第33話 絶望を纏う混濁
私たちが召集された夜から約一週間が経った。
この一週間は、冒険者にとっては思い出したくもない惨劇が続いた。
当然の如く悪化し続けた状況のせいで、私たちは頻繁に北へと向かうことになり、少しでも魔物たちをせきとめることに尽力した。
しかしそれでも魔物の勢いは止まらず、その進行はあと数日もすれば街に到達すると思われるほどだ。
街に到達した魔物が手加減などしてくれるはずもなく、もしヴァルディーテまで魔物の軍が押し寄せれば、もはや街の機能は完全に失われるだろう。仮に魔物たちを消滅させられたとしても街の復興には途方もない時間と労力が掛かることは間違いない。
なんとしてでも街にたどり着く状況は避けなければならない。
しかし、頼みの綱である私たち冒険者は既にボロボロの状況で、これ以上の奮闘は難しい。
……ボロボロなんて言い方で済まされる問題ではない。
400人近くいた冒険者は、今となって万全で戦える者は100人もいない。
ほとんど無傷でまだ戦える者が大体100人。
怪我を負っているものの、無理をすれば戦えるのが大体100人
治療が必須で、戦える状況にないものが約100人。
魔物との交戦に恐怖し、戦える状況になく引きこもる者が約50人
そして残りの50人は………。
彼らの想いは生き残った者が受け継ぎ、なんとしてでも最後まで私たちはこの街を守らなければならない。
冒険者は公共的な意味合いも多く持つため、半ば国の機関であり、軍でもある。
その自覚があってか、もしくは純粋な正義感からか、もしくは混沌とした状況の中で目覚めたヒロイズムからか、冒険者たちの気概はまだ死んではいない。
逃げ出してしまったものもいるが、少なくとも全員が敵前逃亡ということにはなっていない。
それでも魔物の勢いは凄まじく、冒険者たちの抵抗なんてほとんど雀の涙。
野球選手が投げた150キロのボールをそよ風で押し戻そうとするようなものだ。
だから、私たちの希望は魔物たちを殲滅させることでも、押し留めることでもない。
国から派遣されてくる援軍が来るまで、とにかく街まで到達するのを遅らせることだ。
「レイナ。次の出動は2時間後だそうだ。まだ行けるか?」
私が石畳の地面に両手をついて腰を下ろしていると、本部からの連絡を受けたギルが同じく私の隣に座った。
流石に疲れが溜まっているからか、いつもの輪郭が整った顔立ちもやつれて見える。
今は冒険者たちが街の広場に集まり休んでいる夜。
いつもなら静かで人の通りもない街の中心部は、人々が忙しくあちこちを移動する物音で溢れている。冒険者が戦線から帰ってくるたびに怪我だらけなのだから、治療や救護でざわめき立つのは仕方がないことか。
街に迫っている危機は、この一週間で住民たちにも実感を沸かせた。いち早く安全のために街を出ていく者、冒険者のサポートをボランティアでやってくれる人など、さまざまながら慌ただしい行動が見られる。
私たち冒険者は、数少ない防衛ライン。
街から出動しては魔物を少しでも倒し、そして魔力が尽きたら撤退する。魔力が回復したらまた出動する。
これの繰り返し。
もちろん、その過程で怪我をする者も精神疲労で立てなくなる者もいる。
しかしそれでもやるしかない。
まさかこんなことになるなんて。
ここまで酷い状況に陥るなんて考えもしなかった。
私もそうだが、『邪災』を体験しているであろう冒険者同会長のライガーさんや数少ないベテランの冒険者たちも、この状況についていけてない。
たぶん、これほどの厄災は彼らにとっても初めてのことなんだろう。
なんで私がこの街に来た途端こんなことになるんだ。
「レイナ、リーシュは?」
「たぶんまだ闘ってるはず。」
「………すごいな。」
こんな事態になってしまってはリーシュの実力を隠しておくなんてことは考えていられない。
リーシュは常に前線で魔物を蹂躙していて、かなり全体の進行の食い止めに功を成している。別行動をさせてしまうのは本意ではないが、私の魔力量はリーシュのものほど有り余っているわけではないので行動が別になるのは仕方のないことだ。
流石に魔物であることはバレないようにして、と言ってあるが、人間の姿でもリーシュは私の数倍強い。冒険者たちから見ればなりたての新人が無双している異様な光景かもしれないが、まあ天才少女ってことで受け入れてもらおう。
そもそも、リーシュがいなかったら魔物たちはより早く増えていただろうから、褒められはしても非難されることはないはず。
というかそれ以上に、リーシュですら魔物の勢いは止められないという事実の方が問題だ。
「みんなは大丈夫?」
「ああ。昨日とは変わったことはない。」
「……そう。」
ちなみに、私たちのパーティで戦えるのはギルと私とリーシュとレックスだけだ。
死人は出ていないものの、カテア、ラダ、ザイセは怪我で戦線を離脱している。
リーシュは出ずっぱりだし、ギルと私とレックスは大なり小なり怪我や疲労で万全ではない。
これだけ見ればだいぶパーティは削れているようだが、ここはまだマシで、中には最後まで魔物に対抗した結果その場で全滅した隊もあると聞く。
何も解決していない現状では、もしも死人が出ても身体を持ち帰ることもできず、市内には時折家族の悲痛な叫びがこだましている。
私にとってのこの街の特別な人なんてリーシュとギルくらいのものだが、どちらも冒険者な上私よりも戦闘に慣れているため、心情的には彼らに配慮して辛くなることはない。
でも、他の冒険者やその知り合いは、つい先日まで親しく触れ合っていた仲の人物が死んでしまっている場合もあるのだ。
そんな中で、どれだけの人が希望を持てるだろうか。
「そろそろ時間だ。行こう、レイナ。」
ギルが時間を見て立ち上がった。
考え込むうちにいつの間にか二時間が経っていたらしい。北へ向かうのは今日三回目。
休んでいる暇もない。
王都からいつ援軍が来るかは分からない。
ライガーさんの話ではそろそろらしいが、その言葉ももう三日連続言われている。現状はただの気休めだ。
「大丈夫か?無理はするなよ。」
「ん。大丈夫。」
「……俺がお前だったら、そんな無茶はしないけどな。」
「……そんなに酷いように見える?」
「いや、こんな言い方するのもなんだが、お前にとってこの街は別になんでもないだろ。」
「というと」
「数ヶ月間住んでいたとはいえ、住民からは差別され待遇も良くなかった。別の街に移ったって文句は言われねぇよ。」
まあそう言われればそうだな。
この街の奴らときたら、私の耳を見るなり罵詈雑言を浴びせてくるカスばっかだ。
私にとっていいことは何もなかった。
でも。
……でも?
いや分からないかも。
なんで私はわざわざこんなに疲労してでもこの街のために戦っているのだろうか。
全く知らない人だったけど、目の前で人が死んだのだって見た。人が死ぬのは怖い。怖くて逃げ出してしまいたい。
見たくない光景からも目を背けずに、何を得られるかも分からないことに命をかける、そんな殊勝で勇気のある人間だったっけ、わたし。
それとも、この世界観に慣れたせいだろうか。
もしくは、知らないうちに無慈悲になったのだろうか。
…………………。
「……仕事だから、やらないと。」
ちょっと考えた末に思いついたのは、そんな具体性も感情性もない答え。
本当は私だって家に引きこもって布団の中に潜りたいよ。
でも、私はそれができないことを知っている。
それは、今までずっとそうだったから。
会社に行かなければ良い、親に泣きつけば良い、引きこもって社会福祉に頼れば良い。
これまでだって私にはちゃんと選択肢があったはずなんだ。全部捨てたって、生きることはできただろうし、もっと幸せになれたかもしれない。
でも、私は死ぬほど辛い仕事をやり続けた。
『なんでそんな理不尽なこと』をと聞かれても、私だって分からない。
バカだからなのか、流されやすいからなのか。
無理やり答えを出すとするなら、『仕事だから』としか言えない。
私というのはそういう人間なのだ。
そうでしか生きられない。
未成熟なこの世界の社会でも、どうしても社畜根性が捨てきれなかったらしい。
「熱心なんだな。」
「そんなんじゃないよ。……社会の奴隷でいたくはないけどさ、それでも、責任くらいは果たさないと良心が痛むってだけ。」
それっぽい意見だ。
本当に、『それっぽい』という言葉以外で形容しようがないもの。
まだ話を続けようとしたギルを遮り、私はパッと立ち上がった。
こういうの、考え込むのは良くない。
考えすぎると、逃げても後悔するし立ち向かっても後悔することになるから。
自分の行動を信じるくらいしか、幸せになる手段なんてないのだ。
「ふぅ………。よし、行こう。」
小さく両手で頰を叩いて、魔物ひしめく北の大地に足を進めた。
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