メイドインアース

小塩五十雄

第1話

「いいか十太。目に見えずとも異なる世界というのはちゃーんとあるんだぞ?」


畳の上に正座させられた坊主頭の少年。その正面で向き合いながら彼の祖父は満足げに頷いた。

朝日もようやく顔を見せたばかりの早朝の事。まだパジャマ姿の少年と違い、祖父はピシリと作務衣さむえを着こなしている。


「おい、ジジイ・・・」


頭痛を抑えこむように眉間をもみ込み。

意志の強そうな太眉。不機嫌そうにへの字に曲がった口。筋肉質な身体は引き締まっていてスポーツマンを思わせる。

そんな健康優良児こと藤原十太ふじわら とおたは勢いよく立ち上がると、したり顔の祖父の胸ぐらを勢いよく掴んだ。


「毎日毎日。朝早くに叩き起こしてふざけた戯れ言ぬかしてんじゃねえぇぇぇッ!!」


怒声と共に一本背負いをかました。

ギュンと祖父の身体は綺麗な弧を描いて地面に吸い込まれていく。


「甘いわ!」


叩きつけられる前に足で着地すると襟足を掴まれ地面に引き倒される。気付くと背後に回られチョークスリーパーをかまされた。


(相変わらずどういう身体能力してんだ、この後期高齢者ーー!)


十太は完全に極められる前に祖父の腕と自分の首の間に手を差し込みながら悪態をついた。


「ぎぎ・・・!んで、あっちの世界から来た神様がくれた。ありがた~い品がうちの本尊になったつー話になるんだろが!?」

「まあな。そもそもうちは500年以上の歴史があるーーー」

「ならそのありがた~い本尊とやらを見せてみやがれ!」

「そりゃあ、おまえ・・・。そんな簡単に見せたら、なあ?ありがたみがないだろう」


ぎりぎりと首を絞めながら祖父は口ごもる。


「どうせ大量生産品の木像とかだろハゲ!このハゲ!!バーコード頭ぁ!!」


ケケケと苦し紛れに笑う十太の後頭部に頭突きがぶち込まれ、つぶれた蛙みたいな声を上げて地面に突っ伏した。

孫に手を挙げる祖父がいるかやかましい祖父が気にしている事をズカズカと言いおってから表に出ろクソガキおうやったるわ!!そう罵りあう二人は庭先に出るとばかすか殴り合いの喧嘩を始めた。

寺の前を通るご近所さん達もはじめは何だ何だと庭をのぞき込む。いつもの日常けんかだと分かると「今日もいい天気ですね」と挨拶し合って帰って行く。

それぐらいこの光景は藤原家にとっていつもの事であった。


「かっかっか。祖父に勝てる孫などおらん!」


朝飯の前に本堂の掃除やっとけよ!と高笑いしながら祖父は立ち去って行く。

こてんぱんにされて地面に突っ伏す十太。ムクリと起きあがり袖で顔を拭う。祖父との取っ組み合いの喧嘩なんてもはや日常茶飯事だ。賛否両論あるかもしれないが、こんなんでも二人の仲は決して悪くはない。

喧嘩するほどなんとやら、というやつである。


「いつつ。あれが80歳過ぎのジジイってまじかよ」


十太の実家は歴史の古い寺である。

そう言うとすごいとよく言われるが、実際は古いだけで歴史上の偉人が立ち寄ったとか由緒正しい品があるとか。そういった歴史は一切ない。

ご近所さんだけに親しまれる田舎の小さな寺。それが藤原十太の生家だった。

ポコンと小気味よい電子音がポケットから鳴る。取り出したスマホには通話アプリからの通知が来ていた。


[【ユグ戦】更新されてるぞ]


スタンプで返信してから小説投稿サイトを開く。

【ユグ戦】正式名称はユグドラシア戦記という更新が遅い事と、やたら世界観が細かい事で有名なネット小説である。

テンプレートな異世界作品に飽きてきて気分転換で手を出してみた作品だ。専門用語は多いし歴史の描写もくどいしで最初は辟易したものだが、読み進めていくとそこがむしろスルメみたいに味が出てきて今ではすっかりハマってしまった。


[そういや十太は進路どうするか決めた?]

[ゲームか映画。どっちの専門学校かで迷ってる]


そう返すとデフォルメされた動物が大笑いしているスタンプが返ってくる。


[おまえ文章力と画力が壊滅してるもんな]

「・・・うるせー」


図星すぎて反論する力も出ない。

藤原十太はポップカルチャーが好きだ。部活はマンガ研究部に所属しているし、漫画やラノベは部屋に収まりきれない量がある。ネット小説や動画配信サービスのお気に入りは多くなりすぎてもはや追いきれていない。

だから当然のように将来はそれらを生み出す存在になると思っていたし、その為の努力もしてきた。


・・・しかし残念ながらそうは問屋が下ろさないというのが現実である。


作文は教師を苦笑いさせ、絵は見た者の顔を曇らせる。

藤原十太には創作の才能というヤツがからっきしなかったのだ。それでもポップカルチャー、とりわけファンタジーが好きで憧れ続けた。

そんな彼が選んだのは世界を作る者になるのではなく、世界を作る者を支える側につく事だった。


[十太は運動神経だけはいいんだから映画の方にいけば?]


スタントマンなんていいでない?というメッセージに不機嫌顔のスタンプを返す。


[だけは余計だコラ。・・・そういうお前はどうするんだ?]

[俺はもちろん美容師!]


また頭刈ってやるよというメッセージに応とだけ返事をしてからスマホをポケットに直した。

掃除をするために作務衣に袖を通す。

頭をなでつけるとジョリと気持ちの良い感触が返ってきた。美容師志望の友達に練習を兼ねて切って貰っているのだが、いつも坊主ばかりを注文するのでこれでは練習にならないと嘆かれている。

洗う手間。乾かす手間。ともに最小で済むうえに寝癖もつかない。まさに最強の髪型だと自分では気に入っているのだが・・・げせぬ。

気合いを入れ直して掃除を始める。

ほこりをはたき。床を掃き。雑巾で拭き上げていく。

自分以外に音を発するものがいない本堂はシンとした静寂に包まれている。十太はこの非現実的な雰囲気が好きだった。

思ったより早く掃除が終わるとふと祖父との本尊の話を思い出す。


「そういやマジでうちの本尊ってどんなだ・・・?」


本尊といえばその寺の信仰の象徴であり顔ともいえる。

その家に生まれた人間なら普通一度は目にする機会ぐらいあるだろう。しかし不思議と自分の家の本尊を十太は一度も見たことがなかった。


「さーて。どんなお姿をしてらっしゃるんでしょうね」


辺りを見渡してからケケケと悪い笑みを浮かべる。

本尊が納められているであろう箱の扉を開くと、豪華な箱の中に入っていたのは素人が彫ったような不格好でずんぐりむっくりとした如来像だった。


「えぇ・・・」


思わずため息が漏れる。

べつに純金で出来た国宝級の代物があるとは思っていなかったが、これはさすがにちゃちすぎるだろ。手に取ろうとして指先が木像に触れる。

元々バランス悪く置いてあったのだろう。木像はバランスを崩すと床に落ちるとあっさりと砕けた。


「ぇええ!?」


いくらちゃちいとは言え仏像ってこんな簡単に壊れるの!?と悲鳴に近い声を上げた。

よく見ると木像は砕けたのではなく前面と後面とで綺麗にぱかりと分かれていた。床に散らばるパーツの中に一つだけ金属の輝きが目に入る。


「・・・なんだこりゃ?」


それは金属板だった。

表面をズボンにこすりつけてぬぐうと美しい表面が露わになる。どれだけの年月木像に入っていたかは分からない。

だがその表面には全く錆は浮いておらず、光にかざすと無数の幾何学模様が走っているのが分かる。


「なんで仏像の中に金属板?」


もの思いにふけっているとキンと幾何学模様にそって金属板が光る。



瞬間。足裏から地面の感触が消えて浮遊感を感じる。



天地がぐるぐるとひっくり返る。

なにが起こったのかを考察する暇もなく十太は意識を手放した。






「ーーーんが?」


目を開けると無限に広がる星の海が広がっていた。

無数に瞬く星空が全方位に広がっており、それは地平線どころか足の下にも同じように広がっていた。


「どこだ、ここ?」


疑念に対して答える声はない。

まるで神殿のようだと十太は思った。実家の本堂のようにシンと凪いだ雰囲気がそう感じさせるのかもしれない。

上を、下を。光る鳥の群が羽ばたいては、どこかへと飛んでいく。

幻想的な風景に見入っているとその声は空間に響きわたった。


『すみません』


空間そのものを振動させるような声が十太の耳を振るわせる。

女のようにも男のようにも。子供のようにも老人のようにも聞こえる。そんな不思議な声だった。

瞬きをすると突然、目の前に女性が現れる。

美しい女性だった。

流れるようなプラチナブロンドの髪。芸術的とさえ思える艶めかしい肢体。透き通るように滑らかな肌は純白の薄布一枚で隠されている。


『すみません。あなたは私の手違いで命を落としてしまいました』


あまりにも典型的な異世界ものの始まりテンプレートの展開に、はぁとため息だけが漏れる。


『ですので。お詫びとしてチート能力をお渡しして私の管理する世界ユグドラにご招待させて頂きます!』

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