第27話 勝利を謳う者、敗北を噛み締める者


「二人とも、もう傷はいいの?」

「いや、俺の方はともかく、クレイの傷は相当深いところまで入っててな。日常生活くらいならともかく、実戦に移すにはだいぶ時間が必要だそうだ。」


 宿でラグドとクレイを迎えにいった私たちは、リーシュが選んだお店へと足を進めている。


「そっか……二人は聖騎士見習いだったよね。仕事の方は大丈夫なの?」

「ああ。昨日師匠に報告したよ。フォレストワームの討伐任務には成功したが、その際不手際で怪我を負った、とな。まあ戻ったらこっぴどく叱られるだろうけど、流石に怪我人に対して今すぐ帰ってこいと言うほどの人じゃない。」

「そっか。ありがとう。」


 ドラゴンの話は私たちの間ではなかったことにすることにした。少なくとも公式的には。

 堕龍の話なんてしたら、誰が龍を倒したのか、という話になり、そこからリーシュの正体がバレるかもしれないからだ。

 今回のは別として、堕龍はほかの龍より弱いケースがほとんどではある。しかしそれでも単独撃破はかなり厳しい。冒険者になりたての少女が倒したいうのは違和感がありすぎるのだ。


 まあ当の本人は自分の正体を隠すことにそこまで真剣になっているわけでもないが、魔物というのはあっちの世界で言うところの人を食うゴキブリみたいな扱いをされてる存在だから、見つけたら全力で殺しにかかるものなのだ。

 私はこの世界に来たばかりだから魔物に対してそこまでの不快感は感じないが、普通の人間は子供の頃から魔物=害だと教えられてきたから、リーシュのことも多分認めてくれない。


 だからこそ正体は何としても隠し通さないといけない。

 


 リーシュが連れてきたのは、街の中心部にある居酒屋(?)みたいなお店だった。

 四人中三人がたぶん未成年なんですけど。


 店の中はそこそこ繁盛していて、いかにも仕事帰りって感じのおっちゃん達がが屯している。店の雰囲気は明るくて結構だけど、なかなか未成年が入るには勇気があるところだな。


「おばちゃんビール四つ!」


 私たちを連れて適当にテーブル席についたリーシュは、慣れた様子でカウンターの中年女性に声をかける。


「……ここらへんって未成年でもお酒飲んでいいんだっけ?」

「一応16歳以上なら。なので僕たちはギリギリセーフですけど、レイナさんは……」


 あ、成人年齢16歳なんだこの世界。免許とか選挙とかほとんど存在すら気にしたことなかったから、成人の年齢も知らなかった。

 あと、私って今何歳なんだろう。

 転生した時は26歳だったけど、今はとてもそうは見えない。

 16歳……あるかは微妙だな。


「大丈夫だよー。レイナの足りない分の年齢は私が出してあげるから。」


 そんな理論が通用するならここに30人赤ちゃんがいても全員お酒を飲めることになるだろうが。


 まあでも別にいいか。(よくない)


 未成年飲酒くらいバレても牢屋行きというわけでもなかろう。どうせ何もしなくても獣人というだけで非行少年扱いなんだし。


「みんな何食べるー?」


 リーシュが意気揚々とメニューを開くが、そもそもこの子、魔力以外に食べられるものあったっけ?


「リーシュの食事って普通のご飯からでも接種できるの?」

「んや、お腹にはたまらない。でも美味しいものは好きだから。」


 タバコみたいな嗜好品扱いか。

 なくても死なないけどあったら食べたいくらいの。


 様子を見るに、リーシュはこの店の常連っぽい雰囲気だったので、彼女のおすすめに任せることにした。

 ていうかいつの間にこの店に入り浸ってたんだろうか。


「それにしても驚きです……。目の前で話している相手が魔物なんて。」


 極力声を抑えつつ、クレイがリーシュをまじまじと眺めながら言う。


「やっぱり珍しいの?人間と交流する魔物って。」

「珍しいっていうか初めて見ましたし、聞いたこともありませんでした。一応、魔界の悪魔や魔族とかは人と交流できるって話を聞いたことがありますけど、魔族がこっちの世界に来ることなんてまずないですし。」


 悪魔………そんなものまでこの世界にいるのか。魔界やら何やら、やはり謎が多いところだ。


「でもさ、わたしって人の言葉話せるようになったの千年くらい前のことだし。割と最近になるまで全然人間のことなんて理解できなかったよ。」


 割と最近で千年前って。

 こいつ一体何年生きてるんだ?

 新しい情報が入るたびに最小年齢が更新されていってる。

 

 しかも、話によると300年前には街を一つ滅ぼしていると言ってたし。


「リーシュさんほど稀ではないですけど、レイナさんもすごい人ですよ。あんな龍に立ち向かえるなんて。」

「え、私?」


 ボコボコにされて死にかけただけなんだけど。


「僕たち、こんなんでもそこそこ剣士としては優秀な方だったんですよ。だからこそ聖騎士見習いにまでなれたわけで。……でも、今回あの龍を前にして完全に鼻をへし折られました。自分たちが思い上がってたんだって。」

「そんなこと……」

「でも、レイナさんはあの龍相手に魔法で耐え続けたんですから、気力も実力も自分たちよりもずっと上です。」


 まあ、あの時はとにかく二人を守ろうと全力だったし、奇跡的に火事場の馬鹿力というやつが出たのかもしれない。

 運良く上位合成魔法も成功したし、結果的には得るものもあった。


「……もっと強くならないとね。」


 今度は一人でもあの龍を倒せるくらい。

 

 とはいえ、クレイの言うことが本当だとしたら、私も案外強くなっていたりするのかもしれない。

 なんだかんだ言ってリーシュと出会ってからの特訓はかなり効果的だったりして。魔法関連の修行と狩りを一日十八時間全集中でやっているのだから、最低限の成果が出てくれないと困ることは困る。慣れれば大した苦労でもないけど。

 ミスをしても怒鳴ってくる嫌な上司がいないというだけで、こんなにモチベーション上がるんだって思っているくらいだし、前世の苦々しい思いも無駄ではなかった。まあ感謝するなんてことは絶対にないが。



 リーシュが頼んだ料理はそこそこな美味しさだった。本当にそこそこ。

 でも久々に飲んだお酒はやっぱり体に染みた。元々強かったわけじゃないけど、ついついガブガブ飲んだせいで頭が痛い。


 まあそんなこんなで、リーシュ主催の祝賀会はなかなかの盛り上がりを見せて終わった。


 そうそう。

 帰り道、酔った勢いでちょっと踏み込んだ質問をしてしまった。


「ねえ、クレイ。」

「はい。」


 リーシュとラグドが聞こえないくらいの距離感で、ほんのり顔を赤くして酔っているクレイに話しかけた。


「クレイって、男の子だって言ってたけど、ほんとは女の子だよね?」

「ふぇっ!?」


 クレイはびくっと跳ねてこちらから少し距離をとる。

 

 いや実は最初から気が付いてたんだけどね。言おうか言うまいか迷ってたから、ついつい勢いでこの場で聞いてしまった。


「い、いや。僕、普通に男ですけど。」

「うそだぁ。一億ルモかけてもいいよ。クレイは絶対女の子。」


 ぶっちゃけ中性的な見た目だし、一億かけて良いような話ではなかったけど、この時私は調子に乗っていた。


 まあ、結局間違ってなかったんだからいいか。


「な、なんで分かったんです?」


 ただでさえ小声で話していた声をさらに小さくして、クレイが私に耳打ちする。


「なんでって……うーん。私そういうの見ただけでわかるんだよね。誰がどんな人なのか。」

「やっぱり異常ですよ……レイナさんも。」

「それで?なんで男装なんてしてるの?」


 ますます前に突き進む私に、クレイは若干戸惑った様子だったが、龍から助けた恩もあってか口を開いてくれた。


 私は何もしてないのに恩着せがましくてなんか申し訳ない。


「………この国じゃ、つい最近まで、魔術師になるのは女で、剣士になるのは男っていう固定観念があったんですよ。僕は剣士になりたかったので、舐められないように男らしくしようと思って……。」


 へえ。どこの国にもそういう話があるもんだな。


「でも、最近は全然そういう差別的な目はないんですよ。聖騎士になる剣士に女性が増えたこととかが原因って言われてますけど。」

「じゃあ普通に元通りに過ごせばいいじゃん。」

「……いや、でも僕が男っていう事実が確立しちゃってますし。それに……」


 クレイの視線の先には少し前の方でリーシュと話すラグドがいる。


 ははあ。

 これはなかなか面白いことになってきたな。


「もしかして、ラグドってクレイのこと本気で男の子だと思ってるの?」

「はい……たぶん。」


 鈍臭いやつだな。

 なんなら幼馴染だって言ってたからな。

 十年近くも一緒にいるはずなのに、クレイが女だって疑わなかったのかな。いや、ずっと一緒にいたからこそなのかも。


「ってことなんで、ラグドには黙っててもらえますか?」


 今更親友に性別を打ち明けるのも勇気があることだろうし、私の見立てが正しければ、クレイはラグドのこと……。


「ふふん。青春ってなんかいいね。」


 こんな妄想みたいなことが現実で起きてるって、別に自分が関係なくてもなんか面白かった。


 さてと。

 それはそれとして、楽しいことがあったあと、いかに怠けないかが私の生命線だ。

 リーシュは好きなだけ自分を褒めていいけど、私はダメ。だって死ぬほど情けなく死にかけたし。

 自分の最高を出してもあのドラゴンにはまったく敵わなかったのだ。


 また特訓しなおそう。

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