第5話『朝食と賭け事』

 朝食のメニューはコンソメスープに カリカリ のフランスパンだった。

 リクは お客様たちが食べ散らかす様子を見ながら、朝寝坊してしまった自分をうらんだ。配膳はいぜんをしながら、腹が鳴り止まない。

 それにしても、きょうの お客様たちは なんだか変だ、とリクは思った。

 いつもなら妖精同士、ぺちゃくちゃ と喋りながら皿をめ取る勢いで食事を済ませてゆくのに、きょうは、お喋りさえ聞こえてくるのだが、コソコソ とささやき合っている場合が多く、それに お残しも多い。

「みんな どうしちゃったんだろう」

 料理を取りに調理室に戻ったリクは、スープを追加で温めるレアとゾーイに言った。

「妖精たちだってイキモノだもの。きょうは そういう気分なんじゃないかしら」

 レアが あっけらかんと返事する一方で、ゾーイはリクの不安に共感する顔を見せた。

「たしかに きょう食べ残しが おおいね。どうしたんだろう」

泣き女バンシーが出たことが関係しているのかもしれません」

 リクの背後から声がした。

 驚いて うしろを振り向くと、ソジュンが食べ終えた皿を持って立っていた。

「驚かせちゃった? ごめん」

 ソジュンはリクに謝ると、皿を流し台に放り込んだ。

泣き女バンシーが関係してる? 」

 リクが尋ねると、ソジュンは「うん」とリクに向いた。

「さっき妖精たちが コソコソ 話してるのを盗み聞きしたんだ。そしたら、泣き女バンシーが どうたら、とか、アダムさんが近くを通った時に顔を見合わせていたり──どうやら、泣き女バンシーがアダムさんの部屋に出たって噂が、妖精たちの間で広まってるみたいだね」

「広まってるだけじゃないわ」

 突然 頭上から声がした。見上げると、いつの間にかリーレルたちピクシーのキョウダイが浮いていた。

 リーレルたちは ブルル と羽根を擦り合わせて音を出すと、「アイツら下品なのよ! 」と怒りを あらわにした声を発した。

「下品? 」

 リクが鸚鵡返おうむがえしに尋ねると、「そうよ」とリーレルはうなずく。

「アイツら、アダムが泣き女バンシーの予告通り死ぬのかどうかをけてるのよ! 」

「え⁉ 」

 リクも、そしてレアとゾーイも思わず声を上げてしまった。

 そんな、酷い。リクが言うと、リーレルも「酷いったらないわ」と同意を示した。

「だからアタシ言ってやったの! そんな下品な遊びするんじゃないわよって。そしたらアイツら、こう返してきたのよ! “ひさしぶりの娯楽ごらくに そんな本気になるな”って! “人間の生死なんてオレたち妖精には関係ないじゃないか”って! 」

 関係なくないわ! とリーレルたちは また羽根を震わせる。

「少なくともアタシたちはね! アダムは汽車の従業員でもあるし、次期指揮官でもある! 重要な人間なのよ! 」

 リーレルたちの言う通り、アダムは汽車の一従業員であると同時に、アントワーヌに何かあったときにアントワーヌの代わりを務める、次期指揮官でもあるのだ。

 「それに──」リーレルの怒りは止まらない。

「アダムはアタシたちに たっくさん おやつをくれる数少ない人間なんだから! 」

 言い終えると、リーレルたちは ふんっと鼻を鳴らした。

 恐らく、いちばん最後の理由がリーレルたちの本音なのだろう。確かにアダムは人間には厳しいが妖精たちに対しては甘いところがある。針葉樹のように細いリーレルたちの腹が最近すこしずつ膨れてきている理由も、お菓子のあげすぎが原因なのだろう。

「アダムは そのこと知ってるの? 」

 リクが尋ねると、リーレルは「まさか! 」と首を振った。

「いくら おしゃべりなアタシでも言わないわよ! 失礼しちゃうわね」

 言うと、キョウダイたちは羽根を ブルル と震わせた。

 リクは、「ごめん」と謝ると、「そう言えば」と話を続けた。

 今朝のホブゴブリンのことを思い出したのだ。

「今朝、ホブゴブリンが部屋の前にいたの」

「そう言えば、あったね、そんなこと」

 リクの言葉に、ソジュンも頷いた。

「ホブゴブリン? 朝食の時間でもないのに、どうして従業員の寝台に? 」

 レアが興味津々と尋ねてきた。ゾーイとリーレルたちキョウダイも同様に見えた。

「起きて、部屋から出たら、ホブゴブリンが丸まってたの」

 リクとソジュンはレアたちに、ホブゴブリンのことを話した。


  《人間よ、ワシの言葉が聞こえるか! いまから貴様に忠告してやる。心してワシの言葉を聞くんだぞ。

 人間よ、あの悲鳴が聞こえたか! あれが全ての前兆だ。いや、が来た。引き金は引かれたのだ。

 人間よ、あの泣き声が聞こえたか! 不吉を運ぶ あの泣き声が。それは死者をいたむ すすり泣きだ。

 人間よ、あの姿が見えるか! 真っ黒な衣装に身を包むオトコの姿が。それは お前らの力となる。

 人間よ、この言葉が聞こえるか! 注意するのだ。すべての現象を見届けよ。

 すべてが終焉しゅうえんに向かっている。抗うなら抗え! ワシは忠告に来た。いいか、人間よ。すべてに終わりは付きものなのだ。すべてが終焉に向かう。それを よく見届けるのだ。》


 ソジュンがホブゴブリンの口上の内容を暗唱すると、レアたちの顔がくもった。

「なんだか不穏な口上ね」

 レアが腕を組み、言う。

「すべてが終焉に向かってるだの、終わりは付きものだの──アダムに何事もなければいいけれど……」

「そうだね」

 ゾーイも頷く。そして、「ところでさ」と続けた。

「その、ホブゴブリンは、どうしてアダムの部屋に泣き女バンシーが出たことを知ってたの? 」

「さあ? 」

 と、リク。

「妖精だから何でもお見通しなんじゃない? 」

「そんな馬鹿な話はないわよ」

 リーレルがリクに反論した。

「アタシたちは、確かにそう、完璧に近いけれど、何でも知ってる訳じゃないわ」

「じゃあ、壁を通り抜けたとか、何かに化けたりとかして、アダムの部屋に入ったのかな? 」

 リクが また憶測を話すと、リーレルたちキョウダイは腹を抱えて笑った。

「あの おまぬけホブゴブリンが⁉ 絶対にないわ! 変身妖精プーカと違ってアイツらは何かに変身することなんてできないし、壁を すり抜けることもできないわよ! 」

「それじゃあ」

 と、ゾーイ。

「本当に、どうして知ったんだろうね」



 「お前は どこまで知っている? 」

 寝室に現れた黒い影に、アントワーヌは尋ねた。

「だからあ、詳しいことは教えられないってえ」

 黒い影は答え、電燈でんとうの ぶら下がった場所へ、一歩 歩み出た。黒い影の全体像が浮かび上がる。

漆黒のスーツに身を包んだ、異様に背の高いオトコ──今朝、ホブゴブリンの前に現れたのと同じオトコだ。

「お前は泣き女バンシーがアダムの部屋に出るのを知っていたのだろう? 」

「そうだねえ」

 アントワーヌの問いに、オトコは ニヤニヤ と答えた。

「なあ、“閻魔えんま”」

 アントワーヌはオトコに詰め寄った。

 “閻魔”と呼ばれたオトコは、「どうしたのさあ? 」と とぼけた顔で首を傾げた。

「俺の質問に答えられないのなら、なぜ俺にアダムのことを忠告しに来た? 」

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