第3話 なぜ、イスラム教徒が真剣だとわかるのか?

  → 私自身、真剣勝負が好きだったから

① 3歳から3年間、八丈島のジャングルで(幼稚園に行かず、友だちもいない環境で)毎日ひとりで遊んでいました。

  当時を思い出す時、母の顔よりバナナの木の方が先に目に浮かぶくらいです(八丈島ではビニールハウスの中ならバナナも育つ)。木から落ちたり、崖から転げ落ちそうになったことが何度かありましたが、その都度自分で学び、気合いを入れていました。

  父も母も私を放ったらかし(冷遇されていたのではありません)でしたので、自由気ままに、しかし超真剣に、日中はジャングルの中(雨の日は縁側で「日本昔話」を読む)、夕食の後は風呂に入ってすぐに寝るという、テレビ・ラジオはもちろん、電話も新聞もない静かな環境でした。

  ジャングルでマムシやムカデ・毒蛾、アブや蜂に一度も噛まれたり刺されたりしたことがなかったのは、今にして思えば、「神のご加護」としかいいようがないのです。

② 本土(東京)へ戻り、小学生時代は、やはり木登りをしたり(柿・蜜柑・栗獲り)、廃屋になった工場に忍び込んで屋根の上にある雀や椋鳥の巣を探したり、廃材置き場で遊んだりと(廃材に刺さった釘を踏んだこともある)、危険な環境で遊ぶことが好きでした。勉強で精神を集中するのではなく、危険な環境で真剣になる方が楽しかったのでしょう。


③ 中学時代は、悪ガキ仲間と遊んでいたので、やるかやられるか・天国か地獄かという、何かしら危険が伴う・真剣勝負の気持ちになれることばかりしていました。

そのせいで、高校は、山奥にある全寮制の都立高校へ行かされましたが、そのおかげで、多少品行方正になりました。

(大学卒業後、商社に入社する際、会社から近所へ素行調査に来ました。その時、隣に住む80過ぎの華族(元伯爵家)のおばあささまが「雅人ちゃんは本当に良い子なんですよ。」なんて、調査員に言ってくれたんだそうです)。


④ 大学時代は「思いっきり顔面をぶん殴れる」という勧誘にひかれて日本拳法をやりました。ダブったので5年間も。


戦場で他の兵隊は100歩逃げたが、オレは50歩しか逃げなかった、と言ったら「大して変わらない」と周囲の者から笑われた、という中国の故事があります。

  しかし、現実に殺し合いの場でその違いは大きく生死を分ける。

顔面を殴るのが許された日本拳法と寸止めの武道(格闘技)とでは、殴り合いのケンカのみならず、精神面においても大きな違いが生じるのは事実です。現実を感じ取る感覚・感性、やるかやられるかという真剣味、バカになれる正直さ。真剣だから人の嘘や虚飾を見抜けるし、恥も外聞もなく自分の信じたことを行えるのだと思います。

⑤ 大学卒業後の会社員時代、当時「イケイケ」の勢いで三井・三菱を追い抜くのは時間の問題、と言われるほど元気のあった総合商社で社長秘書をされていた方から「こんな○ちがいみたいに働く男は見たことがない」と、評価された私。

その「○ちがい」なるものの源泉とは、なんでも恥ずかしがらず真剣にやる真剣勝負の心・超真面目になって(バカになって)打ち込む、という私の性格でした。

毎日3~4時間の睡眠時間で5年間、恥も外聞も気にせず、狂った蒸気機関車のように爆走できたのは、ジャングル生活での孤独など気にしない感覚・中学時代の死ぬか生きるかの危険を好む性格、そして、それを実行できる体力と気力を大学時代の日本拳法という殴り合いで養えたから、だと思います。

ですから私は、イスラム教徒たちの祈りを見た時、「ああ、彼らは真剣なんだ」と感じた、というよりも彼らを理解できたのです。


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