25.Yesterday Today and Tomorrow

 スパイクがロルフ・フィードラーに同行するのは、ソルジャー伯爵の死を見届けるためなのか。


 シャギーはそう聞いた。


 それはつまり、引いてはこの戦争にウィンターヘイゼルが裏で絡んでいるのかと疑っているということだろう。スパイクはそう判断した。場合によっては、彼が伯爵の死を確実なものにするために差し向けられたのではと、そこまで考えているかもしれない。

 スパイクが驚いたのは、シャギーから疑われたということに自分が少しばかりの絶望を感じているらしいということだった。旅をしたのはまだほんの2日程だというのに、随分と絆(ほだ)されている。


 ひとつ年下の少女は冷静に、けれど揺らぎなく強い眼差しを向けている。いつものように誤魔化されてはくれないだろう。


「質問に答える前に、俺もひとつ聞いてもいいかな」

「なに?」


 少女に確認してしまったのはスパイクの未練だったのかもしれない。できるならもう少し一緒に居たいと、この期に及んで浅ましく。自分の生まれはどうにもならないと知りながら。


「──それ聞いてどうするつもりなの?」


 投げられた問いかけにシャギーは首を傾ける。悩むことなどあるのだろうか。もしここでスパイクがウィンターヘイゼルの疑惑を肯定すれば、彼女には切って捨てる以外の道は無いはずだ。


「私に協力できることがあれは、協力する」

「協力……?」


 しかしシャギーの返答は思いもよらないものだった。意味がわからなすぎてスパイクは思わず間抜けな声で繰り返す。


「ウィンターヘイゼルから逃げたいなら、手を貸すつもりはある」


 今度こそスパイクは絶句した。


「公爵家のことは疑ってる。でもあなた本人に父を害するつもりはないでしょ?」

「なんで、そう思うの? なんで急に俺のことなんか信用しちゃってんの」

「あなたの主張は最初から婚約破棄前提で、ソルジャー家をウィンターヘイゼルの縁者にならないように考えてた。──信用なんて『相手を信用する』って決めるだけでしょ。だから夕べ一晩考えて、そう決めたの」


 シャギーはそう言うと胸を張って、フフンと笑った。


 なんて潔いのだろう。スパイクは知らず、手を握りしめていた。ウィンターヘイゼル公爵家がどんな家なのかを知って、それでもなおスパイク本人は信じるという。


 は、とスパイクは嗤った。


「賢そうなところが好きだったんだけど……君、実はバカだな」

「え、ひどい。そっちこそ表面的には紳士だったのに急に口悪い」


 取り繕うのも馬鹿馬鹿しくなって思わず態度を崩せば、先程までの高潔な武人のようだった凛々しさは失せて年相応の少女に戻った。それが昨日よりも近い距離に思えて、今日、明日と時間を重ねていけばもっと近くなるのだろうかと、ふとそんなことを考えた。





「結論から言えば、今回のロルフ・フィードラー侵攻にウィンターヘイゼルは関わってない」

「あ、そうなの?」

「ロルフ・フィードラーなんて獲っても労力と割りに合わないし。むしろソルジャー家にうまく治めて貰った方が利になるよ」


 まあカランの懐柔に動くとか、そのくらいは考えるかもしれないから気を付けてね。笑ってそう付け加えながらスパイクは公爵家の関与をあっさり否定した。


 だが、それならばなぜ大事な息子まで差し出したのか。シャギーの疑問を読んだのかスパイクが頷く。


「重要なのは本当にソルジャー家の血筋だけなんだよ。俺はその大事なお嬢さんを守るために派遣されたってこと。珍しく公爵家と俺個人の希望が一致した結果」

「個人の希望なんてあったの?」

「言ったでしょ、気に入ってるって」

「戦場まで追いかけるほど気に入ってるようには見えなかったけど」

「誰にだって合理性のない衝動はあると思わない? 君が俺なんかに関わろうとするみたいにね」


 はぐらかすような言葉をシャギーが鼻で笑うと、スパイクは涼しい顔で微笑んだ。


 それにしても、とシャギーは思う。ブラッドコレクターの忌み名そのままの血統への執着に、ゾクリと震える。


「さすがにソルジャー以外認めないってことはないよ。ただ優先度は最上位だね」

「なんでそこまで? 高貴な血なら他にいくらでも」

「ひとつはソルジャー家が王国最古級の血筋だってことかな」


 イフェイオン王国の成り立ちは、もともとは帝国の支配下にあった2つの領地ツルバキア=ビオラセアが挙兵し、独立したことから始まった。ソルジャー家はその独立戦争時から続く家柄で、歴史で言えば現王朝であるグランディフロルス家よりも長い。


「加えて、直系の血は過去に一度もウィンターヘイゼルと交わってない。ソルジャー家から王家に嫁いだのは公爵家が王家から別れた後だしね。ま、悲願とも言えるのかな」

「うーん」


 スパイクの話を聞きながらシャギーは唸った。ソルジャーの血が欲しいのはわかった。だがわからないのはウィンターヘイゼルがそれで何を得るのかということだ。その疑問をスパイクに問えば、それまで饒舌に語っていた相手は口に手を当ててしばらく考え込んだ後、意を決したように顔を上げた。


「スパイクって呼んでくれたら話そうかな」

「無理して話さなくていいよ、スパイク」

「よし、話そう」


 シャギーを謎の天丼に付き合わせた後、スパイクはようやく口を開いた。


「ウィンターヘイゼルは本来なら偶発的に誕生する、ある二つの“特殊性”を作ろうとしてる」

「特殊性?」


「“獣の因子”と“女神の欠片”、どちらかを持って生まれる子ども。──この国に伝わるただのおとぎ話だよ」


 それを本気で血縁から誕生させようとして国中の高貴な血を集めてるんだから、あの家がいかに異常なのかわかるでしょ。そう、スパイクは軽い口調で続けたが、横顔に秘められた嫌悪は隠せなかった。


 “女神の欠片”とは幻と言われる光魔法を発現させた人間のこと。光魔法とは精霊と対話し、精霊の持つ力を増幅することができる能力。

 ちなみにイフェイオンの国教であるカルミア教は聖女カルミアに祈り、その偉業を伝え讃える教会だが、この聖女カルミアも“女神の欠片”だったらしい。“獣の因子”はその逆で、精霊を消滅させる能力を持つ人間を指すという。


 “女神の欠片”の説明をスパイクから聞きながら、シャギーは自分の脈が速くなっていくのを感じた。心臓がドクドクと暴れて必要以上の血流を生んでいる。

 なぜなら“イフェイオンの聖女”をプレイしていたシャギーは知っているのだ。間もなくその力を発現させるであろう“女神の欠片”を。


 教会に見いだされた、光魔法の使い手。


 “イフェイオンの聖女”のヒロイン、ヴィーナス・フライトラップのことを。


 躍起になって高貴な血を集めているウィンターヘイゼルにはご愁傷さまとしか言いようがない。お探しの女神の欠片、普通に平民から生まれますよ。

 とはいえ、そんなことを知っていると言うわけにもいかないので、スパイクにはそれとなく、おとぎ話に付き合わされて大変だねという顔をしておく。公爵令息は確かに喰えない男だがシャギーだって十分に隠し事が多いのだ。お互い様なのかもしれない。





 夜明けに生まれた太陽は、あっという間に空を駆け上がり地上を照らす。木々の隙間から朝日が差し込むと、クローバーとフォールスが起きてきた。

 スパイクはいつもと同じ、貴公子の仮面でそれを迎える。クローバーはふああと大あくびで伸びをしながら、のそのそとスパイクに近付いた。


「そう言えば昨日聞きそびれたんだが、公爵家が息子を諜報に出すのは普通か?」


 予想もしていなかった問いかけにスパイクの頬がひくりと動く。


「僕は世間知らずな貴族の息子ですが、なぜそう思ったんですか?」

「戦闘に躊躇いが無いから。ハンティングは貴族の嗜みだなんて言い訳はやめろよ? いくら上流貴族が悪趣味でも、人を狩る狩猟会は無いだろ」


 どこまでもリラックスした様子のクローバーだが、その眼光は剣呑だった。コクリと、スパイクの喉が静かに上下する。いくら腕が立つといっても、この距離で剣豪に斬りかかられたらどうにもできないだろう。ゆっくりと、クローバーの手が伸ばされた。


「言っとくがな、俺の弟子は泣かすなよ」


 そう言うと、クローバーは少年の肩をポンと叩いて焚き火場所へ去っていく。その背中を唖然と見送ったスパイクがシャギーを見て「それだけ?」と呟くので、シャギーは思わず噴いた。

 その背後からスパイクに近付いたフォールスが、シャギーに何かしたらわかってますね? という圧を込めて逆の肩にポンと手を置き、去っていった。


 眉間にシワを刻んでスパイクがぼやいた。


「いや置いていけよ、こんな怪しいやつ」


 完全に仮面が剥がれた状態のスパイクに、シャギーはいよいよこらえきれなくなってお腹を抱えて笑い出した。


「隠しごとがあっても害意がないなら問題ないんじゃない?」


 ケラケラと笑う少女にジトリと目線を流すと、ため息をついて眉間をおさえた。


「シャギーも思ってたのと違うし。クールなところが気に入ってたのに」

「それは人選を間違えたとしか。 散々、色んなご令嬢を吟味したのにね?」


 カランコエが言っていた女癖の悪さも、公爵家に対する時間稼ぎと考えれば納得できる。シャギーの言葉にスパイクはさらに眉間のシワを深くした。


「そんなに簡単に信じちゃっていいの?」

「言ったでしょ。決めるだけだって」


 顔を上げて、背筋を伸ばし、シャギーは目の前のスパイクを見た。


 秘密は秘密として。昨日とその前日で、目の前の人間が全く違う人間に視えるから不思議だ。昨日と今日、そして明日では、また全く違う人間に見えるのだろう。それを楽しみだと感じるのが、不思議だった。


「決めたからには、スパイクが極悪人だった場合でも最後まで騙されてあげるよ」


 シャギーがそう声を掛けて、トン、とスパイクの心臓を叩いて去っていく。


 彼女の身長では、少年の肩の位置が少し、高かったので。








【植物メモ】


和名:匂蕃茉莉[ニオイバンマツリ]

英名:イエスタデイ・トゥデイ・アンド・トゥモロー

   [Yesterday Today and Tomorrow]

学名:ブルンフェルシア・アウストラリス[Brunfelsia australis]

   

●英名は、紫色で咲きやがて薄紫色から白色へと、昨日・今日・明日、花の色が変化していくことから名付けられた。


ナス科/ブルンフェルシア属

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