第31話 成果




 低級水魔法 《狂い湖くるいみず


 激しい水の勢いに流された魔物は、激しく体を転がしながら岩に激突して絶命した。


「はぁ……はぁ……」


 もう何発撃っただろうか。

 疲労も激しくなってきて、それでも魔法を放ち続けないと蹂躙される。


 この地獄をどうやれば切り抜けられるのか。


 

 冒険者ギルは魔物の軍団を前に動揺していた。


 魔物で溢れて地面の土すら見えなくなっているようなこの状況は、生命の危機を本能的に呼び起こすには十分すぎた。


 無論、同会長から魔物が増殖していることは聞いていたし、ある程度は覚悟の上だった。

 

 だが、魔物の数、そして強さは、明確にギルたちが持つ戦闘力を凌駕するものだった。


「くっそ!どうなってんだこれ……!」


 相対していた狼のような魔物をすんでのところで斬り伏せ、苦渋の呟きを放つ。


 想定外。

 まさにそうとしか言いようがない。

 

 魔物の数もその強さも、ギルのような辺境の冒険者からすれば理外という以外にない。


 目の前に視認できるだけでも数十体、全体で見るなら数え切れないだろう。


 本部は所詮数が多いだけの魔物と考えて戦力を小隊にして各地に分散したのだろうが、これではただ孤立しただけだ。


 というのも、魔物の数はもちろんのこと、一体一体が明らかに普段出没するような魔物とは質がちがう。

 こちらの攻撃が通りにくいと思ったら、向こうの攻撃は防ぎ切るので精一杯、どう考えても全ての敵を倒すなんてことは無茶振りだ。


 北の森林に着いたはいいが、そこにいたのは異様な雰囲気を放つ魔物の数々。

 テレスフィートからの連絡によると、各地で同じような状況に陥り怪我人多発。中には………。


 この仕事についている以上、覚悟はしていたことだが、それでもやはり知り合いがそうなったとは考えたくない。


 いや、そもそもそれすら考える暇が今はない。


 このパーティも、死人は出ていないものの現在進行形で悪戦苦闘している真っ最中だ。一瞬の油断がそれこそ命取りになる。

 

 魂玉?そんなの探してる暇なんてあるわけねぇ!


「おいギル!ザイセがやられた、手を貸してくれ!」


 少し離れたところでザイセと共に闘っていたレックスが叫ぶ。

 ハッとして急いでそちらに向かうと、腹部を押さえ込んで倒れているザイセと、それを魔物から隠すように双剣を立てるレックスの姿がある。


 ギルはすぐさまレックスの隣に立ち剣を構えた。


「ザイセの傷は?」

「たぶん死にはしない。だがだいぶ深くまで抉られてるぜ。薬を使えばなんとかなるだろうが、戦闘不能であることには違いない。」

「チッ……!」


 ただでさえ防戦一方の中、負傷者も出始めた。


 元々即席の二人を含めても7人しかいない小規模パーティだ。一人分の戦力がいかに大きいものかは今さら言うまでもない。


「……レックス、退くべきだと思うか?」


 魔物の群れに剣を突き立てながら、同じく苦戦しているレックスに尋ねる。


 これだけの魔物が発生している現状から背中を向けるのはあまりに冒険者として無責任だが、かと言ってこのままだとジリ貧だ。いずれ限界が来る。


 パーティ全体にも焦りや恐怖的な感情が溢れかえっている。とてもこのまま命を懸けて戦えるような状況ではない。


 それなら、ザイセを連れて全員生存の状態で一度街に戻ることが先決だと考えたのだ。


「そりゃリーダーのお前が決めることだ。俺はそれに従う。…………ただ、一つ言えることは、あっちのちっこいの二人がいなきゃ、ここはとっくに針の筵になってたってことだ。」


 目の前の蛇型の魔物に対して風魔素の付与魔法で剣を振り下ろしたレックスは、言いながら目線を左90°に向けた。


 ギルも同じようにそちらに目を向けると、そこでは少女二人が押し寄せる魔物に対してまさに孤軍奮闘している真っ最中だった。


 ギルが直接街に入れた獣人の移民、レイナ。

 それから、レイナの友人であり、年齢は幼いようだがその正体が掴めないリーシュという名の剣士。


 急遽パーティに加入した二人は、気力を奮いながら押し寄せる魔物たちを薙ぎ倒している。


 レイナが高火力の魔法で周囲の敵に傷を与え、動きが鈍った魔物たちにリーシュが細剣を雷光のようなスピードでとどめを刺していく。

 コンビネーションもさることながら、常に魔力を使い物魔法で身体能力を上げ続けているリーシュも、中級以上の放出魔法を連発しているレイナもポテンシャルが尋常じゃない。


「……あいつ、数ヶ月前まで魔法の概念すら知らなかったのにな。」


 獣人の友の成長速度に感嘆するギルだったが、今はそんなことはどうでも良く、ただありがたい。


 あの二人がいなければこのパーティは即撤退か或いは全滅だっただろうということはギル以外のメンバーも理解している。


 獣人であることを考えればレイナも卓越していると言えるかもしれないが、リーシュの方は特に常軌を逸した動きだ。

 まだ成人になったばかりの容姿なのに、あそこまで繊細で光速な剣筋で戦えるとは。


「……チッ!おいギル、俺もそろそろ魔力がキツい!」


 だがその戦いぶりに見惚れている余裕なんてない。


 魔物の数は二人の活躍に反して全く減らないし、レックスももう時期戦えなくなる。すぐ近くで防衛気味に戦っているラダとカテアはまだ持つかもしれないが、ザイセのことも考えればここらが潮時か。

 ギル自身もここから優位にもっていける手段を持っているわけでもない。


 本来なら本部に指示を仰ぐべきなのかもしれないが、あっちはあっちでさっきから状況を伝えてるのに撤退を許可してはくれない。

 

 玉砕覚悟で突っ込むよりは死者ゼロで帰った方が今後にもつながるだろう。ここで仲間を失うわけにはいかない……。


「レックス、俺は残った魔力でここら辺の魔物をせき止める魔法を作る。それを境にザイセを連れて撤退だ。」


 この魔物たちの進行を考えるなら撤退が正しいとは限らない。

 だが今は自分たちの命が最優先だ。


 ついに撤退を宣言したギルに、レックスも小さく頷いた。


 レックスと協力してザイセの肩を貸せばなんとかなるだろうとギルは判断したのだ。


「ラダ!カテア!レイナ!リーシュ!全員俺の合図と一緒に一斉に退け!一旦下がる!」


 あたりのメンバーに伝わるように大声をあげて、それぞれギルの決定に従うことにした。



 ギルはメンバーたちが首を縦に振ったのを確認すると、自分の魔力の大半を使用し力を込める。


 魔物たちの勢いは凄まじい。

 一時的だとしても一気に足止めするのは並の魔法では足りない。


 自分が強いリーダーだと思っているわけではないが、仲間たちを逃すために最大限の力を払うのは最低限の義務だ。


 上級水魔法 《水和渦膜ハイドレーターフィート

 

 魔力を最大限に振り絞った腕から繰り出される魔法は、巨大な液体の層を作り出し、魔物とギルの間に壁のように聳え立っていく。


 ギル自身が最も広範囲に影響を与えられる魔法だ。


 簡単にいえば水の盾。


 だがただの水ではない。

 圧縮され、縦と同様の防御を得た水だ。


 通常、水に圧力を加えるとある一定のラインから氷に変化する。

 しかし、まず魔法で生成した特殊な水は別。

 液体としての特性を保ったままそのまま中に押し込まれていき圧倒的な強度を誇るようになる。

 

 この水の壁でなんとか抑え込んでくれ……!


 ギルは心の中で祈りつつ、すぐさま周りに声をあげる。


「みんな撤退だ!合流しつつ来た道を戻る。」


 その合図とともにすぐ近くにいたカテアとラダがギルたちと合流。

 もとから隣で戦っていたレックスは怪我をしたザイセの傷を気にしつつ背中に背負った。


 そのあとすぐに少し離れたところにいたリーシュとレイナも駆けつけ、いよいよ全員が塊のように集まった。


「よし。ザイセも気を失ってるだけでまだ大丈夫だろう……。とにかく一度森を抜ける。既に魔物がいる可能性もあるから、先頭をラダとカテアにして逃げる。その後ろにレックスとザイセ、挟み込むようにレイナとリーシュと俺が後ろにつく。いつまで俺の魔法が持つかも分からないから、できるだけ早く走れ。」


 とにかく早口で撤退の流れを口走ったギルに、仲間たちはすぐさまそれに頷いて走り出した。


 流石に普段からパーティを組んでいるだけのことはあり、誰もギルに対して文句を言うこともなく戦線を離脱した。


 むしろ、ギルを含む誰もがとにかくその場から走り出さない選択肢はないと思うくらい、状況が絶望的なものだったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る