さようならかありがとう

皆中明

エイ、ビー、シー、ディー、イーと美しいひとの話

今日はハロウィーン。

ずっとお世話になっているリーダーから、

家々を回って、「箱に入ったお菓子をもらってこい」と言われている。


俺たちはそれぞれに家を回った。


「お菓子をもらいにきました」と言うと、家に招かれる。


そこで箱入りのお菓子を一つと、皿に乗せたものを一つ貰った。

「どうぞ。これはあなたの分です。今ここで食べて下さい。」

そう言われて、そのお菓子を食べてからは、幸せな夢を見て眠った。



次の日、リーダーに言われて、俺たちは箱に入ったお菓子をアジトに集めた。


「持ってきました」


俺たちに報酬を渡すと、リーダーはそのお菓子を食べ始めた。


すると、俺たちの口が勝手に喋り始めた。


「リーダー、お前の金は、俺が全部いただくからな」


すると、お菓子を食べていたリーダーが、ゲラゲラと笑い始めた。


「お前の手が届くところには置いてない」


すると、今度はビーが困った顔をしながら喋り始めた。


「そうか?おかしいな。あの大きな時計の下の隠し部屋のものなら、もうすでにいただいたけれどな」


すると、リーダーの目の色が変わった。


「なに?…いや、なんかおかしいな。お前、誰だ?ビーのふりしやがって!」


すると、ビーはくくくと笑い始めた。


「俺が誰なのかなど、お前は知らなくても良い。お前の財産は、俺が全部奪ってやるからな!」


そして、そのセリフを俺も、エーも、シーも、ディーもイーも言い始めた。

盗んだ証拠や、使った証拠も見せ始めた。


俺たちは訳がわからない。


体が勝手に動いて喋っていた。


「なんだお前ら! 俺の…俺の金を…! この、殺してやる!」


リーダーがそう叫んだ瞬間、ばたりと倒れた。


「なんだ!? なんか急に倒れたぞ…」


俺たちはリーダーの近くにいくと、リーダーの肩を叩いた。


「ねえ、どうしたの……あっ!」


リーダーの顔をのぞいたシーが、顔を青くして後ずさる。


「なんだよ、シー。リーダー踏んづけてたぞ、今」


俺はそう言って、リーダーを抱き起こした。


「うわっ、なんかすごい重い……えっ! これ、し、死んでる!?」


大きな声をあげた俺のところに、みんながわらわらと集まってきた。


「なに? 死んでる??」

「うそ? さっきまで喋ってたよ!」

「ほんとだ……リーダー! 起きてよ!」


そこへ、暖かい色の光が飛び込んできた。

その光の中には、とても美しい人がいた。

その人は、俺たちに向かって優しく微笑んだ。


「トリックオアトリート!」


「うわっ! び、びっくりした。あ、はい。お菓子どうぞ……」


「なーんてね。実はもういただきました! とってもおいしかったですよ」


 その人は、満足気な表情をしながら、ぺろりと口元を舐め上げた。


「……どういうこと? それに、あなたは誰ですか?」


俺たちは突然の出来事についていけるような、回転のはやい頭は持ってない。

五人で戸惑っていると、その人は俺たちに説明をしてくれた。


「この男は、あなたたちを利用してた、わるーい男でした。

私は、悪い人間の魂が大好き。

今その魂をいただいたんです。すごく美味しかった!」


「……え? リーダー悪い人だったの?」


すると、その美しい人は「はあ」とため息をついて俺たちを見た。


「……それもわからないほど、何も知らないという事が既に証拠です。

毎日身を粉にして働き、いくら稼いでいましたか?

知ろうとしたことはありましたか?」


そう問われて気がついた。そう言えば、そういうことは何も知らない。


「……お前達は知らない方が幸せだって言われてた。」


「そうですね、あなたたちはそれを素直に聞いた。とても純粋で美しい魂をしています。

それに、この男が悪い男である証拠は、もう一つあるんですよ」


「え?」


「それは、このおかしを食べて死んだということです。これには、あるウイルスが仕込まれています。

 あなたたちも昨日これを食べたでしょう?」


 それを聞いて俺たちは五人とも真っ青になった。


「食べたよ! 俺たち死んじゃうの!?」


 泣きじゃくるおれたちに、美しい人は言った。


「いいえ、それはありません。なぜなら、このお菓子に入っているウイルスは、相手の死を願うと自分が死ぬと言うものだからです。あなた方は、誰かの死を願うほど心が汚れていない。心配いりませんよ」


俺たちは、ほっと胸を撫で下ろした。


「良かった。まだ死にたくないよ」


でも、あることに気がついた。


「あれ?おれたち明日からどうやって生きていけばいいの? 俺たち、誰も仕事の貰い方を知らないよ。だからリーダーが頑張ってくれてたんだったよね。」


ビー、シー、ディー、イーが顔を見合わせたあと、コクコクと首を縦に何度も振った。


「どうしよう……仕事出来ないと、ご飯食べられない。住むとこ無くなる。生きていけない!」

「ええ!? どうしよう……どうしたらいいんだろう」

「大丈夫だよ、リーダーお金残して死んでるはずだから。しばらくそれを、使わせてもらう」

「あ、そうだった! 良かった……しばらくは安心だね」


それから俺たちは、仕事を貰おうと駆け回った。

なかなかうまくいかず、どんどん蓄えは減っていく。

そのうちに、俺たちは毎日泣いて過ごすようになった。


「どうしよう……どうしよう……怖いよ、仕事出来なくなったらもう生きていけないよ」

「大丈夫だよ、イー。畑したりしてみよう。」


「ねえ、エイ。おれ、娼館いこうかな。仕事先で似たようなことさせられたし、よく褒められたよ」

「あ、俺もだよ。そうか、その手があったね」

俺たちは、みんなで娼館にお世話になることにした。

どうやらこの仕事に向いているらしく、俺たちは5人の稼ぎ頭になった。

そこからは幸せに暮らしてる。


時々、お客さんとして美しい人がやってくる。

そして、すごく悪くて美味しかった人間の話をしてくれた。

「娼館はいいね。娼妓が客の死を願うだろう? そういう時、たくさん甘いものが手に入るんだ」

「もしかして、仲間がいっぱいいなくなってるのは、あなたのせい?」

「あなたが一番酷いよ」


「でも、お腹が空いたら僕も死んじゃうし、娼妓もそれで仕事の無いところへ行けるんだよ」

「その理屈だとリーダーと変わらないよ!」

「それに、そうやって食べていってたら、そのうち誰もいなくなるんじゃないの?」

「そうなればいいと思ってるよ」

美しい人は、そう言って悲しそうに笑った。


「悪い人がいなくなったら、あなたも死んじゃうってこと?」

「そうだね」

「わかっててそうしてるの?」

「そうだよ」

「……どうして?」

「大切な人が悪い人になってしまって苦しんでいたんだ。助けたくて、このお菓子を作ったんだよ」

そう言って、また悲しそうに笑った。


「もしかして、それはリーダーのこと……?」

「さあ、どうだろう」

苦し気に笑う彼の手には、リーダーがつけていたのと同じ指輪があった。

「そうか、そうだったんだね」

俺たちは、美しい人が少しでも笑えるようにしてあげたいと思った。


「じゃあ、最後まで俺たちに会いに来てね。ずっとあなたの幸せを願ってる」


たいして贅沢もしないない俺たちは、もう死ぬまで安心して暮らせる金を貯めていた。

そして誰かを恨むことも死を願うこともない。

もし裏切られて失っても、その時誰かを恨めばすぐに死ねるという希望も持っている。


酷い人生を生きなくてもいいという、その希望をくれたのは、紛れもなくこの人なのだ。

リーダーを悪い人にしたのは、俺たちだったはずなのに、俺たちを幸せにしてくれたのだ。

「怖いものが無い俺たちは汚れないよ」

心からの思いを伝えると、美しい人の前に、ピカピカに輝く球が現れた。


「なんだろう、これ」

美しいひとがその玉に触れると、それは小さく分かれてその口の中へと飛び込んでいった。

その喉が動いて体の中へと入り込むと、彼は目を輝かせて言った。

「これは君たちからのありがとうの気持ちだ! 殺したい気持ちよりもっと美味しい!」


「ほんとう!? 良かった、じゃああなたはずっとお腹を空かせなくていいね」

「そうだね」

「そうだ」

「良かった」

「『死ね』も『ありがとう』もご馳走だ」


俺たちは、浮かれて小躍りしながら口々につぶやいた。


それを聞きながら、美しい人は言う。

「それなら僕は『ありがとうの実』を食べたいよ」

「でも『ありがとう』を無理やり言わせるのは酷いよ」

「『死ね』って思われちゃうね」


「……なんだか難しいなあ」


「眠くなったよ」

「寝ようか」

「そうしよう」

「また明日ね」

「うん、おやすみ」


俺たちは眠った。

また明日を一生懸命生きるために。

美しいひとも一緒に眠った。

また明日も、誰かを幸せにするために。

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さようならかありがとう 皆中明 @mimeina

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