第4話『びしょ濡れお部屋と高価なお品』
「とりあえず、トニに伝えなくちゃ! 」とリクが飛び出して行き、残った従業員たちは掃除用具一式を揃えることになった。
“トニ”というのは、従業員たちの最高地位、指揮官という立ち位置に就く“アントワーヌ”という男の愛称だ。
従業員たちが再びアダムの部屋に揃ったのと同じくして、アントワーヌを連れたリクも戻って来た。
「
そう言って従業員たちの輪に入って来た赤髪の男こそ、アントワーヌである。
「で、当のアダムは どこだ」
「ここだぜ……」
廊下の隅に縮こまるアダムは力無く答えた。
アントワーヌはアダムを
「なんだ、元気そうじゃないか」
「元気そうに見えるか! 」
アダムは飛び上がるようにしてアントワーヌに叫び返した。
「俺の部屋を見てくれよ! 酷え有様だからよ! 」
コリンの言う通り、アダムの部屋は想像以上の
部屋に充満していたという水は もう なくなっていたが、大半を占めるベッドはマットレスまで ぐっしょり濡れ、床に重ねられた収納ケースなどは目も当てられない。恐らく この中に例の楽譜が入れてあったのだろう。フローリングには粉々になった紙切れが貼り付いていた。
「ありゃ、これは
リクは
「
アダムは相変わらず落ち込んだままだ。自分の部屋を振り返ると、溜息を吐いた。
「これは一刻も早く水気を切らないとな」
大男のニックは他の従業員たちの後ろから部屋を
「お客さんの朝食の時間までの勝負だ」
狭い部屋に従業員たち全員が入ることは不可能なため、それぞれ、部屋の中で掃除をする班と廊下で荷物を選別したり乾かしたりする班とで分担することになった。
「収納ケースも全部廊下に出すぞ」
ニックはアダムに了解を取ると、ミハイルの手を介して3段重ねの収納ケースたちを廊下に出した。
段ボール素材でできた収納ケースは どれも絶賛びしょ濡れだった。
「中の物出すよ? 」
リクの問いに青い顔して廊下で立ち
まずは1番上の箱。ここには、アダムが宝物と
「可哀想に」
紙の塊を取り出しながら、レアは同情の言葉を述べた。
2段目に入っていたのは、コインや高価そうなペンダントといった こもの類だった。その中に。
「うわっ! これ本物⁉ 」
中を かき回していたリクが ぎょっとした声を出した。
その手に握られていたのは、真っ黒な拳銃だった。
「きゃ、本当! 」
レアも悲鳴を上げる。
「どうした? 」
大声を聞いたニックが、部屋の中から顔を出した。
「これ──」
リクは手にしたものをニックに見せた。ニックは拳銃を見ると、「なんだ」と笑顔を見せた。
「俺のだ。この間 汽車が停車した時、アダムとミカと狩りをしただろう? その時にアダムに貸した銃だ」
「あ」
そう言えば。
つい先日、リクたちが乗る汽車はコリンの故郷、アイルランドの山奥に停車した。その際、アダム、ニック、ミハイルの3人は、鳥の丸焼きを求めて拳銃を持って狩りに出ていたのだ。
「ニックのおかげ、チキン食べれた。アダム、へた」
水を たくさん吸っていかにも重たそうなマットレスを ひとりで いとも簡単に持ち上げたミハイルは、やはり ぼんやりと言った。
「ああ、水びだしだな。これじゃあ、弾も濡れていそうだ」
リクから拳銃を受け取ったニックは まじまじ見つめて言うと、また収納ケースに戻した。
「ニックのじゃないの? 」
問うと、ニックは「ああ」と笑った。
「アダムにやったんだ。今後も使うかもしれないしな」
でもこれじゃあ、使えないか。
「使えても、アダムじゃ、無駄。アダム、撃つの、へた」
ミハイルの言葉に、ニックは また笑った。
「わあ、懐かしい! 」
最後の収納ケースの中を見て、レアが声をあげた。
「なに? 」
リクの問いに、レアは中の物を広げ、「これこれ」と見せた。
それは、アダムの瞳と同じ色の、緑のジャケットだった。
「アディが汽車に乗って来た時に来ていた服よ」
いかにも高級そうなジャケットは、アダムの生まれが身分の高い家だったのを裏付けるようだった。現在の、汚い言葉を使い、憎まれ口を叩き、5歳も年下のレアと いつも本気で喧嘩しているアダムとはミスマッチで、リクは思わず笑ってしまった。
「こんな育ちの良さそうな服、アダムが着てるところ、全っ然 想像できない! 」
リクが言うと、廊下の隅で縮こまっていたアダムが チッ と舌打ちをした。
「悪かったな、育ちが悪そうで」
「まあまあ、アディ」
ひとり楽譜の復元作業にあたるゾーイがアダムをなだめる。レアを向いて、「確か、アディはトニが連れて来たんじゃないんだよね? 」と尋ねた。
「俺じゃなく“砂の精”だ」
ゾーイの言葉に食らいついたのは、他でもない、アントワーヌだ。
窓の側で ひとり何もせずに腕組みをして突っ立っている指揮官は以前、“砂の精”という妖精に
結局、
「俺を連れて来たのは、“砂の精”で間違いねえぜ」
レアの代わりにアダム本人がゾーイに答えた。
「きっかけを作ったのが、リーレルたちだったってだけだ」
「リーレルたちが? 」
どうして、とリクが尋ねると、アダムは うんざりした顔を見せた。
「ピアノの演奏を聴きたかったかららしいぜ」
「そんな理由で⁉ 」
リクが驚いて見せると、頭上から、「そんな理由でって何よ! 」という甲高い声が聞こえた。
見上げると、そこには5つの キラキラ 輝く小さな白い光の玉が浮かんでいた。
「そんな理由でって、失礼しちゃうわ! 」
この声は、この光の玉が発しているらしい。
光の玉は ヒラヒラ とリクたちの目前まで下りてきた。
目の前まで来ると、ようやく玉の内容が はっきり見えた。針葉樹のように細長い全身に、蝉の羽根がついている。まったく一緒の見た目のイキモノが5匹。
このイキモノはピクシーという小妖精で、常に3から5匹の群れをなして生活している。
一見ちっとも違いが分からない5匹だが、それぞれ、リーレル、チェーリター、パヨーニル、オオッコー、トッテンビッターという名前がついており、その中でも“リーレル”は人間の言葉が喋れる。
「アダムも よかったでしょ? アタシたちはピアノを聞ける、アダムは あんな お家にいなくて済む! いいことだらけよ! 」
リーレルは満足そうに
一方で、リーレルの言葉に引っ掛かりを覚えたのはリクだ。
「あんな お家──? それって」
どういう意味? と聞こうとしたところで、ニックが室内から現れた。
「そろそろ朝食の時間だ。片付けは また後でしよう」
ニックは廊下で作業していた面々に言うと、汗を拭き拭き、食堂車の方へ歩き出した。
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