第9話『到着と現在地』

 運転室から自室に戻って、ふたたび眠りについたリクを起こしたのは、廊下から鳴る、分厚いノイズが混じるスピーカーの音だった。

「えーえー、時刻、午前9時30分。汽車停車、汽車停車」

 アダムの声だ。

「ノルウェーオスロ付近、ノルウェーオスロ付近。停車時間は23時間10分23時間10分。じゃあ、みんな、楽しんで! 」

 そこまで言い終えると、スピーカーは ガチャン という音を立てて切れた。

 リクはベッドから上体を起こすと、サイドテーブルの眼鏡をかけ、外を覗いた。

 アダムの言った通り、汽車は、葉に雪の積もる、林の中で完全に停車していた。

「うう、寒そう」

 つぶやく。

「って、オスロ付近って、どの辺りなんだろ」

 ベッドから降りた。

 いつも通り、白のワイシャツにジーンズのオーバーオールの姿になると、廊下に出た。

 部屋の窓とは反対側の、廊下に張られた窓から外を見る。こちらも林だ。しかし、木々の間から青く広い湖みたいなものが見える。


 「おはよう、リク」

 食堂車に行くと、きょうも きょうとて可憐かれんに化粧をしたレアが待っていた。

「おはよう」

「停車したわね」

 リクが挨拶を返すと、レアが言った。

「オスロ付近って、詳しくは どの辺りなんだろうね」

 という言葉と ともに調理室から出てきたのは、褐色かっしょくが美しい肌のゾーイだ。「おはよう」とお互いに言い合い、ゾーイが持って来てくれたサラダを受け取る。今朝のメニューはフレンチトーストにレタスのサラダだ。

「さあ? 」

 とリク。

「でも、さっき窓を見たら、林の向こうに湖みたいなのが見えたよ」

「本当? 」

 リクの向かいの席に腰掛けたレアが体を前のめりにさせる。

「ということは、奥まった ところなのかしら? 」

 詳しい地図があればいいんだけれど、と金髪の美しいウェイトレスは息を吐いた。

「とにかく、近くを散策してみるしかなさそうだね」

 リクが言うと、レアもゾーイもうなずいた。

「そうね。どの時代に停まったのかも確認しなければならないわ」

 レアと雑談をしながら朝食をとっていると、2号車の扉の方からアダムとニックが入ってきた。

「まだ飯食ってんのか? 」というアダムの うしろから、「おはよう」と、大男のニックが柔らかな笑みを向けてきた。

「おはよう」

 トーストを噛み、リクはニックに返した。

「食い終わったら早く仕事行くぞ」

 言うアダムに、レアが、「ちょっと」と顔を歪ませた。

「リクをあんまりかさないで」

「もう10時前だぜ? そろそろ客の朝食を準備する時間だろ」

「だからって、そんなに急がせることないでしょう! トーストが喉に詰まったらどう責任取るのよ! 」

「あと ひと口だろ! 詰まるわけねえよ! 」

「ひと口でも危ないわよ! 」

「危なくねえ! 」

 あーあ、また始まった、と、リクは心の中で思った。どうやらニックも同じ気持ちらしく、ふたりは顔を見合わせ、首を振りあった。


 お客様の朝食と、客室の清掃を終わらせたリクたちは、ふたたび食堂車に向かった。

 正午の食堂車には、リクの他にも従業員たちが集まっていた。従業員たちの昼食の時間だったが、珍しく、赤毛の指揮官、アントワーヌの姿もあった。

「今回も、探索にいく者を決めたい」

 アントワーヌは席につくと、従業員たちに言った。

 世界中、ありとあらゆる場所、時間に行き着く汽車のため、いま自分たちが正確にはどこにたどり着いたのか、どの時代なのかを、実際に汽車を降りて把握する必要があるのだ。

「私行きたい! 」

 すかさず手をあげるのは、やはりリクだ。

「リクが行くなら、私も行くわ」

 リクが心配でたまらないレアが次に手をあげた。

「女性だけ行かせるのは危険です! ぼ、僕も行きます」

 と手をあげたのは、料理長ソジュンだ。

「じゃあ、僕も行こうかな」

 と小さな手をあげるのはコリンだ。

「ボクも、行く」

 ぼんやり妖精のミハイルも手をあげた。

「おいおい」

 すると、食堂車の端から声が上がった。アダムだ。

「そんなに大勢で行ってどうすんだよ」

 溜息を吐く。

「偵察には俺とニックとリクとで行く。すぐそこまでだから、この人数でいいだろ」

「そうだな」

 コーヒーを ひとくち飲んで、アントワーヌがうなずいた。

「決まったら即決行しようぜ。飯食い終わったら行くぞ。ほら、早く食え」

「え、ちょっと待ってよ! 」

 急かすアダムに、リクは昼食で出されたオムレツを口いっぱいに放り込んだ。

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