21.満作 Japanese Witch hazel

 ブラッドコレクター。ウィンターヘイゼル公爵家がそう揶揄されるようになったのは、いつの頃か。


 イフェイオン王国君主が現在のグランディフロルス王朝に変わって数代の後。跡目争いに負けた王弟に与えられた公爵位とささやかな領地、それがウィンターヘイゼルであった。

 今ではその時代のことを物語として知るものすら少ない、遥か遠い日の話である。


 初代に与えられた領地は、グランディフロルス王家の領地北端に存在する、添え物のような小さな未開拓地のみであった。

 王族、しかも王弟という立場にしては極めて待遇が悪いのは、王位継承を巡って激しい軋轢や謀略があり、王弟本人にも数多の疑惑が掛けられていたためである。


 森林に囲まれた狭隘(きょうあい)な寒冷地。金縷梅の群落がある丘に築かれた、富農の館と変わらぬほど質素な城。そこから、ウィンターヘイゼル公爵家は始まった。


 初代公爵はとにかく、たくさんの子を成した。王族として迎えるに相応しい名家から選ばれ、若くして王弟に嫁いだ最初の奥方は、王都での華やかな暮らしから一変した生活に苦労し、毎年のように出産を強いられて、嫁いでから十年を待たず亡くなった。

 後妻は迅速に据えられた。隣国の王族から選ばれた二番目の妻もまた、ただひたすら子を成すことだけを求められ、気晴らしをするような場所も与えられず、日に日に表情は曇っていった。秋になると赤や黄に色付く、城を囲む紅葉樹林の美しさも慰めにはならなかった。そして、我慢の果てに発狂して出奔した。

 公爵は妻を二人も失ったことに嘆きもせず、三番目の妻が迎えられた。名ばかりであったが公爵という爵位と王弟の身分は、貴族の若く美しい令嬢を釣り上げるのに不自由はしなかったのである。


 カルミア教では、死別以外の離婚と再婚は認められていない。二度目の妻の発狂は本人に先天的な問題があったとされ、婚姻そのものを無効とする“奥の手”を教会に用意させた。


 子孫を作ること以外、自分に何の興味も示さない夫に三番目の妻も絶望し、城から離れた場所に館を設けて移り住んだ。

 三番目の妻と別居になると、公爵は悲しむどころか領地を離れ王都のタウンハウスに入り浸り、毎晩のように夜会に繰り出すようになった。身分が高く美しい娘を選び、言葉巧みに褥へ引き込んではせっせと種をばら撒いた。そうして産まれた子はすべて母親と引き離され、公爵家へと迎え入れられた。


 広くはない城に、母親の違う子供達がひしめく。使用人も乳母も悲鳴を上げたが、王族に仕えるということは家族を人質に取られているに等しい。高貴な血を持つ子ども達を、日々、神経をすり減らしながら懸命に育てた。


 やがて最初の妻との子が成人を迎える年頃になると、公爵は血眼になって子ども達に良い縁談を求め始めた。

 王族の肩書きは、ここでも十分な威光を発揮した。さらに、血筋が良く魔力と美貌に恵まれた子ども達は引き手も多く、次々に有力な貴族や近隣の王族と婚姻を結んでいった。

 絶えずどこかしらで戦争が起こり、医療技術も低く、治癒魔法などお伽噺のようなものとされる世の中で、嫁ぎ先の伴侶が亡くなることも珍しいことではない。そうなれば領地は公爵の孫へ引き継がれるか、あるいは直接ウィンターヘイゼルが治めることになる。


 公爵が関係を持つ女性の家柄と美しさに固執したのは、“商品”の価値と品質を高めるためであった。“生産”と“出荷”。そこに情など存在しないとばかりに、条件が良ければ嫁にでも婿にでも養子にでも、問答無用で娘息子を送り出した。


 未開地へ追いやられた名ばかりの公爵は、瞬く間に広大な領地と豊かな資源を持つ金満貴族へと変わった。初代のやり方は次代へと引き継がれ、“商品の生産”のため、王国内外からあらゆる高貴な血を求めるウィンターヘイゼル公爵家のことを、上流階級の人々はやがて“ブラッドコレクター”と呼び、陰で蔑んだ。







「というのが、語られている昔話です。帝国の目もありますし、さすがに初代ほどのことは続けられなかったみたいですけどね」


 シャギーが知らなかったウィンターヘイゼル公爵家の歴史と忌み名について、フォールズはそう締め括った。


「考え方自体はザ・貴族って感じですけど、そこまで徹底してやるとさすがにえげつないわあ」


 叔父の話を聞きながら、シャギーはげんなりとした。


「昔のこと知らなかったけど、スパイクの話を聞く限り今も大して変わってないような。今の公爵夫人も二人目で、最初の奥方との間にできた長男次男とは母親が違うらしいし」

「カルミア教の強いこの国でよくやりますねぇ。で、そのコレクションにソルジャー家を加えたいと」

「みたいですね」

「領地やら兵力については、現伯爵の兄上と跡取りのカランコエでも暗殺するつもりですかね」

「さすがにそれは無いというか、あわよくば程度らしいんですけど、その、私に子どもができたら公爵家で引き取りたいと……」


「なんですかその交配実験でもしてるような発想は」


 フォールスが嫌悪感を露にして顔をしかめる。


「ご子息はシャギーを巻き込みたくないんですよね?」


 フォールスの確認に、シャギーはコクリと頷いた。


「本人がそう言うなら、婚約しちゃったら面倒なことになりますよね?」


 重ねられた質問に、シャギーもぐっと言葉に詰まる。叔父であり師匠でもある立場としては、やはり引き止めたいのだろう。カランコエもそうだったなと、憮然とした兄の顔を思い出す。


「──気になるんです。例の、四元素の属性を隠していることとか。それに……」


 シャギーは言葉を区切ると、声を潜め、師に顔を寄せた。


 二人の他に人のない研究室だが、話す内容が自分の秘密にも関わることなので、どうしても慎重になってしまう。


「多分、あの人も視えて・・・ます」


 姪の言葉に、フォールスが驚いた顔を見せる。


「それはシャギーと同じってこと?」


 囁かれた問いに、少女が頷く。


「話してる間にそれとなく試してみましたけど、一瞬追うんですよね、視線が」


「なるほど。随分、隠し事が多い若君で」


 眉間に深い皺を刻んだフォールスが、指を顎先にそえて唸る。


 あれからシャギーの脳裏には、ずっと、琥珀の目をした少年がいる。いつも笑っているのに、その瞳にはいつだって温度がない。


「ああいう顔で笑われるの、嫌なんですよ。弟が、反抗期なのにこっちに気を遣ってたの思い出しちゃって」


 シャギーはポツリと吐き捨てた。


 かつて暮らしていた世界での話なのだろうと、フォールスはしかめ面の姪を見る。前世の話は度々聞いているが、向こうの世界でシャギーが弟妹に傾けていた愛情の深さを思う度に、君ももっと甘えて良いのだと、すっかり成長してしまった少女を抱えあげたくなる。昔、あの森でそうしたように。


「公爵家の事情か、本人の事情なのかわかんないですけど、どうせちょっとでも関わっちゃったなら、本気で笑った顔のひとつでも見てやろうって思っちゃって」

「知らないほうが良い秘密もありますよ?」

「何を我慢してるのかくらいは吐かせたい」

「君そんなにお節介でしたか?」

「師匠に似たんですよ」

「なるほど、愛なら仕方がない。僕も精一杯、弟子の未来を守りましょう」


 そう言って、師は優しく微笑むと、少女の頭の上でポンポンと掌を弾ませる。その仕草は、少女の幼い頃から少しも変わらない。


 ああ、とフォールスが思い出したように言う。


「シャギーも、精霊が視えることはくれぐれも秘密にしてくださいね」


 厄介なコレクターに知られたら面倒が増えそうなので。






 師匠の言葉に、シャギーは頷いた。











【植物メモ】


和名:満作/金縷梅[マンサク]

英名:ジャパニーズ・ウィッチヘイゼル[Japanese Witchhazel]

学名:ハマメリス・ジャポニカ[Hamamelis japonica]


マンサク科/ハマメリス属

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