい、どうぞ」
ゾーイが差し出したガイドブックを、リクたちは前かがみに見た。
「英語でなんて書いてあるかわからないよ。どんなところがあるの? 」
「えーっと」
と、アダム。
「観光地ばっかだな」
「当たり前じゃない、ガイドブックだもの」
レアはアダムに呆れた、という表情を見せたが、「でも」と再びガイドブックに視線を戻した。
「どこかにスーパーマーケットとかの記事はないかしら? 私たちの目的は食料品の調達だし──」
「そうだな」
ニックが顎を つまんだまま頷いた。
「汽車が停車してる時間って」
顔を上げたリクが、レア、ゾーイ、アダム、ニックの顔を見比べながら言う。
「23時間10分。いまが15時だから、あと18時間くれえってところだな」
アダムが腕時計を見て答える。
「じゃあさ」
と、リク。
「観光しようよ! せっかくだし」
「観光お? 」
アダムが、まじかよ、と分かり
「なによ、リクの提案に文句でもあるの? 」
いちばんに つっかかるのは、もちろんレアだ。
「いいじゃない、観光。せっかく平和なノルウェーに来たのよ」
一回 来てみたかったのよ、北欧! と、レアはリクに微笑みかけた。
「そうだね。せっかく こうやって出掛けてきたんだから、観光したって罰当たらないよ」
ゾーイも乗り気だ。
「俺も興味があるな」
ニックも賛成の色を見せる。
「おいおい、まじかよ」
というアダムの横で、「でしょでしょ? 」と、リクは目を輝かせた。
「ここは民主主義よ。賛成多数、決定ね」
レアの言葉に、アダムは座席に体を
「分かった、分かったよ」
アダム。
「存分に楽しもうじゃねえか。で? リクは どこ行きてえんだ? 」
「やった! 」
リクはガイドブックを受け取ると、どれどれと記事を眺めまわした。
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