第30話 百鬼夜行

♦︎♦︎♦︎



 同会内に集まる冒険者たちのざわつき声がようやく収まったころ、様子を見ていた同会長のライガーさんが、タイミングを見計らうように言った。


「これから5〜10人程度の小隊を組んでもらう。さらにその小隊をいくつか集めて30人規模の隊を作るが、基本的に行動はその小隊と伴ってもらうことにして、郊外に出て魔物に迎え撃つ。」


 流石に同会長ともなると、この状況に慌てることもなく、その荒くれ者のような見た目とは異なり冷静に物事を判断できてそうだ。

 個人行動は怪我をしたら終わりだし、チームで行動するのは適切だと言えるだろう。


 ただ……


「私たち、どうしよっか。」

「わたしとレイナは一緒だよねー。」


 リーシュは修学旅行の部屋割くらいの感じで私の手を繋ぐが、5〜10人の集団行動となると私たちは完全にあぶれるなこれ。

 普段から関わりを持たない陰キャなのが悪いんだけど、リーシュはともかく獣人である私をチームに入れてくれる人が果たしているだろうか。

 

 ぶっちゃけリーシュは圧倒的に強いから、二人だけのパーティでも戦力的にはそんなに問題はない。と願いたい。

 ただ、あまり輪を乱す行動をしても迷惑をかけるだけだし、ただでさえ孤立している現状を悪化させたくはない。


「ギル。そっちは誰と組むの?」

「あ?俺は普通にいつもパーティ組んでる奴らと。ちょうど5人だし、下手に連携取れなくても困るしな。」


 まあそんな感じだよね。

 仕事である以上、冒険者はみんな同僚であって、だからこそ仲良くている人も沢山いるわけで。


「二人グループでもいいかな?」

「……そんなに人に心当たりがないなら、俺のとこ入るか?人数的には余裕あるし。」

「いいの?」

「構わん。同じ冒険者で尚且つ緊急だからな。……まあ、俺の仲間が無礼を働くかもしれんが、そこは寛容に見てくれると助かる。」


 ありがたい話だけど、ギルはともかく、ギルの仲間はあまり好意的に捉えてはくれなさそうな反応だな。そう考えると部外者の私たちが入り込むのは申し訳ないけど……。

 まあそれこそ事情が事情だし、迷惑をかけさせてもらおう。


「そういうことなら、よろしく。」


 好意を無下にはできないしね。



 ある程度各方面で小隊が完成され始めたあたりで、私たちは冒険者同会を出て郊外に場所を移した。

 いよいよ本格的に冒険者が兵士として、森の魔物たちの討伐に向かうというところだ。

 いや、討伐というよりは、足止めというべきか。


 この街には、辺境という点や安全性の問題で、冒険者以外の戦力がほとんどない。剣士や魔術師も全くいないわけではないが、せいぜい数十人で数としてはかなり少ない。

 ライガーさんが言っていたことだが、もし今回の魔物たちの暴動が邪災だとしたら、この街の兵力だけでは手数が少なすぎて対応しきれないらしい。

 一時的に押さえ込むだけならまだしも、魔物の数が多すぎて時間が過ぎるほどジリ貧になってしまうのだ。


 そのため、王都から邪災を抑え切れるだけの援軍を呼ぶ必要がある。


 しかし、援軍もすぐに来れるわけではない。


 つまるところ、今この街に集った冒険者たちの役目は、王都からの援軍が来るまで魔物たちをなんとか食い止めることだ。もちろん、その過程で魂玉と呼ばれる邪災の元凶を破壊できればそれに越したことはないが、推定されている魔物の数は現状でも3000以上。しかもこれからどんどん増えると予想されている。

 300〜400人程度の冒険者と僅かな魔術師、剣士では撤退前提の戦い方でなければ厳しいだろう。


 やはり事態は思っていたよりも深刻らしい。


 冒険者たちも覚悟を決めたのか、息を呑むようにライガーさんの言葉に聞き入っている。


 そうだ。

 いくら魔物たちが知性を持たないといっても、これは街を守るための戦争なのだ。

 それくらいの危機なのだ。


 実感が薄い私のような若い冒険者たちでも分かるくらい、雰囲気が重苦しく重厚的なものへと変わっていく。


 邪災かもしれないような魔物の大量発生がなぜ起こったのかは分からない。だが、それは私が考えるべきことじゃない。

 今すべきことなのは、ただ魔物を討伐し続けることだけだ。


「よし。皆、健闘を祈る!格小隊のリーダーは、損害や不審な点についての連絡を怠らないように!」


 先頭に立つライガーさんの一声で、冒険者たちは緊張そのままに北の森の各地へと散っていった。

 私も他人のことを心配していられるほど余裕があるわけじゃない。気を引き締めないと。



♦︎♦︎♦︎



「レイナです。今回はよろしくお願いします。こっちはリーシュ。」

「どーも。」


 私たちはギルのパーティに混じって森の中を移動することになったが、その最中、さすがに何も情報なしでついていく訳にはいかないと思って、ちょっと腰低くこちら側から話しかけることにした。


「レックスだ。まああんまり協力できる場面は少ないかもしれんが、よろしく。」

「ザイセと申します。よろしくお願いします。」


 私の声に応えたのは、ギルの両隣にいる、緑髪の天然パーマの男とメガネをかけたいかにも真面目そうな女だ。

 緑髪の方は曲刀っぽい独特な形状の武器を両手にぶら下げている。メガネの方は何ももっていないが、おそらく魔術師なのだろう。


「……………。」


 私たちから少し離れたところにいた、全身を甲冑で固めた、顔を見えない男(女かもしれない)と、その隣の魔術師らしき髪の長い女は、私たちの挨拶には特に何も返さなかった。


「ああ、こいつはラダとカテア。あんまり外交的じゃなくてな。まあ気にしないでくれ。」

「あ、うん。」


 ギルが慌てて補足してくれたけど、甲冑のラダさんはともかく、カテアさんは明らかに私たちに対して敵対的な目線を向けている。

 まあ、緊急事態なのにいきなり獣人なんかと同じパーティ組まされたらそりゃあ不満だってあるか。それくらい獣人という存在は嫌われている。

 お互いのためにあんまり近づかないようにしよう。空気が悪いのはいただけないけど、こればっかりは私にはどうしようもない。


「……まあ、急遽結成されたチームだから、仲良くする必要はねぇ。だが、俺からは離れるなよ。本部に連絡できるのは俺だけなんだから、自由行動は困る。」


 私とリーシュ、そしてラダとカテアの間に澱む悪い空気を跳ね除けるように、指揮を取るギルが一歩前に出る。


 私たちがわざわざ空気を乱してでもこのパーティに入り込んだ理由は、単独行動で孤立主義だと思われるのを嫌ったというだけではない。


 今回の魔物討伐作戦、五人以上の各パーティのリーダーにはテレスフィートと呼ばれる魔道具が同会から配布される。

 この道具は、魔力を消費することで電話のような音声連絡を可能にするものだ。原理は知らないけど、基本的には携帯電話と同じものだと考えて良い。

 大きさはペンダントと同じくらいのもので、僅かではあるが魔力を消費しないと機能しないようになっている。


 これを利用することで、ヴァルディーテ市内の作戦本部と通信することができるため、最新の情報を入手するためにもギルのパーティに混ぜてもらうのが先決なのだ。

 ちなみに、自分でこのテレスフィートを買おうとするととんでもない金額が必要になる。頑丈で壊れにくいため、そこまで損な物でもないのだが、やはり今の私たちでは自前のものを調達して本部と連絡を取り合うのは難しい。

 

「とにかくとっとと行こーぜ。ライガーさんの話だと、もう王都に救援を呼ばないといけねえくらい魔物が侵攻してるってことだろ。手遅れになる前に押さえ込まねえと。」


 見た目にそぐわず真面目な発言をしたレックスの一言を区切りに、私たちはお互いに黙って先に進み続けた。

 カテアたちとの関係の改善はここでは無理だと判断するしかなかった。


「ねえ、レイナ。」


 北方面に近づき、パーティ内に緊張感が強まる中、リーシュが密かに私に尋ねた。


「なに?」

「魔物が多くなっているっていうことは、魔力が溢れてるってことだよね?」

「って話だけどね。というか、そういう話はリーシュの方が詳しいんじゃないの?」


 長年生きてきたリーシュなら、今みたいな魔物の増殖にも詳しいはずだし、私に何か聞かれても困るんだけど。


「それがどうかしたの?」

「……いや、確かに、魔物が急激に増えるのは魔力が溢れることが原因だとわたしも思う。」

「じゃあやっぱり間違ってないじゃん。」

「……でも、今回はそれを感じない﹅﹅﹅﹅。魔物のわたしが。」


 ───!


 そういえば。


 魔物の増殖が危機であるのに、リーシュは先ほどからずっと何も感じていなさそうだった。


 ドラゴンの魔力には真っ先に反応したリーシュがだ。


 そもそも、魔物=魔力に反応する生き物 という前提がある時点で、魔物であるリーシュが今回の邪災騒動にまったく反応を示さなかったのは矛盾する。


 私も冒険者同会の皆も、魔物が増えるのは魔力が天変地異的に増大しているから、ということを前提として考えていた。

 だからこそ、今回のこれは邪災じゃないか?という話になったわけで。


 でも、もしそうじゃないとしたら。


「この魔物の増殖は、魔力が増えたことによる影響ではない……?」


 リーシュとの関連性を考えれば、それが一番しっくりくる答えだ。


 でも、だからなんだという話ではある。


「……それはわからない。でも、わたしが何も感じないってことは、間違いなく普通の魔物の出現とは話が違うと思う。気をつけてね。」


 途中で異変に気がついたのはリーシュも同じだったからか、先程までとは変わり若干真剣さを増した表情でそう言った。


「うん。」


 この前のドラゴンもそうだったが、例外的な状況が続いている。

 自然な状況に異質が混じるということは、あるいは………。


 嫌な予感がする。


 私が考えても仕方ないと思いつつも、その違和感が消えることもなく、私たちは魔物の巣窟に突入することになった。

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