第2話

手違い死亡からの異世界転生。

ネットでこすり倒された展開だなぁと十太は他人事のように思った。


『この力さえあればハーレムだろうが、無双だろうが。それはもうやりたい放題ですよ!』

「あ、そういうのは結構なので元の世界に戻して頂けませんか?」


女性はうんうんと頷くと両手を大きく広げた。


『そうでしょう!そうでしょう!男の子の浪漫ですもんね異世界チーレム!ではさっそくチート、をーーー』


先ほどの十太の言葉が頭に染みてきたのか。女性の言葉は尻すぼみして消えていく。


『ーーえ。いらない?』

「まあ。いらない感じですかね」


淡泊な返事にええぇぇぇぇッ!?と女性の悲鳴じみた声が空間に響く。


『異世界ですよ?チートですよ?ハーレム無双ですよ?日本人は大好きですよね?』

「まあ全部好きっちゃ好きですけど・・・」


オタク文化というか。日本人に対する偏見がはなはだしい事この上ない。

昨今はアニメ・マンガが普及し、そういった世界観を知る人も多いだろう。

あえて知らない人のために説明すると、チーレムとは剣と魔法のファンタジー世界で違法と言われるぐらい強い能力チートを使ってハーレムを築く事を指した言葉である。

今となっては王道と言うかテンプレートなストーリー構成だ。

ただアニメのキャラクターを推してるからといって、その声優も推すわけではないのだ。


「さっきも言ったみたいに異世界チート無双って話自体は好きだけどさ。それは物語として楽しむのが好きなのであって、実際に行くとなるとちょっと違うかな・・・と」

『そんな事言わずに一回!一回だけ貰ってみてはどうでしょう!?私のチートはクチコミ評価も高いですよ!?』

「だれがしたクチコミだよ・・・」


詐欺じみた押し売りセールスにどう応えたものかと十太は困る。


「あー。さっきも言ったけど詫びたいって言うなら元の世界に戻して貰えるだけでいいですから」


どうにか絞り出すようにそれだけ伝える。


『・・・それはそのぉ。ちょっと出来ないというかぁ』


女性はえへへと幼い子供のように甘ったるい笑みを浮かべる。

媚びたようなその話し方と聞き捨てならない台詞に十太は眉をひそめる。


「ホワッツ?」

『えーと、力を使い果たしちゃったと言いますかぁ。送り返すには時間がかかるというかぁ』

「時間がかかるとは?」

『ーーー100年ぐらい?』


たは♪と女性は愛想笑いを浮かべた。

十太の喉から低い唸り声が漏れる。


「あぁん?」

『ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!』


何度も頭を下げ、悲鳴じみた謝罪をする女性はそうだ!と歓声を上げる。


『本体の元へと来て頂ければなんとかなるかもしれません!』

「本体ぃ?」

『いまここにいる私は分霊。つまりあなたにチートを差し上げるためだけに力を限定的に分け与えられた一部分に過ぎないのです』


だから、とその白い手を十太に差し出した。

先ほどまでの子供ような話し方とは違う。急に妖艶で大人びた話し方。


『本体ならあなたを送り返す事が出来るかもしれません』


そのためにもチートを受け取ってユグドラに来ては頂けませんか?

女神は輝くような笑みと共に改めてそう告げた。

女のようにも男のようにも。子供ようにも老人のようにも聞こえる。そんな不思議の声で。

少し考えてからこれ以上は押し問答にしかならないと諦め、十太も手を差し返した。


「そう言えばあんたの名前は?」

『私はユグドラの女神『不正アクセスを検知。防壁の展開を開始ーーー失敗。回線の切断を開始ーーー失敗。手順に従い本機の初期化を開始します』』


手と手が触れ合おうとしたその瞬間。

被さるように無機質な機械音声が空間に響く。


『待っ『初期化まで3、2、1ーーー実行』


悲鳴じみた女神の制止の声が最後まで続く事はなかった。

機械音声の終了と同時に空に瞬く星の光。空をかける鳥。全てが消え去っていく。

浮遊感もなくなると身体が落下を始めた。




そして世界は暗闇に包まれた。

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