第34話 援軍到着
あと数時間もすれば太陽が昇るであろう明朝。
魔物を食い止めるために街を出た私たちは、じりじりと後退しつつ、なんとか魔物を懸命に討伐している。
私とギルを含む十数名の隊は、一週間前、魔物の勢いに押され這々の体で逃げ出して休んだ草原の一角にいた。
森からはだいぶ離れたこの場所だが、既に魔物たちはここまで侵食しており、その増殖スピードの速さを嫌でも理解させられる。
分かりきっていたことだが、戦況は芳しいものとは到底言えない。
森を抜けた見晴らしの良い平原のため、遠くの地面まで覆い尽くす魔物の数がより一層絶望的に感じる。
しかも──と言うべきなのか分からないが、魔物たちは一直線に行軍するように進んでいるのではない。むしろ、単純に数が増えすぎて生息地を広げるように範囲を拡大しているのだ。
何か目的があって進んでいるのではないという事実が余計に苦しい。
本格的にこの世界滅びるんじゃないかと思うくらいで、この少人数でどうにかするなんて夢のまた夢だ。
「………っ!」
そんなことを考える暇もなく、魔物たちは一気にこちらに押し寄せてくる。チリも積もればなんとやらで、いくら雑魚ばかりと言っても勢いに飲まれればこちらに避ける手段はない。
上級炎魔法 《
皮肉にもここ数日で何度も経験したおかげで慣れた上級魔法を放つ。炎は一気に身体の何倍もの大きさに変わり、魔物の群れに直撃して大半を消滅させた。
とにかく最大火力で応戦してはいるし、実際に数自体は減っている。だが、それ以上に増えるスピードが早すぎる。
しかも、魔物の問題はこれだけじゃない。
「ギル!大丈夫!?」
隣を見ると、私が蹴散らした雑魚よりも数段大きい、真っ暗な植物のような見た目の魔物と相対しているギルの姿が映る。
魔物は一辺倒の強さではないのだ。
言うなれば『中ボス』的な立ち位置の魔物が存在する。
奴らは『上位魔物』と呼ばれる魔物で、普段ならその姿を現すのはごく稀な存在だ。私がリーシュと初めて出会ったときに襲われた悪魔みたいな魔物も上位魔物に位置する。
上位魔物はその地域に大きな影響力を持つ数少ない強敵、という認識なのが一般的なのだが、今回の邪災でそれと同等の力を持つ魔物が大量発生している。
単純に雑魚魔物が増えているから上位魔物も増えているというごく一般的な理論の話なのだが、ただでさえ苦しいこの状況下でその強敵が増えるというのは理不尽を叫ばずにはいられない。
「なんとか!」
水魔法と片手剣を応用しつつギルが大声を上げる。
ギルは私よりもずっと経験がある冒険者だが、それでもかなり今の状況は辛そうだ。
私が手助けできるなら今すぐそうしたいのだが、こっちはこっちで雑魚どもの殲滅に手を焼いている。弱いと言っても数の暴力は恐ろしいもので、常に魔力を消費して高火力を出し続けないと一気に押し寄せられる。
「………っ!」
一旦撤退が優先か?
いや、魔力にはまだ余裕があるから、上級魔法で連続させて一気に魔物を倒した上でギルが相対している上位魔物に向かうのが良いか?
くそっ、ただでさえ勝ち目がない戦いを強いられているのに、その中で頭も動かさないといけないなんて。
強制的に死に方を選ばされているようなものだ。
周りには数人の冒険者もいるが、どう見ても手を貸せる状況ではない。
「一旦退いて───」
これ以上はギルが持たないと判断して声を上げようとした時だった。
私たちの背後から、二つの光が駆け抜けるのが見えた。
それは上位魔物の顔面と足元に直撃した。
不意を突かれた上に急所を狙われた魔物はその一撃で体を爆散させる。
一つの光は恐らく何かしらの放出魔法。もう一つは剣の銀光りが猛烈な速さで突撃した時に見られる反射だった。
見ると、黒い服に身を纏った魔術師と思われる女性と、灰髪のいかにもって感じの男の剣士が立っている。
先ほどの二つの光はこの二人によるものだったんだろう。
上位魔物を一撃で葬ったのを見るに、相当高位な一撃であったことには違いない。
「……大丈夫ですか?」
何事かと面食らって立ち尽くしていた私に話しかけてきたのは、魔術師の方の女性だ。私よりはずっと年上に見えるし、その雰囲気もなんだか達観している感じがする。
「はい。……あなたは?」
「私はセルタと言います。この街で魔術師をやってます。あっちはルネク、剣士です。」
なるほど。
この街の数少ない本職か。
道理で強いと思った。
にしてもなんでこのタイミングで来てくれたのだろう。
「お前らもっと西側で戦ってたはずだろ。そっちは大丈夫なのかよ。」
その答えを探し出すように、先ほどまで悪戦苦闘していたギルがぞんざいに聞いた。
「おいおい。間一髪のところで助けてやったのにその言い草はないだろ。」
「チッ、お前たちが来なくても楽勝だったつーの。」
灰髪の剣士とギルは互いに屈託なく会話を交わしている。
「あの二人……?」
「ああ、ギルと私たちは去年まで同じパーティだったんですよ。私とルネクは去年それぞ魔術師試験と剣士試験に受かったんですけど……。」
二人は昔ながらのギルの知り合いだったのか。
ギルっていかにも陽キャだし、友達たくさんいるのはこういう時にすごいメリットになるもんだな。
まあでも、確かギルは剣士試験に落ちてたはずだから、合格した大学生と不合格だった留年生みたいな関係っぽいし、多少のすれ違いはあってもおかしくはなさそうだ。緊急時代なんだしそんなことも言ってられないか。
「そんで?結局西側はどうにかなったのかよ。」
「まあな。あっちはすげえ若い女の冒険者一人でどうにかなってる。この邪災が始まるまで見たことないやつだったが、そいつ、理不尽レベルで強いんよ。俺たちがいたって過剰戦力になりそうだったから、向こうは任せてこっちの手助けに来たってわけだ。」
あっ、それ間違いなくリーシュのことだ。
ルネクの話を聞いてそう確信した。あの子も確か西側で常時戦ってたはずだし、その強さは私が一番よく知っている。
………よかった。それだけ無双しているなら、リーシュもたぶんまだまだ余裕があるはずだ。少なくとも私が戻ったときにすでに死んでしまっていたなんて話にはならなそうだ。逆はあり得るけど。
ルネクとセルタの登場は、絶望的な戦況に僅かな希望を見出した。
この世界において、冒険者と剣士・魔術師では戦闘力に大きな差がある。早い話、優秀な防人が後者に就き、劣弱な防人が前者に就く。ルネクとセルタはそれぞれ剣士・魔術師のなかでもかなり優秀な方らしく、この場では魔物たちの進行の食い止めがかなり効率的に成った。
あたりの魔物たちは、ギルを含めた連携もありとりあえずは数を減らした。
とはいえ、じりじりと押されている状況には変わりなく、ある程度冒険者たちの魔力が限界に近づき始めたころ、私たちは撤退を決断した。
ここら辺の時間はそこそこ稼いだし、今回は死者を誰も出さずに済んだ。とりあえずはやるべきことを成し遂げたと言える。
それでいて、この達成感のなさである。
だって、状況は全く良い方向に向かっていない。今回のだって焼け石に水で、わずかな抵抗は魔物の侵略を数時間遅らせるのが精一杯だ。
「……この先、どうなるんだろう。」
街に引き上げるために草原を進んでいた際、ふと独り言のようにその言葉が出た。もしも魔物が街まで着いたら……その時は、リーシュと一緒にどこか遠くに逃げるしかないのかもしれない。
私たちはそれで良いからまだマシだけど、街の人々は魔物に追われて難民化するのだろうか。いや、そもそも魔物たちが王都まで辿り着いてしまったらどうなるのだろう。
「大丈夫ですよ。私の予測が正しければ、もう時期……いやもうすでに到着しているかもしれません。」
私の隣に付いて戦ってくれていたセルタが、こちらの呟きに返すように同じく前を向いて言う。
その前向きな言葉口に、疲れ切った私の感覚器官がわずかに反応した。
「到着って……何が?」
「もちろん。王都からの援軍です。」
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