第29話 危機的状況は突然に
それは、ラグドたちと別れてちょうど二ヶ月後のことだ。
その夜、私はいつも通り特訓に明け暮れていた。
長い時間の練習にも慣れたもので、もう疲労や困憊よりもいかに集中できるかに全神経を注いでいる。
夜は静かだし、街の外なら物音ひとつしないから余計にやりやすい。
郊外に出て、いつもの場所にたどり着いて左手をかざしたときだった。
何の前触れもなく、耳を刺激するけたたましい鐘の音が鳴り響いた。
「………!?」
カンカンカンカンという明らかに異常を示す音に驚いた私は、急遽修行を切り上げて街へと戻る。
前にギルから聞いたことがある。
街の鐘が勢いよく鳴らされたときは緊急事態の証であり、冒険者はすぐさま同会に訪れろという命令でもあると。
こんな真夜中にその音がなるということは、明確に何かが起こったということ。
まさかとは思ったが、万が一のことを考えて先に家に帰ってリーシュの安否を確認することにした。
街に戻ると、何事かと建物から出てくる人の波を潜り抜けて、可能な限りの速度で家へと戻る。
「リーシュ!」
「あ、レイナ。この音なんなの?さっきからずっと鳴ってるけど。」
高鳴る心臓を警告音として私が急いで戻ったとき、リーシュはベッドの上で目を擦っている最中だった。
絶対にないと分かってても、リーシュの身に何かあったらと心配していたのでとりあえず一安心。
「冒険者同会に行こう。何かあったんだよ。」
しかし何かがあったことには変わらないので、例によって私たちは冒険者同会へと向かった。リーシュは興味なさそうに寝ようとしてたけど、彼女も冒険者の一人なので連れて行かないわけにもいかない。
道中、街の中の様子を見たが、住民たちは鐘の音に戸惑っているけど特に何かしらの被害が出ている様子もない。現状では何が起こっているのかを判断するかはできなさそうだ。
鐘が鳴っている以外は何の変哲もないが……何が起こっているのだろうか。
私が冒険者同会を訪れた時、そこにはすでに多くの冒険者たちが集まっていた。
少し見渡して、見知った顔があったのでそちらに向かう。
向こうもこちらに気がついたようで声をかけてきた。
「おう。久しぶりだな。」
「ギル。」
この世界の初めての知り合い。
身長が高くガタイの良い大男ギルがそこにいた。
最近はギルが遠出することが多かったことと、リーシュが仲間になったことでそっちとばかりずっと一緒にいたこととかもあって、なかなか会う機会がなかった。
久々に会う友人との邂逅がこんな時になるとはね。
「……この騒ぎは何なの?街では何も起こってなかったみたいだけど。」
「さあな。俺も今きたばっかだからなにも分からねぇ。」
「こういうこと、よくあるの?」
「いや。昔は鐘が鳴らされることはよくあったらしいが、俺が冒険者になってからは初めてだ。ま、案外ただの誤報かもしれねえし、そんなに強張るな。」
ギルはそう言うけど、私から見ればギルの方がよっぽど緊張感がある表情をしているように見えるけどな。
少なくとも、熟練の冒険者ほどこの状況を落ち着きなく見守っているイメージがある。
よくないことが起こるのは間違いないだろう。
「みんな!こっちに注目してくれ。」
それからしばらくして、ざわつきが増していっていた冒険者同会の中で、いきなり背後から野太い男性の呼び声が響き渡った。
冒険者たちが揃ってそちらに向かって目線を向ける。
釣られて私も体の向きを変えると、そこには何やら物騒な大剣を持った山賊みたいな風貌の男が立っていた。
無精髭や長く伸びた髪、太っているとは言い難いがギルよりもさらに大きい身体の威圧感は普通の人間のそれではない。
「誰だろ?知ってる、リーシュ?」
「ぜんぜん。」
「おいおい、あの人はここの冒険者同会の同会長、ライガーさんだよ。なんで冒険者やってて知らないんだよ……。」
ギルが呆れ顔で私たちを見下ろす。
私たちって(ていうか私だけ)って基本的に他の冒険者と関わらないから、そんな人がいることすら知らなかったよ。
冒険者は街の人たちに比べればマシだけど、やはり獣人を嫌っている人はまあまあ多くいる。だからできるだけ関わらないようにしてたのだ。その人が他種族にどんな印象を持っているかなんて一目見ただけじゃ分かんないしね。
ともかく、そんな偉い人の言葉はちゃんと聞かないとな。
「つい今し方、北の山脈付近から大量の魔物が増殖しているのが発見された。現状は森の中にとどまっているが、その増殖スピードが尋常ではない。もしも森の中で魔物の数が飽和すれば、この街に侵攻してくることも考えなければならない!」
……………!
ライガーさんの一言で、冒険者たちの表情が各々急変した。
「北で魔物の侵攻だと?俺たちが昨日行った時は何もなかったぞ。」
「おい、これってもしかして、邪災じゃないか?」
「もう三十年近く起こってなかったって話だろ。なんで今更になって……」
静まっていた冒険者たちの声が一層大きくなって、あたりが不協和音を奏でるかのように空気が変わっていく。
街にまで届くほどの魔物の大量発生、危険な魔物から街を守るのが私たちの仕事ということか。
それにしても、いくら緊急事態とはいえ、みんな落ち着きがなさすぎやしないか?
確かに魔物は脅威だが、まるでトラウマを呼び起こされたかのように頭を抱える人が多いのはなぜだろう。
それにさっきからあちこちで名称が叫ばれている『邪災』って……?
「ギル、邪災って何なの?」
私が話しかけると、他の冒険者と同じように戸惑いを見せていたギルが我に帰ったように答えた。
「邪災っていうのは、大量の魔力の噴出による魔物たちの暴動のことだよ。ある地域で魔力が急激に増えることは度々あるが、一定のラインを超えると邪災と呼ばれるようになる。」
早い話、蝗害みたいなものか。
いや、相手が人を殺せる魔物である以上、被害や危険性はその比ではないな。
「俺たち若い冒険者にとっては、物語上の災害だがな。」
「物語上?」
「ああ。邪災と呼ばれるほどの魔力が大気に溢れることなんてまずない。各国の協力によって魔界からの魔力の削減が実現されてきた現代なら尚更な。ここにいる冒険者のほとんどは邪災を経験したことない奴だろうな。俺も親からの話でしか聞いたことねえ。」
なるほど、ようやく皆がふためいている理由が分かった。
悪名高く名前は知られている災害だが、それを経験したものはほとんどいない、だからこそ冒険者たちは有名未知な存在に恐れをなしているわけか。私のような邪災という名前すら知らなかった者は別として。
騒々しい雰囲気がどんどんと重苦しく重なっていく中で、再びライガーさんの声が高らかに建物内に響く。
「落ち着け!まだ邪災かどうかは決まっていない。だが、どちらにせよ我々は対処せねばならん。冒険者として、この街を守るために北に向かい魔物どもを足止めする!もしも邪災ならば、魂玉を破壊すれば魔力の増幅は止まる!」
おいおい、また知らない単語が出てきた。
足止めするのは分かるけど、魂玉っていうのはなんなんだ。
「魂玉っつうのは邪災の源と言われている魔力の結晶のことだよ。そいつを壊せば邪災は落ち着くと言われている。つっても俺も体験したことないから分からんが。」
「解説どーも。」
何も言ってないけど、目線だけで伝えるとギルが魂玉というものについて説明してくれた。
武力と愛嬌のリーシュ、知識と甲斐性のギル、いい友達に恵まれたものだ。
この街で獣人に優しく接してくれてる時点でだいたいどんな人間かは透けてるけど。
それはいいとして、つまるところ私たちの仕事は魔物の排除と魂玉の破壊ということになる。
………魔物はいつも倒しているけど、街を守るための緊急事態となるとさすがに話は変わってくる。
先ほどからの冒険者たちの反応を見れば分かるが、もしも今起こっていることが邪災と呼ばれるものだとしたら、命の危機に関わるような決死の任務ということになる。
私も鍛えてはいるけど、もちろん実力的にはまだまだだし、普段と違って危機的状況に立たされているのはむしろこちら側なのだ。
緊張感やプレッシャーもまるで違う。
「その魂玉っていうのは、どんなやつなの?」
「えーっと、どんなって言われてもなぁ。俺も実際に見たことあるわけじゃないし。」
さすがのギルも知らないことのようだが、それが分からないんじゃ探しようがない気がするけどな。
なんて思っていると、ちょうど良いタイミングでライガーさんの声が届く。
「この中には邪災を体験したことのない冒険者も多くいるだろう。魔力の源と言える魂玉は、リンゴと同じくらい大きさで、付近一帯を覆い尽くすほど強い光を放つ玉だ。」
見れば分かるくらいの大きさと強い光、草原とかに存在しているのならそんなに見つけるのは大変じゃなさそうだ。
「大きさはともかく、近づけば見つけることは容易。これから魔物討伐隊を組むが、戦いつつ森や洞窟で魂玉を探してもらえると助かる!」
勢いよく指示を出したライガーさんだったが、それに対して意気揚々に返事を返すものはいない。
ここで、おおぉー!!と声が上がるといいんだけど、残念ながらこの街にはそんなに向上性がある冒険者はいないのか、それともこれから起こる戦いに怯えているのか、なかなか指揮は上がりそうにないな。
「なんか、みんなやる気なさそうだ。」
「眠いんじゃないの?」
んなわけあるか。
むしろリーシュと私が楽観的すぎるのかな。
「この街で魔物の危機が訪れることなんてほとんどないからな。単純に戦力的に物足りないのもあって、みんな心中穏やかじゃないんだよ。」
私たちの能天気な会話にツッコミを入れているギルからすらも、いつもの粋な気概を感じられない
冒険者という職業は、仕事柄魔術師や剣士の浪人生みたいな存在だ。権利も義務も本業と比べると薄い。
だからこそ、こういった危機的な状況に自分たちだけで立ち向かうことは、私が思っている以上に慣れないことなのだろう。
なんにせよ、この街に侵攻してくるかもしれない魔物たちを排除しないといけないことには変わりない。
この街に恩なんかないけど、家がなくなるのは困るのだ。
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