女神=お姐様=わたしによる紹介と予言

 気を失うたび、俺は女神=お姐様=わたしに会う。

 声ばかりが聞こえて、でもまぎれもなくそうだという確信がある。

 現在は七四〇年。この街の名はポシェルタ。

 そういうことを教えてくれる。

 用語紹介のターンだ。



  ◆



トリヤ……あなた

女神=お姐様=わたし……地下研究所所長

シェンジー……地下研究所認定技師

ライラ・センテンシア……センテンシア家当主

マルジナ……ライラの側近

(キリオ)・036・グレーヌ……グレーヌ公爵家

ハトぺ……ハレストル・メダル商会会長

クーディグルツ・クーディグルツ……クーディグルツ農場初代農場主

ブロージャ・クーディグルツ……クーディグルツ農場二代目農場主

メズニア・クーディグルツ……クーディグルツ農場三代目農場主



  ◆



 転生者はあなた以外にもたくさんいる。

 あなたたちはポシェルタ中央広場のT102要塞に出現する。T102ロケットと言った方が形状がわかりやすいかもしれない。元々噴水があった場所に突き刺さったそれを巡って、争いがあり、情報戦があり、取引があった。

 今ではあなたたちが平和裏にやりとりされる。



  ◆



 町のはずれに迷宮があった。三十三階層の迷宮は転生者にとって腕試しに丁度よかった。やがて、転生者の一部がDPS───迷宮監獄学校Dungeon Panopticon Schoolという悪名高き施設を作り出した。外観が円柱の迷宮の周囲に監獄と学校を併設し、罪人と孤児を収容した。

 DPSにある日七人の転生者が引き取られた。

 その七人の現在の状態はこうだ。

 藤次間切  転生者/脱走

 安幕島輪架 転生者/脱走

 才財ぬゆ  転生者/脱走

 衛士瀬良  転生者/脱走

 久来歩   転生者/脱走

 稀木瑠璃  転生者/蘇生・脱走

 辺見尾堂  転生者/〈生死不明〉


 彼らはDPSの中で目覚めた。そこは古びた屋敷であり、蠟燭をつけてまわる召使がいるような場所だった。主人にもてなされ、彼らは自身に特別な力があると知った。その他に見目麗しい主人の娘、たくましい警邏の男、さえない画家、傲慢なモデルが暮らしていた。屋敷以外には裏手の墓場、中庭、広々とした庭園があり、そして窓から眺めたときにその視界のほとんどを占めるのは海だった。

 これはひとつの監房の中の話だ。DPSには無数の監房があり、それぞれが一つの別世界を作り出す。さまざまなことが起こった後、脱走した彼らはようやくそのことに気づく。

 転生者がどこに行くかでその運命は大きく変わってしまう。



  ◆



 あなたを引き取ったのはセンテンシア家。

 中央広場から延びる大通りはゆるやかな上り坂となり小高い丘までつづいている。その丘の上に立つ城の持ち主だ。二つの尖塔が高く聳え、町のあらゆる方向から眺められた。片方の塔の小窓には小さな隙間があった。雨が吹き込んだ。しかし塞がれはしなかった。ポシェルタの建物は常に不完全で、未完成であれとの理念があった。なので全ての建築物は改善の余地を残した、あるいは手抜きの産物だった。

 この家系は代々皇帝としてポシェルタ含む一帯を支配していたが、前皇帝アルゴ・センテンシアは処刑された。現在センテンシア家は前皇帝家として尊重されつつも、アルゴのような「皇帝」としては生きられない。

 その娘にあなたは会った。あなたを追い出した女だ。ライラ・センテンシア。

「“ブルルバラン”で人が生き返ったらいいと思わない?」

 ライラは寝室で側近のマルジナに髪をとかされながらそう言う。

 ライラにとって転生者はくじみたいなものだ。彼女ははずればかりを引く。

 “ブルルバラン”で人は生き返る。稀木瑠璃にはその力があった。でもこの二人はまだ出会っていない。



  ◆



 ポシェルタには海がある。東が海で、西が陸。

 ビーチがあり、港がある陸の突端の灯台にはハトペという長老が住んでいる。彼の歳はわからない。百歳は超えていて、わたしより歳上でもおかしくない。

 彼が興したハレストル・メダル商会の銀貨は通貨として行き渡っている。もともとは遠い地方の通貨だったそれを持ち込んで、他の通貨を駆逐した。

 センテンシア金貨とハレストル銀貨が二大通貨として残っている。



  ◆



 ハトペ老人は灯台でクーディグルツ・クーディグルツと議論を交わしながら夜を明かし、朝に寝る。

 ハトぺ老人の家族は灯台に近づかない。

 クーディグルツ農場の初代農場主クーディグルツ・クーディグルツははるか昔に〈生死不明〉になっている。彼の娘のブロージャ・クーディグルツも老齢にさしかかり、農場の経営を養女のメズニアに任せた。

 クーディグルツ農場はポシェルタ近辺の穀倉地帯の管理を一手に引き受けていた。水源を見張り、水泥棒を捕まえた。広大な土地を所有した。

 ブロージャは自分の手で耕すこともなくなり、その手で書類にサインした。安楽椅子にもたれかかってそのまま亡くなった。



  ◆



 クーディグルツ・クーディグルツは子どもの頃そんな名前ではなかったとわたしは聞いた。彼はニューケランジという山間の村で生まれた。銀鉱の盛んな村だった。

 その村には竜がいた。

 竜は洞窟の中で眠っていて、時折咆哮が響き渡った。

 彼が五歳になるとお目通りがあった。そのとき彼の両親は無く、祖母に連れられ、洞窟で竜を見た。

 洞窟の中は苔が光っていた。赤い蛹、岩肌のかさぶたのように最奥で竜は横たわり微動だにしなかった。穴は広く、竜はそれほど大きく見えなかった。

 火酒を撒くと翼がはためいた。覆われていた下腹部は黒々としていた。翡翠色の瞳で彼を見た。

 それで終わり。

 村は平穏そのものだった。

 竜が殺されるまでは。

 ある日やってきたオノオという旅人が、竜を殺したという。

 クーディグルツ・クーディグルツはそのときのことをよく覚えていない。

 覚えているのは、彼が十五歳のとき村がおかしくなり、旅の身となってポシェルタにたどり着いたこと。

 港で荷下ろしの仕事をし、収穫期には作男として働いた。ハトぺ老人のお気に入りとなり、農場の主となる力添えをしてもらった。

 クーディグルツと彼は名乗った。これは荷下ろしや農作業のときに口ずさむ歌に出てくる男の名だった。サインするには姓名がいるというので、クーディグルツ・クーディグルツにした。



  ◆



 竜は死んだが、竜を崇める人間は増え続けている。

 彼らは自らを「竜族」だといい、祈りの言葉を口にする。

「オノオ」

 長老はそれが呪いの言葉だと知っている。しかし訂正する気力はない。

 ポシェルタでも町のどこかでこの言葉を響かせる集団がいる。



  ◆



「所長は竜の肉を食った」と地下研究所所員は噂した。

「あの食肉処理場では竜が解体されている」と竜族は噂した。

 地下研究所の上に食肉処理場があった。食肉処理場はT102要塞を中心に広がる新市街の中にある。認定技師とゴーレムたちがそこで働いていた。

 センテンシア家の腹心のグレーヌ公爵家がパトロンとして地下研究所を支援していた。

 認定技師のシェンジーと036・グレーヌが吊るされた豚の左右に立っていた。シェンジーは豚の皮を剥いでいる。

036「竜の肉、ありますか」

シェンジー「ない」

036 「……」

シェンジー「キリオ、お前気味悪いよ」

036 「その名前で呼ばないでください」

シェンジー「それだよ。ただのキリオの癖に」

036「036です」

シェンジー「仮面も被りやがって」

036「グレーヌになるとはこういうことです」

シェンジー「おれがガキの頃は公爵も普通だった。急に仮面を被りだして、黒ずくめで、今のお前みたいに名乗った」

036「竜はいないんですね」

シェンジー「所長に訊いてみろ」

036「どこで」

シェンジー「知らねえ。天使の肉を食ったんだ」

036「竜の肉ではなく?」

シェンジー「古いよ」



  ◆



 レイテンシアには天使がいると信じられている。

 レイテンシアは飛行都市だ。

 レイテンシアはポシェルタにまもなくやってくる。

 レイテンシアの人々がセンテンシア家の祖先だとライラ・センテンシアは信じており、それはアルゴ・センテンシアから受け継いだものだった。

 レイテンシア、レイテンシア、レイテンシアと町を歩けば耳に入る。『レイテンシアの天使たち』という絵画の贋作がセンテンシア家に飾ってある。

 レイテンシアはなぜ浮いているのか?

 レイテンシアの人々は台座に据えられた聖剣のおかげでこの都市が浮いていると信じている。


 その聖剣を抜くのはあなただ。



  ◆



「今回はもう時間がありません」

 女神=お姐様=わたしは俺に本を渡した。

『ブルルバラン』という題名だった。

「困ったときは開きなさい」とわた



  ◇◆◇◆◇



 目が覚める……



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