第3話

「きゃあぁぁぁ!」


少女の悲鳴が森に木霊する。それを聞いた冒険者の一行は目を見合わせて声の方へと駆け出した。

人里から離れた深い森と、そこに似つかわしくない少女の悲鳴。

普通ならありえない組み合わせ。警戒して当たり前の状況だが一行は声のする方へ足を止めるどころか早めていく。

持ち前の正義感と若さゆえの全能感に押されて、木々をかき分け、草を飛び越えていく。

あぜ道から少し外れた場所。崖の下に馬車が乱暴に停められていた。

側には地面に座り込んでいる美少女と、彼女に武器を向けているスキンヘッドとチョビヒゲの男2人組がいた。

一行は考えるより先にその間に割り込んだ。


「待たせたな!」


3人はキメ顔で少女の前に立つ。

それぞれ武器を構える。ただの野盗と思ったが正面で対峙すれば2人ともかなりの使い手だとすぐに分かった。

気を引き締めて武器を握りしめる。


「二人とも行くぜ!」


先頭に立つ青年が大剣を構えて前に飛び出すのと、落ちてきた十太が彼に激突したのはその2秒後の事だった。






「ほんと冒険者って好きよね。ピンチの美・少・女♪」


縛られて地面に転がされた青年達の前で、ヤンキー座りをしながら少女はニタリと笑った。

悪い笑顔を浮かべるその口の端から大きな八重歯がのぞいている。


「ま。こっちは小銭稼ぎにはなったからいいけど」


先程まで少女に武器を向けていたスキンヘッドとチョビヒゲの二人組。彼らは手際よく青年たちの荷物を漁っては金品を回収していく。


「お、お前ら。まさかグルだったのか!?」


芋虫状態でうなる青年達を見下ろしゲラゲラ笑うその姿は、まかり間違ってもか弱い少女には見えない。

落下した十太とリーダー格の少年。二人が激突して気絶したのを皮切りに、後衛の首筋に少女がナイフを当てた事で冒険者一行は降参する事となった。


「んで。そこの空から来た名無しの権兵衛ジョン・ドゥは?」

「それがーーー」

「それが?」

「びっくりするぐらいなにも持ってません」


ガクゥと少女は肩を落とす。

ため息をつきながら十太の服を摘む。


「見た事のない形の服ね。材料は・・・亜麻リネンかしら?」

「こちらはなんでしょうか?」


ポケットから取り出したスマホをチョビヒゲは少女に差し出す。

見たこともない鉄とガラスで出来た長方形の物体をしげしげと見て少女は首を傾げた。


「ふーん、見た感じ古遺物かしらね。なんにしろ売れば二束三文にはなるでしょ」

「ですね。それにしてもぜんぜん起きませんね・・・。人数が多いとリスクが増しますし、このまま置いていきますか?」

「んな事したら生きたまま魔獣にはらわた食い散らかされるでしょーが」


スマホをポケットに入れ、縛られた冒険者達の方へと向き直る。


「ひとつだけ応えなさい。・・・《金の遣い》を知ってる?」


言葉と共に少女の額に光る紋章が浮かぶ。

の意味する所を察して3人の顔面はさーと青ざめた。


「金の、なんだって?」

「ひ、人の事か?それともなにかのマジックアイテム?」

「知りませんです!!」

「ーーーはぁ、もういいわ。全員まとめて馬車に詰め込んで帰るわよ。戻ったらいつもの処置しといて」

「かしこまりました」





馬車の激しい振動で十太は目を覚ました。


「痛ってぇ。なんでこんなに頭が痛えんだ・・・?」


手足はロープで縛られている。

あたりを見渡すと同じように縛られている3人と、慌ただしく馬車を操る少女とスキンヘッドの巨漢が見えた。

馬車の後ろ。入り口のあたりでは斧を握ったチョビヒゲの男がなにかを睨みつけていた。


「お嬢。起きたぜ」


スキンヘッドが短く呟き、ひひと邪悪な笑みを浮かべて斧を舌なめずりした。


「んな事気にしてる場合じゃないわよ!今は!抵抗しないなら放置。抵抗するなら殴って黙らせる!」

了解ダー

「なになに?何がどうなってる!?」


慌てた様子の少女が馬にムチを入れる度に馬車は大きく揺れる。


「もっとスピード出ないの!?」

「完全に重量オーバーですね。一頭立ての馬車ですし、こんな道ではこれが限界かと」


チョビヒゲが簀巻きにされた重量オーバーの原因をちらりと見る。


「頼む!捨てないでくれー!」

「魔獣の餌になりたくなけりゃあ黙って転がってなさい!」


ガルゥ!と唸り、冒険者の悲鳴じみた懇願を黙らせる。

なんとか身体を動かし馬車の後ろを見る。

そこにはあぜ道を張ってすすむ巨大はムカデがいた。問題なのはその大きさが10メートルを越えている事。胴体の厚みだけでも1メートルはあるかもしれない。

巨大な牙をガチガチ鳴らし、猛烈な勢いでこちらへ這って来ていた。


『困ってるかァ。青瓢箪?』


声が聞こえる。

それは鼓膜ではなく、脳内に直接響いていた。


「困ってるに決まってんだろ!」


気がつくと知らない人に囲まれ、縛られ、馬鹿でかいムカデに追われている。

困らない訳がない。


『そうかい。俺は困ってねェ・・・と言いたい所だが。お前に死なれるのはちっとばっか困るなァ』


スポン!

少女のポケットからは1人でに飛び出すと十太の目の前に飛んでくる。

背面に顔に似た模様が付いているし、独りでに空を飛んでいるが。それはまごう事なきスマホだった。


「うわ!なんだお前!」

『悠長に話してる暇ァないぜ』


後ろを振り返るとじわじわとムカデは馬車へと近づいて来ていた。

あちらの方が走る速度が早いらしい。もはや目と鼻の先だ。


『おい。こいつの縄を切りな』

「・・・・」


スマホが話しかけると警戒するようにスキンヘッドの額に紋章が浮かぶ。

そして少し考えたあとに紋章を消すと、手に持った斧で十太を縛るロープを切った。


『おーし。俺を手に取りなァ』


言われた通りに手に取るとスマホは

明らかに質量以上の鉄板がまるで折り紙を開いていくかのように次々と広がっていく。

瞬きの間に十太の手には一振りの剣が握られていた。



抜け



脳を震わすスマホの声。

柄に手をかけ、鯉口をきる。

そして勢いよく刀身を抜いた。


「ーーーん?」


気付くと馬車から降りていた。

だけでなくさっき抜いたはずの剣は鞘に戻されている。

目の前には上半身をバラバラにされた巨大ムカデ。下半身がうねうねと未だにのたうち回っている。

気を失っていた訳ではない。確かに覚えている。

剣を抜き、馬車から飛び降り、地面に着く瞬きの時間。すり抜けざまに都合12回、巨大ムカデを斬りつけて着地。剣を鞘に納めた。

全部自分がした事なのに、まるで現実感がない。


「・・・嘘」


馬車から漏れた少女の呟きは、誰の耳に届く事なくかき消えた。

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