第7話『木の双子と大円舞曲』

 楽譜を分ける作業を終えた、リク、アダム、ニックの3人は、次にアダムの部屋の修復にかかった。

 マットレスを取りに運転室に行くと──

「アダム、ゴ機嫌麗しゅう! あっはははは! 」

「アダム、泣き女バンシーかれた。ひひひ、ひひひ! 」

 木でできた2つの人形が、リクたちを迎えた。

「ご機嫌麗しゅうじゃねえよ、“マリー”、“マーク”」

 この木製の人形も、なんと汽車の従業員だ。

 ふたつの名前は“マリア”と“マルコ”。汽車が動くために、石炭を火室にくべる機関助士として働いている。

「アダムのマットレスは乾いた? 」

 リクが ふたつに問うと、ふたつは体ごと首を傾げた。

「アタシたち人形、乾いたとかワかんなーい! あっはははは! 」

「ボクたち感覚ない。ひひひ、ひひひ! 」

「それもそうか」

 リクは納得とうなずいた。

「アタシたち乾いたかワかんない! あっははは! 」

「デも、ポッドは持ち良さそう。ひひひ、ひひひ! 」

「そうだ! ポッド! 」

 マリアとマルコの言葉を聞いて、リクは はっとして運転席を見た。

 運転席は 分厚いマッドレスで すっかり埋まってしまっている。

 その向こうで、かすかに何かが動く気配がした。

「アダム! ニック! 」

 リクたちがマッドレスを どけると、下から灰色の肌をした小太りのオトコが現われた。

 この灰色のオトコの名は“ポッド”。運転席に すっぽり 挟まってしまって、それ以来 動けなくなってしまった、この間抜け極まりないこのオトコの正体は、世にも恐ろしい鬼だ。

「ミカがポッドにマットレスを立てかけてたんだ」

 可哀想に。とリクが言うと、ふたつの人形が それぞれ「あははは! 」「ひひひ、ひひひ! 」と笑った。

「《弱小妖精の分際で このオレ様を閉じ込めるとはな》あっははは! 」

「《あの小僧に伝えておけ、お前を呪うことも可能なんだとな》ひひひ、ひひひ! 」

 恐らく、この ふたつはポッドの言葉を訳してくれているのだろう。

「おいおい、呪うなんて物騒だぜ」

 アダムが困った顔で言う。

「ミカも悪気があった訳じゃないと思う。許してやってくれ」

 ニックも、頬を掻きながらポッドをなだめた。

「《あの小僧に伝えておけ》あっははは! 」

「《次はないぞ》ひひひ、ひひひ! 」

「ああ、伝えておくさ」

 アダムは急いで返事をすると、ニックと目配せをして、そそくさとマットレスを運び出した。

「ゴ機嫌よう、アダム! あっははは! 」

「マた遊ぼうね。ひひひ、ひひひ! 」

 背後から、マリアとマルコの声が響いて聞こえた。


 マットレスをベッドに戻し、レアとゾーイが洗濯してくれていた布団類も掛け直し、中のものを よおく乾かした収納ケースも しっかり元の位置に置く。

「すっかり元通りだね」

 リクが言うと、アダムも「ああ」と頷いた。

「手伝ってくれて、ありがとな」

「いや、いいんだ」

 ニックが右手を顔の前で広げて見せる。「ところで」

「体調は どうだ? 体も、変わったところはないか? 」

 尋ねられたアダムは、困ったような笑みを浮かべた。

「おいおい、レアも そうだが、心配しすぎだぜ。特に変わったところもねえし、いてえところもねえよ」

「そうか」

 と、ニック。

「それなら、いいんだが──」

 もし、何かあったら言ってくれ。と、ニックは心配の顔のままアダムに言った。一方で、アダムは茶化した笑みを浮かべたまま、「わかったよ」と手を顔の横で小さく振って見せた。



 人、人、人、つまらないドレス、決まりきったスーツ。溢れかえる気取った会話を頭上に、アダムは人混みを縫ってゆく。ちいさな友人を迎えた漆黒のグランドピアノに、まばゆいスポットライトが当たっているように見えた。

 彼の姿を しっかり目に納めておきたかった。

 人混みをき分けて、耳に響き渡る──


 アダムは ゆっくり鍵盤に指を落とした。

 ポロネーズ第11番。

 グランドピアノを中心に、安楽椅子にアウトドアチェア、社長椅子にダイニングチェアなどが乱雑に置かれたサロン室。1日の仕事を終えた従業員たちが集まっている。みんな、アダムの奏でるピアノの音を うっとりと楽しんでいた。

「楽譜、ちゃんと修復できたのね。よかったわ」

 リンゴジュースを片手に、ソファに座るレアがリクに言った。

「完全に修復できたわけじゃないけどね。無理矢理 剥がしたから、破れちゃったものもあるけど、でも、だいたいは元に戻せたよ」

「大変だったでしょう。偉いわ、リク」

 レアがリクを褒めた。レアがリクを甘やかすのは、いつものことだ。

「クッキーどう? 」

 と、ゾーイがクッキーの乗った大皿を持って来た。

「ありがとう! 」

 リクはチョコのクッキーを1枚とる。

「アディ、特に変わったことなさそうだね」

「そうね。いまのところ、安心だわ」

 ゾーイとレアが言葉を交わす。

「このまま何も なければいいんだけれど」

「そうだね」

 じゃ、私、他の人にもクッキー配って来るね。とゾーイは席を立った。

 リクはアダムに視線を向ける。

 周りに集まった、スチュワートのコリンとミハイル、木の人形のマリアとマルコが次の曲を 強請ねだっているのを、アダムは面倒臭そうな演技で対応していた。素直じゃないアダムのことだ。きっと照れているのだろう。

「しょうがねえなあ、ちょっとだぜ? 」

 アダムは言うと、またピアノを奏で始めた。

「あ、この曲」

「有名な曲ね」

 リクが反応すると、レアも頷いた。

「なんて曲なんだろう」

 リクがレアに向くと、レアの優しい青い瞳と行き会った。

「楽譜に書いてあるんじゃないかしら。リクも、近くに聴きに行ってらっしゃい」

 そう言って、レアはリクを送り出した。

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