第4話
「あんた行く当てあんの?」
馬車に揺られながら森の中を進んでいると少女はそう尋ねてきた。
同情か、気まぐれか。それとも他の思惑があるのか。
十太にはそのどれとも判別がつかない。
スキンヘッドとチョビヒゲの二人は巨大ムカデを手際よく解体。まだ体液のしたたる鎧のような甲殻が周囲に積まれて行く。
自分の置かれた状況が全く分からない十太はただ黙ってそれを見守っていた。
『けけけ。ヒモにでもしてくれるってか?』
スマホが下品な笑いを上げると少女の瞳が鋭くなる。
「いま絶対なんか余計な事言ったよな!?」
頼むから余計なこと言わないでくれよぉ、と肩を落としながら懇願をする十太。
「ーーお嬢。ほんとにいいのですか?」
やんや、やんやと一人と一台が言い合いをしている間。積み込みを終えたチョビヒゲが少女にぼそりと耳打ちする。
「なにが?」
「確かにあの力を味方に出来れば百の兵にも匹敵するでしょうが・・・」
しかし、と言葉は続く。
垂れる冷や汗を袖で拭う。それが恐怖からか、緊張からかは少女には分からない。
「敵に回った際にはあまりにも危険では?」
「言葉も通じないしな」
スキンヘッドも積み込みを終えてやって来た。
あの後。必死に対話を試みた十太だったがひとつ問題が起こった。
それは言葉が通じない事。
ただこの珍妙なスマホがなぜかこの世界の言葉が喋れたので、スマホに通訳して貰ってなんとか意志疎通は取れていた。
「頼むから余計なこと言わずに普通に通訳してくれ」
『けけ、わーたっよ。おい非行少女!この青瓢箪は故郷に帰りたいとよ』
「誰が非行少女よ!ーーー帰るって共和国にって事?」
あそこ内乱中じゃない。少女は複雑そうな顔を十太に向けた。
共和国?内乱?
新しい単語に首をひねる。
どうにも少女は十太を内乱が起こっている共和国。そこから来た人間だと誤解しているようだった。
自分の事情を上手く伝える手段が無い十太は、申し訳ないと思いつつその思いをぐっと飲みこんだ。
まあ言葉が通じたとしても真実を話したかどうかは分からない。異世界から来たんですなんて言って、頭のおかしいやつ認定されても困る。
「それでこの青年をどうするつもりですか?」
「・・・まあ流れ者ならあそこぐらいしか行き場はないでしょ」
お互いにねと複雑そうな表情を浮かべる少女。二人も複雑そうな顔をして頷いた。
とにかくこんな所に長居は出来ないと一行は馬車に乗り込む。積載オーバーに馬は非難をするように短くいなないた。
のろのろとした足取りで馬車は森の中を進んでいく。
とくに会話もない気まずい空気が流れる。しばらくすると馬車は森を抜け、景色はだだっ広い草原へと移り変わる。
ざぁと気持ちのよい風が全身をたたく。遠くには石造りの巨大な城壁が見える。あんな立派な城壁なんてヨーロッパでも現代で残ってるところはないだろうなと十太は思った。
平原の中をすっと伸びるあぜ道を馬車は進んでいく。巨大な城門が見えてくるとその周辺を雑多と覆う布や木ぎれ、そして人の群が目立つようになる。
『あれは?』
「あれがトネリコ王国西方最大の城塞都市ミズガルズ」
そしてと、少女はどこか皮肉げな笑みを浮かべた。
「これが私たちの住むイルミンスーム難民街よ」
馬車は門をくぐらずに道をそれる。
城壁にへばりつく様にして乱立する天幕の群の中を進む。
遠くから見るとぼろ切れの塊のようにしか見えなかった難民街だが、中に入ってみるとわりとしっかり町といった風情をしていた。
踏み固められただけの道。その両脇に広がる建物は木組みの二階建てがあるかと思いきや、その横には木と布切れだけで作られたテントがあるなど難民街と言われて納得の町並みをしている。
とにもかくにもごちゃごちゃしていて行き交う人も多種多様だ。
ただ共通する点もある。
それは表情がどんよりと暗く、瞳にはどろりとした黒い情念がこもっている事だ。
平和な日本で生きてきた十太が見た事のないその重く冷たい瞳に背筋にぞくりと冷たいものが走る。
「・・・目合わせないようにしときなさい。ここいらはまだ避難してきて日が浅い奴らが多い区画だから。殺気立ってるやつらが多いのよ」
馬車は人混みを抜けていく。
大門から真っ直ぐ続く大きな道に近づくにつれ、ボロ切れと木組みのテントから木や石でしっかりと組まれ漆喰で舗装された家々へと変わっていく。
「着いたわよ」
そこは酒場だった。
入り口の上には笑みを浮かべる熊が彫られた看板が掛けられている。十太には読めなかったが、熊の下には《笑う母熊亭》と銘が刻まれていた。
ガヤガヤとした喧噪。
しかし嫌な騒がしさではなく、騒ぎに身をゆだねているとうきうきとしてしまう。そんな楽しげな喧噪だった。
「あーら、いらっしゃい!久しぶりじゃない」
「久しぶりジンジャー。元気にしてた?」
「繁盛しずぎて困ってるぐらいよぉ」
のっしのっしと人混みをかき分けて来たのは見上げる程の巨漢だった。
可愛らしい刺繍のされたエプロンから、はちきれそうな筋肉が顔をのぞかせている。
「ゼパスは相変わらずキュートなお髭ね♪イマールはセクシーなつるつる頭が傷ついてなくて安心したわぁ」
「シ、シオウ殿も壮健そうでなによりです」
「やっだ!そんな愛らしさの足りない名前で呼ばないで。ジ・ン・ジャーって呼んで♪」
目にも止まらぬ早さでチョビヒゲもといゼパスの胸元にすり寄る。そのたくましい胸に指でハートを描くジンジャー。
スキンヘッドもといイマールの方はそうなるのが分かっていたのか、一歩下ってノーリアクションを貫いている。
「ん。こっちの坊やは初めて見る顔ね?」
「は、はじめまして」
「頼みがあるんだけど、こいつ預かってくんない?」
「え、うそ。いつから人買い始めたの・・・」
思わずどん引きといった風情のジンジャーに「ちゃうわ!」とヒルデは犬歯を剥く。
「こいつ根無し草だし、言葉も分かんないのよ」
「あぁ。それは・・・」
確かに危ないわねと割れ目のある顎をさする。
「壁内ならいざ知らず。難民街じゃ、ね」
「でしょ。ここじゃ下手なとこに預けたら次の日には路地裏に死体で転がされてもおかしくないからさ」
物騒な話をスマホの通訳で聞いて思わず「ひゅ」と過呼吸じみた声が漏れる。
「見た目はあれだけど。ジャンジーのとこなら安心できる」
「あら嬉しい。それにちょうど良かったかも」
「ん?」
「今までお手伝いしてくれてた子がね。申請が通って壁内に移れたのよ。だから部屋が一部屋空いてるの。ぼろいけど家具とか持って行きずらいものはそのまま残ってるから、すぐにでも生活出来るわよ?」
「それは渡りに船だけど。ひとつ問題があんのよね」
ぐいとヒルデは十太を前に押しやる。
「・・・この子、大陸共用語が話せないの?」
大陸共用語とはこのユグドラ大陸全体で使われている言語の事。
「そうみたい。だからそのスキル?ていうか金属板を介してしか話せなくて困ってるのよ」
「へぇ。まあ髪色や顔立ちからして共和国の東の国の出かしら。あそこは閉鎖的だからそういう事もあるかもね」
「そういうもんなの?」
「そういうもんなの。全く通じないという訳じゃないなら大丈夫でしょ。それで?エキゾチックな坊やの名前は?」
「ああ、こいつは。・・・こいつなんて名前?」
がくりとゼパスとジンジャーはずっこける。
「名前も知らない人をあたしに面倒見させるつもりだったの?」
「しょ、しょうがないでしょ!」
どうしたのかスマホに訪ねる。
ただこのスマホ。反抗的というか意地悪で全ての会話を丁寧に通訳してくれる訳ではなかった。
「私はヒルデ」
で。あんたは?
ヒルデは十太の目をまっすぐに見てそう尋ねた。
『自分の名前はヒルデで、おめぇの名前が聞きたいとよォ』
「お、俺は藤原十太、です」
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