我よ目覚めよ②
「ん? なんだあの音は?」
ある日のお昼時、屋敷の奥の方から何か大きなものが歩く音が聞こえてくる。
「なんだろう? 妖怪か?」
じっと身を固め、その不気味な物音に耳を澄ます。
生憎律は町まで買い物に出かけており、夕方まで帰らない。こんな時に厄介だな……。
人間に友好的な妖怪ならいいが、もし違ったら……胸がザワザワして、冷汗が流れる。
「嫌だけど、確かめに行くか」
きっと、音の主はあそこにいる。智晴にはなぜか確信のようなものがあった。
普段は滅多に行くことなんてない、屋敷の一番奥の部屋。そこは良(丑寅)の方位、昔から『鬼門』がある場所とされていた。そのせいか、幼い頃から「一番奥の部屋には行っては駄目よ」と律に言われてきたのだ。
そして実際、今まで何度かその部屋で妖怪を目撃している。そこに現れる妖怪は、智晴の周りによく現れる妖怪とは比べ物にならないほど恐ろしい姿形をしていた。
今その部屋は全く使われておらず、雨戸も締め切られており昼間でも薄暗い。妖怪だけでなく、ネズミや虫もウジャウジャいそうだ。そんな気味の悪い部屋から、まだゴトゴト……という音は続いている。
智晴はグッと拳を握り締め声を張り上げた。
「誰かそこにいるのか!?」
暗闇の中をジッと目を凝らす。
何か重たいものを引き摺るような音は、少しずつ大きく鮮明になっていった。智晴の呼吸はどんどん荒くなって、無意識に後退る。
律が今いないことも、智晴の恐怖を掻き立てた。物忘れが酷くなったといっても、律はやはり頼りになるのだ。彼女が凄い能力を持っていることは確かだから。
「どこだ、どこにいる……」
息を殺し、誰もいない空間を睨み付ける。
「そこか!?」
ただならぬ気配を感じ、智晴が天井を見上げた瞬間……。
「わぁぁぁぁぁ!!」
耳をつんざくような爆音と同時に天井が突き破られ、鋭い牙を剝き出しにした鬼が智晴に襲い掛かった。
「グハッッッ!!」
突然首を掴まれ壁に叩きつけられる。その衝撃で呼吸が止まり、目の前が真っ白になった。
ギリリッと長い爪が首の皮膚に喰い込んでいく感覚に、どんどん意識が遠退いていった。
「武尊、武尊……許さない……」
「た……ける……」
「許さない……」
血走った真っ赤な目を見開いた鬼が呟いた名に、やはり智晴は全く覚えがなかった。
「そんな奴……知らない……」
少しずつ薄れゆく意識の中、智晴はトットッと自分に近付いてくる小さな足音を聞いた。
「おい、武尊。俺の封印を解け」
「……ん……?」
押さえつけられた首は動かず目だけ部屋の入口の方に向けると、あの拾った狐がちょこんと座っている。
「…………!?」
「聞こえなかったのか? 助けてやるから、さっさと俺の封印を解け」
そう言い終わるやいなや、狐は鬼めがけて疾風のごとく飛びつき、智晴の首を押さえつけている方の腕に噛み付いた。
「うぎゃあああああ!!」
醜い叫びが響き渡り、智晴の体が畳の上にドサッと投げ落とされた。
「グハッ! ゴホッゴホッ!」
「武尊、しばらく見ないうちに随分貧弱になったものだ」
「お前……喋れるのか?」
「あのばあさんのお陰で大分妖力も戻った。それに、俺は元々この姿で喋るのが得意ではないのだ」
「そ、そっか……」
拾ったときはボロボロで死んでしまいそうだった狐が、今は不思議と頼もしく見える。が、かわいい狐かと思いきや、なかなか不遜な態度だ。
「おい、早くしろ。また襲ってくるぞ」
倒れている鬼に視線を移すと、更なる怒りに震えながら立ち上がるところだった。
「おのれ、武尊……許さない。今度こそは、喰ってやるーーー!!」
「わぁぁぁぁ!!」
耳まで裂けた真っ赤な口を開き突進してくる鬼に、思わず目を閉じて蹲る。もう駄目だ……死を覚悟した瞬間、狐が大きな声で叫んだ。
「武尊! その護符を使え!」
「え? 護符?」
「目の前の壁にあるだろう!?」
顔を上げると、崩れかけた古い壁に二枚の護符が貼ってあった。ボロボロになった紙に文字が書かれているが、もうその文字を読むことさえできない。
手を精一杯伸ばして、震える指先で護符を剥がす。
「取れた……え……?」
護符を持った瞬間体中を熱い血液が流れ始め、心臓が高鳴る。一気に体が熱くなり、自分の中で何かが動き出すのを感じた。
「なんだ……この感覚……」
自分なのに自分ではない誰かが覚醒していくようなそんな不思議な感覚に、智晴の髪がザワザワッと逆立った。
次の更新予定
時を超えて、陰陽師は恋をする 舞々 @maimai0523
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