第10話
難民街に来てからというものの大工のヴァジは鬱屈した毎日を送っていた。
自分で言うのもなんだが腕はいい方だ。
幼い頃に家を飛び出すと共和国の首都で大工の下働きとして最高の技術を学び、経験を積んだ。棟梁から一人前と太鼓判を貰ってからは遍歴職人として国内を周り、さらに腕を磨いた。
いつしか自分自身が棟梁と言われる年齢になった頃、腰を落ち着けようと故郷に帰った。数人の下働きや弟子も増え、これからだという矢先に内戦が勃発。戦火に巻き込まれた村から流れ流れて今や難民街である。
始めの頃はまだよかった。
元は遍歴職人だ。腕と愛用の道具一式さえあればどこでもやれるという自負があった。
《許し無き者。近隣の木の伐採を禁じる》
そのおふれが出たのはヴァジが来てまもなくだった。さきに来ていた難民が街周辺の木を無断で伐採して回ったのが原因だ。
なら正規ルートで買えばいいのかというとそういう訳にはいかない。そもそもまっとうに木材を買う金がないから自分たちで伐っていたのだ。
おふれが出てからは難民街には質の悪い建材しか入って来なくなった。納得の行かない仕事を小銭のためにする日々。
苛立ちをまぎらわせるために日に日に安酒の量は増えるばかりである。そして今日も今日とて行きつけの酒場でくだをまいていた。
【笑う母熊亭】は難民街に来てからいい仕事が出来た数少ない建物だ。だから女々しいとは思いつつも自分の技量を眺めながら酒をあおり無聊を慰める。
「これ。いまお試しで出してるの」
今日も今日とて安酒を浴びるように飲んでヘロヘロになったヴァジ。
勘定をしようと手を挙げた徒弟たちにジンジャーはスポーツドリンクをジョッキで差し出した。
「ん?こいつは?」
「あたらしいドリンクよん。お酒じゃないけどね」
二日酔いになりにくくなるかも、とジンジャーが告げると男達は首を傾げる。
これがジンジャーの提案。それはスポーツドリンクを新メニューとして酒場で出すという事だった。
「最近、大手の商会が難民街に酒場を出したでしょ?あっちは壁内から質の良い酒やら料理をバンバン持ってきてるの!」
うちだけのオリジナル商品が欲しかったのよぉ、とジンジャーは笑った。
ちなみに売り上げは折半との事。
魔石は実質無料(ただし命がけ)なので、こちらのお金が稼げるのはありがたかった。
「そんなもんどこで仕入れたんだ?」
その言葉で十太はギョッとする。
日常生活用品でさえの満足に手に入らないこの難民街で、まったく新しい商品を出すなんておかしな話だ。
「レオに頼んで作って貰ったのよ」
今度は十太が首を傾げる。
そういえば自分の他にもう一人、2階の部屋に居候している人間がいた。ここに来てもう一週間近く立つが未だに顔すら見た事はない。
「あの変人先生か。・・・大丈夫なのか?これ」
「死にゃしないわよ。あたしも飲んだけど薄割水よりはイケるわよ?」
「・・・まあジンジャーがそう言うなら」
男はジョッキを一気に飲み干す。
じつにいい飲みっぷりである。投げやりとも言える。
「ーーーこいつはまあまあイケるな」
ぺろりと唇をなめるとぷはぁ!と大きく満足げな息を吐いた。
それを見た徒弟も安心したようで同じようにスポーツドリンクを一気にあおる。
「甘いというか、しょっぱいというか。・・・とにかくイケるな!」
「確かに。なんつーか体に染み渡る感じがする」
「でもこんなんで二日酔いに効くのか?」
「さあ」
そういって男達は千鳥足で帰って行った。
次の日。
ヴァジは今日も今日とて安酒をあおっていた。
いつもと少し違うのはメニュー表を見てなにかを探しているようだった。給仕のために近くを通ったジンジャーを見かけるとヴァジは声をかけた。
「よう。あの飲み物ってメニューにしなかったのか?」
「うん?どの飲み物の事?」
「変人先生が作った、あの白く濁った水だよ」
ああ、とすぐに思いつく。
一応メニューに入れてはいたのだが、得体のしれなさと十太との料金の折半という事もあり割高に設定していて全く売れてはいなかった。
ここにあるわよ指さす。メニューの掛かれた木板の一番最後、端っこのほうに取ってつけたかのように書かれていた。
「いやぁ。あれを飲んだ次の日よ。いっつもしてる二日酔いしなかったんだよな」
「自分もっす!まあ頭痛はしたんすけど。いつもよりはかなりマシだったっす」
「俺は普段からあんまりしないから、違いはわかんなかったな」
「・・・そもそも毎日深酒しないようにしなさいな」
はぁとあきれたため息をつくジンジャー。
「あ、あのぉ」とひかえめな声が隣の卓から上がる。
「そういう事ならこの人にもそれ出してくれませんか?」
ローブを着た少女がおずおずと手をあげる。同じ卓には酔っぱらって頭をぐらぐらとさせている少年がいた。
「お酒に弱いのに飲み過ぎちゃって」
「はーい。ちょっと待っててね~」
「そういう事なら俺もそれくれ!変人ドリンク!」
「こっちにも一杯くれ~」
「あたしも」
怖いもの見たさか、同調意識か。
一度声があがると堰を切ったかのようにあちこちの卓から次々と声があがり始める。
「トータちゃん!」
「了解です!」
厨房の奥からスポーツドリンクを取り出すとジョッキに移し替えていく。
この日から母熊亭では《変人ドリンク》という新しい名物が人気を博す事になる。
メイドインアース 小塩五十雄 @OSIOISO
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